近々露とやりあうらしい。この頃、店の客が物騒な噂話をしているのをよく耳にする。

 口にはしないが、私は鉄砲が嫌いだ。鼓膜を震わすあの音がどうも苦手で、果てしなく心臓に悪い。あれを毎日聞いていたら、いつか心臓が止まって死んでしまうに違いない。

「お前は馬鹿だなあ」

 それなのに、私の兄は鉄砲を好んでいた。兄は銃の存在に怖気づく様子もなく、私に見せつけるように弾を装填していく。その小さな鉛玉さえ、私にとっては恐怖の一部であるというのに。兄の心臓は鉄で出来ているに違いない。

 兄はよくジイちゃんの鉄砲を持ち出しては、飽きずに狩りに出かけていく。私も兄の後姿を見つけると、慌てて後をついて回る。

「わあ!」

 銃声が鳴るたびに竦み上がる私を、兄は素知らぬ顔で置いていく。兄は冷たい人だった。私がいくら泣いていても、ちっとも慰めようとはしてくれない。かわりにいつも祖父母が私を懸命に慰めてくれたのだが、あのころの兄と私は本当に「きょうだい」だったのか、今でも甚だ疑問である。

「あ、鴨南蛮ひとつ」
「はい。ただいま」





「にいさん、にいさん」
「うるさい。鳥が逃げるだろ、静かに、あ」

 川辺で羽の毛繕いをしていた鳥を狙っていたであろう兄が、舌打ちをして私を睨む。私はしゅんと項垂れる。いま反省の色を示しておかなければ、兄の嫌がらせを受け、夕食のおかずも取られてしまう。兄が鳥を仕留めよとしているから、きっと今日の夕飯はあんこう鍋だ。

「逃げちまった……くそ」
「……ごめんなさい」
「……もうついてくるな」
「にいさん……」

 私のことなどすでに眼中にない兄は、空高く羽ばたいていく鳥を仰ぎ見て、なにかを考えている。ふい、と兄は軽やかな動作で銃を構えた。息を止めるようにじっと鳥を睨む。
 この距離から撃ち落とすつもりだ。身構える暇もなく、パンッ!と耳をつんざく音が鳴った。私は銃声よりももっと遅れて耳を塞ぎ、サッと蹲る。
なにやってんだ。泣きべそをかく私を尻目に、兄は撃ち落とした鳥を拾いに行った。

 兄はいつも私を置いて先を歩く。いまだって、道を歩いていているときだって。どんなときも、毎回兄は私を置いていく。
うんと前を歩く兄の背中を恨めしげに睨むが、そんなもの効きやしない。恐らく兄の血は冷え切った青色に違いないと、そのときの私は信じてやまなかった。


 いとこ同士は鴨の味ということわざがあるが、実際はどうなのだろうか。私は兄が奢ってくれた鴨南蛮蕎麦を前にして、ふと思った。

 兄が北海道の軍隊に入って数年後、私も兄の後を追うようにして茨城の家を出た。行く先はもちろん、北海道。

「なんで来たんだよ……バアちゃんのところにいろって言っただろ」

 鴨南蛮蕎麦を食べ終えた兄が机に頬づえをつきながら、うっとうしそうに言う。喧騒とした店の雰囲気に飲まれながら、兄の顔色を窺う。黒目がちの双眸は比較的穏やかで、兄がいる兵営を訪ねた時よりかは、いくらか怒りが静まってきているようだった。
 私の姿を数年ぶりに認めた兄は、誰だかわからないといった様子で己の首を擦っていた。だが営門の側で突っ立っている女が自分の妹だと知らされると、表情を変えないまま足音を立てて近づいてきた。

「に、にいさん……あの、久しぶり……」

 顔を綻ばす私とは反対に、兄は冷え切った目つきでこちらを見下ろしていた。歓迎はされないだろうと腹をくくっていたが、まさかここまでとは。鼻白む私の頭を掴み、なぜここにいるのかひたすら問いただす兄は生きていて一番恐ろしい形相をしていた。
下手したら荷物ごと縛り上げられて、船に乗せられてしまうのではと危惧したほどだ。

 そんな心配を余所に、兄は私を無理矢理茨城に送り返そうとはしなかった。むしろ今にも崩れそうなおんぼろ長屋に住むと伝えたときの、信じがたいといった兄の顏ときたら。もうおかしくてたまらなかった。  

「……家賃半分出してやるから、そこはやめろ。違う長屋に住め。いいな」
「え、いや、でも……」
「数か月風呂も入ってないような男に犯されて後で俺に泣きついてきても簀巻きにして茨城に送り返すからな」
「……わかった」

 一応、兄なりに心配はしてくれているらしい。
 いまだって、食べ終えるのが遅い私に一切文句を言うことなく、じっと黙って待っているのだ。そんな兄に一抹の愛情を感じた私は喜悦の笑みを浮かべ、お礼に薄っぺらい鴨肉を譲った。

 いとこ同士は鴨の味。意味はいまいちわからないまま、私はそこの蕎麦屋で働くことが決まった。
 そして数か月が過ぎて、私たちは長屋の一室で鴨の肉を味わった。

2018*0602