妹は病弱だった。
病弱な妹の薬代は馬鹿にならなかったが、あの飲んだくれの父親よりずっとずっとマシである。
 妹は容姿だけが取り柄の役にも立たない愚かな存在であった。
だがそんな妹でも大切だった。ディオにとって、糞みたいなこの街では唯一穢れのない存在のように思えたのだから。

「ねえ、ディオ」

 妹はけして「兄」とは呼ばない。
ディオと必ず名で呼んでいた。ある程度成長し、ようやくまともに言葉を喋れるようになった頃からだ。疑問に持ったときもあったが、そんなことはどうでもいい。妹が「ディオ兄さん」などと呼んでいたとしたらこの感情はただの家族愛だった。愛などくだらないと馬鹿にしてきた自分でも、このような感情があったことが驚きで、心のどこかで嘲笑っていた。

「・・・・・・ィオ・・・・・・ディオ?」
「ああ、なんだい」
「私はもう平気だから、ディオ、もう出掛けても大丈夫だよ」

 ごめんねと謝る妹をしばらく見つめる。その視線の意味をなにを勘違いしたのか、妹は顔を伏せて毛布を頭まで被った。別に苛立ったわけでもないのに、妹はすぐこうやって自分の視線から逃げるのだ。
・・・・・・その行動に苛立ってるとも知らないで。馬鹿な妹だ。
毛布を剥ぎ取ってやろうかと手を伸ばすが、妹は気配を感じ取ったのか丸めていた身体を更に縮めて拒絶した。

 そっと自分と同じ金の髪に触れるとびくっと身体が震えた。毛布をなるべく優しく触って妹の顔を覗き込めば、ふたりの琥珀の瞳が絡み合う。しばらくして先に目を逸らしたのはディオだった。

「・・・・・・出掛けてくる。夜までには帰るからちゃんと寝てろよ」

 あと父さんにはあまり近づくなよ。妹にそう言いつけるとディオはさっさと出掛ける準備をする。

「うん。いってらっしゃい・・・・・・ディオ」
「ああ、いってくる」

 自分を見送る妹の真っ直ぐな視線を感じながらディオはあることを決意した。


◆2◆


 宝箱には綺麗な宝石を入れておくものだ。盗まれないように鍵をつけておくのもいい。
けど鍵を付けるのは難しい。だからとりあえず大切にしまっておくことにした。
暗い表情で墓を見つめるなまえ の肩を左腕で抱いた。涙は出てないようだが、やはり血の繋がった父が死んだことにショックを受けているのか今日はまだ口をきいていない。

 そう。昨日、父が死んだ。ようやく死んでくれたのだ。自分が毒で殺した。別に罪悪感はない。かと言って達成感もなかった。なまえはまさか兄が与えていた薬が毒で、そのせいで父が死んだとは思っていないだろう

 ここだけの話しだがなまえにも軽い毒薬を与え飲ませていた。身体のだるさや気分の落ち込みなど軽度の症状がでるものだ。身体の弱いなまえに毒薬など飲ませたら死んでしまうのではと心配になったが、いつも飲んでいる通常の薬を服薬させれば問題はないらしい。

 身体的な不利があるせいか、なまえはやたらと感が鋭いときがあった。父の件も感づかれたらやっかいだ。
だから父に毒を与えた始めたときに、なまえにも薬を飲ませ父が死ぬまでベッドの中で大人しくしてもらったのだ。
 しかし彼女がたまに見せる疑いの視線は正直冷や汗をかいた。彼女は薬を飲ませるたびに毒なんじゃないかと怪しんでいるのに、兄の言いつけに逆らわずきちんと飲んでいるのには滑稽どころか憐れみさえ抱いたものだ。

――――・・・・・・なまえは今まで俺に逆らったことはない。ああ・・・・・・そうさ、俺は。


      ◆◆◆


「・・・・・・これからどうするの?」
「父さんから手紙を預かった。これからはジョースターという貴族の家が僕達の面倒をみてくれる」
「父さんの手紙にそう書いてあったの?私にも見せて」
「文字、読めないだろ?」
「けど見たいの」

 なまえは文字がまだ読めない。スラムに住む人間なら珍しいことではない
ディオも敢えて読み書きを妹に教えていなかった。外に生きていくには最低限の読み書きが必要となる
しかしそれが出来ない妹は外で生きてはいけない。だから妹はちゃんと言いつけを守り、兄を頼ることで11年間生きてきた。

 不思議と父もなまえに興味が全く無かったのか近づこうともしなかったそれとも娘が存在していることすら忘れていたか…。もう二度と眠りから覚めることのない父の墓を冷めた瞳で見つめ、にやりと口を歪めた。

「ああ、身体が冷えてるな。そろそろ帰ろう、寒いだろ?」
「うん。 ・・・・・・ね、手つないで帰ろう」

 なまえが珍しく甘えたような声を出す

「・・・・・・ほら」
「ふふ、ありがと。 お母さんが死んでから外に出てなかったから・・・・・・ちょっとドキドキしてるの」
「・・・・・・仕方ないさ。 なまえは身体が弱いし、ずっと体調が悪かったんだ。これからまた、色々なところに行けばいい」
「うん。ディオも一緒にね。 ・・・・・・もう部屋に仕舞われるのは嫌よ」
「ああ・・・・・・そうだね。なまえ」

――――そう。父さんが少ない金を大事に閉まっていたように、僕も大事なものを閉まって置いただけさ。

 ディオは妹の手を握り締めながら、運命の道へと連れ出し、そして歩き出した。