「やっぱりあんたも本丸を乗っ取ろうと企んでたのね!! 許せない!!許せない!!許せない!!」

 甲高い声が耳を突く。痛んだブラウン色の髪を振り乱して叫んだのは巫女服を着たひとりの女性。女性は床に座る私に指を突き付けて、貯め込んだ憎しみをぶつけるように激しく糾弾した。

「こいつを捕まえて! 明日政府に突き出してやるわ!」

 私は隣にいた彼に縋るように視線を向けたが、その淡い期待はあっけなく裏切られ、私は引きずられるように部屋から連れ出された。
 

・・・・・・遡るは一ヶ月前。
 私は審神者の見習いとしてとある本丸へやって来た。ここは審神者を育成する研修所と言ってもいい。
 巷では見習いに本丸を乗っ取られると噂が蔓延り、男女関係なく見習いに不信感を抱く審神者も少なくない。その不信を拭おうと、政府は研修先の本丸に行く見習いの審査と呪具を持っていないか頭の上から足の先まで全て調べた。そして念には念をと本丸に着けば荷物検査もさせられるようになった。
 私はその面倒な審査を問題なく通過し、ようやくこの本丸へ来た。もちろん呪具など最初から持ってないし本丸を乗っ取ろうと企む愚か者でもない。

 とあるところでは、化粧水やメイク道具を一式持っただけでその本丸の主に難癖をつけられ散々な目にあったと小耳に挟んだことがあったので、化粧品類を持ち込むことに少々不安を感じた。だが私にとって人前で化粧をしないことのほうがかなりの抵抗があったため、研修先で咎められませようにと祈りながら、一式を鞄の中に詰め込んだ。

 幸運なことに、この本丸では特に何かを言われることもなく、ただの化粧品類だとわかれば先輩の近侍が「ま、女性だしね」と理解してくれた。それでもかなり数が多かったのか先輩に「どれだけ持ってるの・・・・・・」と呆れられてしまった。そばに控えていた短刀方にくすくすおかしげに笑われて少々恥ずかしかったが、嫌な印象を受けなかったらしく、そのあとはそこはかとなく柔らかい雰囲気で話しかけられたことに、ホッと安堵した。

 研修先の本丸では歓迎ムードで迎えられたが、それでも水面下ではかなり警戒されているようだ。
そりゃそうだと私は肩を竦めた。

 微笑みを張り付けて本丸内を案内する刀剣男士の背を追い、廊下に出る。廊下に出ると春の風景が私を迎えいれた。庭にはたくさんの桜の木が植えられ、枝は大きく開き、花は満開に咲き誇っていた。桃色の花びらが雪のように舞い、緑の絨毯に色をつけている。

 幻想的な景色にほぅと息をつく。現実から切り離された異空間だからこそ、この桜がより美しいものに感じるのだろうか。
 視線を外すことが名残欲しいと思わせる美しい庭だが、前を歩いている近侍の背が少し遠くなったことに気付き、私は慌てて足を速めた。
 視線を庭から近侍の肩に戻すと夢のような世界から一気に現実に引き戻された。刀剣男士の名を誇る堂々とした背中に、緩んだ気持ちがキュッと引き締まる。

 薙刀から短刀まで、刀剣男士の体格は刀種によって各自差がある。だが刀を振るう武人らしい皆の凛然たる佇まいに、未熟な見習いである私は悉く圧倒させられた。
そしてやはり付喪神だけあって、どこか近寄り難い雰囲気もあり、彼らの独特な雰囲気と人並み外れた戦闘能力に少々恐れを抱いていた。ここに来る前、一度だけ刀剣男士を間近で見たことがあるのだが、私は彼の非現実的な存在感に思わず圧倒させられ、情けないことに一瞬怖気づいてしまったのだ。

 実はいまでも彼らと会話をすることが苦手であり、できれば接触は避けたい。けれど、正式に審神者になったらそんなことも言えなくなるしなあ・・・・・・。
 私がぼんやりとそう遠くない未来のことを想像していると、ふと目の端に人影を捉えた。神だ。

 苦手は言いつつ、やはり神がそこにいるとわかればつい目で追いたくなるもの。私は前にいる近侍の意識がこちらに向いていないか確認を取ってから、ちらっと視線を動かした。

 刹那、呼吸の仕方を忘れたように息が止まった。はっと空気を吸ったとき無意識のうちに恍惚の吐息を吐いてしまったことにも気づかず、私はその人の全てに魅了された。
 一本の桜の木の下で、鳥と戯れている神。戦装束を着た一振りの刀剣男士が、そこにはいた。鶯色の髪、ここからでは判断できないが恐らく金色に近い瞳を持った神が指を止まり木にさせ、鳥の羽を休ませてやっていた。

