私の前世は審神者である。戦を終え、力を貸してくれた付喪神達は皆帰るべき場所へと戻っていった。
 初期刀と別れるとき、お互いにわんわんと泣いてしまって真っ赤に泣きはらした目でさよならを告げたことはいまでもよく覚えている。
刀の恋人は、僕たちは一緒には生きられない。ごめんね、どうか幸せにと言い残し消えた。手の中にあるぬくもりだが、彼の存在を証明していて、私は声を上げて泣いた。
 
 それから私は現世へ帰り、残りの余生を悔いのないように謳歌した。恋人も出来て、結婚もした。子供は二人、孫の顔は三人も見ることができた。
 まだ若かった夫と死別して二年が過ぎた頃、私の体調は著しく悪化した。
 もともと体が弱く、過去に刀剣達に霊力を配給していたこともあって、私は長く生きられないと言われていのだ。それでも六十歳は迎えることができた。上出来じゃないか。
 そして六十一歳を迎えた三日後、私は家族に見守られながら静かに息を引き取った。


――――時は巡って2XXX年。
 
 私は二回目の人生を楽しんでいた。



 ◆◆◆◆



一九時にいつもの場所で。
 仕事も終わり、恋人と駅前で待ち合わせをしていた十二月の中旬。クリスマスが近くなってきたこともあり、最近は若い男女が肩を寄せあって歩く姿が多くなった気がする。
 人混みの中から目立つ容姿をした恋人を見つけ出し、彼の元へ駆け寄る。あちらも私の存在に気づいたのか、スマホに落としていた視線をこちらに向けて、目を細めながら笑った。

「ごめん、待った?」
「いや、僕もいまさっき来たばかりだよ」
 
 そう言って微笑む恋人。嘘、きっともっと早く来ていたに違いない。私は彼の手の中にあるスマホに目をやりながら思った。彼がスマホをポケットに仕舞う前に、私は彼の手をスマホごと、下からきゅっと握った。ひんやりと冷えてしまっている指先に私は驚いた。その体温の低さは、彼がどのくらいここにいたのかを表していて、私は指を握りしめたまま、光忠の顔を見上げた。 

「冷たい」
 
 私の言葉にぱちくりと瞬きをさせて、金色の瞳が横にそらされる。その後、光忠は気恥ずかしそうに笑った。

「スーパーで買出しして早く帰ろうね」
「うん」
「今日はなに作ろうか?」
 
 またまだ人が多い喧騒とした街を、光忠の冷たくなった手を握りしめながら歩く。
十二月中旬となった夜の街を歩く若い男女は皆どこか浮かれている。磁石のようにべったりと張り付いて歩く恋人同士を目の端で追いながら、夕食のメニューを頭の中で思い浮かべる。
ああ、温かいものが食べたい。鍋、いや、カレー、おでんがいいか。ああ、グラタンでもいい。

 しばらく悩んだ結果、私は決めた。

「シチュ ー。私シチューが食べたいなあ」
「シチュー?」
「うん、にんじんとじゃがいも大きめのやつ。あとコーンも入れたい。あ、マッシュルームも」
「はは、具だくさんだね」 
「グラタンもいいなって思ったんだけどね。光忠はなにが食べたかったの?」
「僕はなんでもいいよ。好きな子の食べたいものが僕の食べたいものだしね」
「ふっ、ふふ、好きな子って誰」
「そりゃあ君だよ」
「君?きみって?」
「名前子のこと。僕の好きな子は君しかいないよ」

 照れずにそういうことを言うところも、突然愛を囁くところも全く変わっていない。なんだか気恥ずかしくなった私は、視線を横に滑らせながら話をそらした。視線の先には美術館の展示予告のポスターが貼ってあった。文字を読めば、どうやら近くの美術館で刀の展示会をするらしい。私は胸に針が突き刺さるような気持ちになり、また視線を違う場所に滑らせた。

「君が食べたいものが僕の食べたいものってさ、なんかキザな台詞じゃない?」
「え?そうかな」
「うん。光忠だから似合う台詞だなーっとは思うけどね」
「ほめてる?」
「ほめてる。かっこいいよ」
「はは。ありがとう・・・・・・君も、今日も可愛いね」
「わーい、ありがとう。光忠好きー」
「愛があまり籠ってないね」
「ははは」

 なんてことないやりとりに、心が安らいでいく。私は光忠の手をもう一度握りしめて、また前を向いた。
 光忠の趣味は昔と変わらず、料理を作ることであった。彼の料理の味は相変わらず絶品で、もはや趣味の域を肥えていると言っても過言ではない。
 彼の料理の腕は以前よりも磨きがかかっており、冷蔵庫に残っている余り物の食材でさえも最大限に活かし、涎を垂らしそうになるくらいのご馳走に作り変えてしまう。
 そんな光忠のせいもあって、私は専ら食べる専門である。食材を調理する心地良い音とコンソメベースの野菜スープの匂い。そして光忠の背中。その三つが大好きな私は、いつも腹を空かせながらテーブルの上にごちそうが並ぶのを、いまかいまかと待っていた。きっと私の熱い視線で光忠の背中に穴が空く日は近い。
 
 美しい筋肉がついた背中を見つめていると、光忠が料理をする手を止めて「・・・・・・あんまり見つめられると恥ずかしいじゃないか」と頬を赤くしながら文句を言うのはお決まりのやり取りとなった。

 夕食のリクエストを話す私の顔はまるで子供だと、光忠によく言われた。けれど光忠はそんな私を見ているのが好きらしく、自分が作った手料理を美味しそうに食べる姿を眺めることが至福だと、微笑みながら満ち足りたような柔らかい視線を私に向けるのだ。

 温かいクリームシチューを想像して、きゅるりと腹を鳴らす。光忠はクスクスと笑いながら、私の注文にひとつひとつ丁寧に頷いてくれた。

「それじゃ、僕もきみの熱いリクエストに答えられるように腕をふるおうかな」

 かつて刀を握り、血を浴びていた燭台切光忠はここにはもういない。今生きているのはごく普通に平凡な毎日を過ごす、ひとりの人間。本丸で戦場に出陣する彼らを待つ私も、すでに過去の思い出の中で眠っている。
 そんな日常の中で、光忠がたまに遠くに思いをはせていることに、私はある日気づいてしまった。その横顔に云いようのない不安を覚えた私は、見て見ぬふりをして彼から目を逸らした。
いつか光忠がどこかに駆け出して、そのまま消えてしまいそうな気がしてならない。

「・・・・・・光忠」
「ん? なに?」

 光忠の右目には、いつもつけていたあの眼帯はない。宝石のように輝く金の目が、その窪みに埋まっている。

「・・・・・・なんでもない」
「? そう?」
「うん。なんでも」

 この非凡な毎日がいつまでも壊れませんように。私はただそれだけをいつも願っている。
色鮮やかなショーウィンドウに、黒のスーツに戦装束を身に着け、右手に刀を携えながら微笑んでいる男の影が映った。


2018*0212