なんていう偶然でしょう。五年生に進級して、初めての色の実践相手に私たちは互いに選ばれていました。
まだ口づけすらしたことない私達にとっては、恋仲の過程を全てすっ飛ばす結果になります。口づけより先に契りを交わしてしまったことに、兵助君はかなり気にしていました。それそれはとても罰が悪そうに謝るのです。そんなもの気にしなくていいのに。そう思いましたが、口にはしません。私と兵助くんの育った環境の違いでしょうから。この夜、私は兵助くんに全てを捧げました。
事も終わり、息も落ち着いた頃。気怠さに身を任せ、兵助くんの胸に寄り添いました。
「兵助くん、兵助くん。起きてる?」
「起きてるよ。どうしたの?」
兵助くんは私の頭を撫でながら優しく答えてくれました。
「寒い」
「え?ああ、じゃあ掛布団をもう一枚出そうか・・・・・・あるかな」
「違う」
「ん?」
「ぎゅうって抱きしめてほしいってこと」
上目づかいで言えば、兵助君は頬を染めて目を泳がせながら布団の中に戻ってきました。
私の背に兵助くんの腕が回り、引き寄せられます。
「こ、こう・・・・・・?」
「うん・・・・・・ありがとう。ふふふ・・・・・温かい」
彼の胸に触れると、心臓の脈打つ音が伝わってきました。肌を隔てるこの寝間着がなければ、もっと彼の体温に感じられたのに・・・・・・と、このとき私は密かにがっかりしていました。これが色の授業だということも忘れて。
「兵助くん、好き」
「うん・・・・・・俺もだよ」
この日の夜のことがきっかけか定かではありませんが、これ以降、もう二度と兵助君と色の授業を共にすることはありませんでした。
色の授業にあたった忍たまの中には何か勘違いする子が数名いました。
「やめて、触らないで」
この日、私は忍たまの上級生にしつこく絡まれていました。食堂の帰り、くのたまの長屋まであと数歩といったところで掴まってしまったのです。きっと私が来るまで隠れていたに違いありません。
「なあ、今夜会わないか」
彼は私を逢引に誘ってきました。当然、彼となんの関係もない私はにべもなく断ります。それでも彼は諦めませんでした。何度かそれを繰り返すと、彼は顔を屈辱の色に染め上げてわなわなと震えだし、こう言ったのです。
「お前の母親、遊女なんだってな。売女の子供のくせに偉そうにするなよ。遊女の子は遊女らしく黙って男の相手をしろ」
・・・・・・と。
開いた口が塞がりませんでした。そこへ、たまたま聞いていた下級生のくのたまが駆け寄ってきて、相手の忍たまと口論した末、とうとう平手打ちを食らわしたのです。
忍たまは叩かれた頬を抑えると、その右手を振り上げました。
下級生のくのたまが体を強張らせながら忍たまの拳を見上げています。私は咄嗟に彼女らを後ろに庇い、忍たまの拳をどう押さえるか考えました。けど、それも次の瞬間に、全て真っ白になりました。
「お前、なにやってるんだよ」
「く、久々知・・・・・・」
「なにやってるんだって聞いてるんだ。答えろよ」
だって、振り上げられていた忍たまの腕を、その背後から平助君が止めていたのですから。
忍たまを睨みつける兵助くんの表情、それはそれは恐ろしいものでした。多分、彼が敵に向ける顔はああいう殺意に満ちた表情なのでしょう。
ホッとするくのたまでしたが、当の私はそれどころではありません。
兵助くんがここにいる。ということは先ほどの話を聞かれたのではないか?
私は全身の血の気が引いていくのがわかりました。そしてこの恋も終わったのだと確信しました。
兵助くんの後ろから彼の友人がやってきて、あの忍たまをどこかへ連れて行きました。兵助はそれを見送ると、先ほどの殺意に満ちた表情を一変させ、
「大丈夫? 怪我はない?」
と慌てながら訊いてきたのです。先ほどの冷たい声はもうありません。優しい声を出す兵助くんに、私はどうしようもないくらい胸を締め付けられました。
眉を下げる兵助くんの顔をじっと見つめ、私はただ、ぼろぼろと泣きました。すると兵助君はぎょっと目を剥いて、瞬きを繰り返します。そして、困ったように、後ろにいたくのたまの子達に視線をやりました。
くのたまの子達は飼い主に見つかった子猫のように飛び上がると、礼を言い、逃げるように去って行きました。兵助くんが彼女らに気を取られているうちに、私は逃げました。
くのたま長屋へ走る私を兵助くんが呼び止めますが、立ち止まることなどできません。
いつか、知られるときが来るかもしれないと、前から覚悟していたはずなのに。いざ知られてしまうと怖くて怖くて仕方ありませんでした。
そのとき、私は初めて自分の過去を全部消してしまいたいと、なかったことにしてしまいたいと、母と父を恨み、そして憎んだのです
その日、私は同室の子の声にも答えることなく、布団の中に潜り込んで、ずっとめそめそと泣いていました。