 愛くるしい鳥に口づけをするように、そっと顔に近づけると、神は目を細め、うっすらと唇に微笑みを乗せた。その柔い眼に、鳥が甘やかに鳴いた。透き通った白い肌に引き寄せられるように、桜の花びらが神のもとに舞い落ちる。その花弁の中で鳥と戯れる神はぞっとするほど美しかった。

「!」

 神が私の視線に気づいて、こちらに顔を向けた。濁りのない清廉な眼差しを送られ、緊張のあまり背筋がぴんっと伸びた。
惜しげもなく、じっと視線を送り続ける神。神から顔を背けられず、見つめあうように互いを眼に映す。
 神の視線を浴びることに耐えられなくなり、そろそろ眩暈を起こしそうになったそのとき、神の手の中にいた鳥が空を見上げながら、なにかに答えるように鳴いた。
神もそれに釣られて空を仰いだ。瞬時に私は大きく息を吐き、全速力で走ったかのようにバクバクと高鳴る心臓を押さえるように、衣服の上から手を当てた。

 鳥は神に別れを告げるように鳴き声をひとつ落とし、羽根を広げて空へと飛び立った。神は鳥が去るのを見届けた後、こちらを見ることなく、興味が失せたようにどこかへ去っていってしまった。

 後に、あの神が「鶯丸」という名の刀剣男士だと私は知る。そして一日の終わりには、必ず彼のことが頭をよぎるようになった。そんな夜を何回か繰り返すうちに、私は鶯丸殿に強い憧れを抱くようになったのだが・・・・・・。それが大きな不幸を呼び寄せる種になるだなんてこと、このときはまだ誰も気づいてはいなかった。
 何かを招き入れるように、玄関の方からチリンと鈴の音が鳴った。



 本丸内に潜む警戒の糸が緩んできたのは研修が始まって二週間が過ぎた頃。そのころになると、私はここの刀剣男士とも少しずつ距離を縮めていた。
 最初に親しくしてくれたのは、初期刀の一振でもある加州清光殿だった。
 
 彼とは、ある日の夕食後、今日使う椿油がないから誰か貸してくれと周りに声をかけていたとき、たまたまそばを通りがかった私が恐る恐る「よかったら」と貸してあげたことがきっかけで会話を交わすようになった。

そのとき、私は加州殿に声をかけるかしばらく悩んだ末、そっと彼に近づいたため、あちらも少し身構える素振りを見せた。だが以外にも「じゃあ貸して」とわりとすぐに返事をくれたので、私は慌てて鞄から椿油を持って彼の元に戻った。
 それからというもの、加州殿とぽつりぽつりと話をするようになった。しかも加州殿を通じて、他の新撰組の刀達とも交流を交わすようにもなったのだ。

 ここに来たばかりのときは先輩しか喋る相手がおらず、喋ると言っても刀装の仕組み、顕現のやり方、戦場での陣形の選び方・・・・・・。雑談は一切なく、休憩の時間も先輩はすぐにデスクに座り忙しなくパソコンを打つ。
業務が忙しい中、私の為に時間を割いてくれている先輩には頭が上がらない。

 先輩は代々審神者の一族で、幼い頃から審神者について色々学んできたらしい。
そのせいか、わからないところを質問すると「これくらいの知識などあって当然だ」という暗黙の圧力を感じる時がある。これは勉強不足の私が悪いので、毎晩必死にその日に教わったことを復習し、余裕があれば次の日の予習もした。
 そんな努力のおかげで、私は先輩の近侍に「見習い殿は優秀だ。素晴らしい」「見習いは飲み込みが早い。きっと主のような立派な審神者になる」などと褒められるようになった。世辞かもしれないが、そのとき私は庭を飛び跳ね回りたいほど嬉しかった。

 しかもあの天下五剣の一振、三日月殿もよく私に菓子を配り、労いの言葉をかけてくれるようになった。どうやら「見習いさんに声をかけたかったが周りが止めるのでなかなか話す機会がなくて、ずっとそわそわしていた」と他の刀剣男士がこっそりと教えてくれたときは、くすぐったい気持ちになり、つい笑ってしまった。

 ここまで彼らと交流を交わしていると、私が抱いていた刀剣男士への苦手意識はすっかり消えていて、自然と笑みを出せるようになった。刀剣男士も、前のように作り笑いをしてくることもなく、私に対しての不信感も消えているようだった。
 そう、なにもかも順調だった。私はこのまま研修を終え、審神者になる。

 このときの私は、まだ明るい未来を信じて疑わない幼い女だった。

ーーー
過去作のうぐさに。続きは未定。