モブからの性的暴力表現が軽くあり。
それは鶯丸が刀を持って辺りの様子を窺いに行ってしまったときのこと。
急に出かけてくると告げられ、不思議に思いつつもその背を見送った。どこにも行かずここで大人しく待っていろと言われたので、彼の言いつけどおり窓辺に座り、妖の町並みをぼんやり見つめていた。
町は江戸風といった家屋や店が多く立ち並んでいる。
宿にいてもすることなど皆無であり、無人島に着いたらこんな生活なのだろうかとか、あの雲こんのすけに似てるとか、不毛な思考を繰り返すしかない。しかもこの世界で売っている書物はみなミミズがのた打ち回ったような文字で、人間である私にはちっとも解読できず、五分もしないうちに私は本を投げ出した。付喪神である鶯丸はその文字が読めるらしく、私に買ってきてくれた本なのに、いまでは彼が夢中になって読んでいる。
同じ部屋に鶯丸がいてもあまり会話は続かず、部屋にはひたすら沈黙が流れる。しかしそれが重いとか窮屈だとかは全く感じない。これがただの主と臣下という立場だったらどうだったろうか。部屋も別々で、布団をくっつけて寝たりなんかは絶対しなかっただろう。
いや、この非常時だ。別の部屋に私を置いておくこと自体、鶯丸はしないだろう。私ひとりではなにがあるかわからない。そう、いまみたいに。
「げひょッ、この娘かァ……確かにうまそうだァ」
「だろう?だろう?」
私の体はいま、得体のしれない触手によって拘束されている。突然窓から、カエルのような出で立ちの妖が二匹、この部屋に忍び込んできたのだ。得体のしれない闖入者がやってきたことに驚愕しつつ、私は外に逃げようと部屋の出口の襖に手を伸ばした。だが、襖に触れることすらかなわず、紐のようなものが足に絡みついた途端、私は畳の上に引き倒され、いともあっさりと奴らに捉えられてしまった。
逃げ道を塞ぐように、カエルもどきが襖の方へ移動する。暴れる私の体を、奴らの皮膚から伸びた触手が取り押さえる。あまりの薄気味悪さに顔を歪め「や、」と悲鳴を上げる
「霊力もたんまりあるぞォ。ひさびさのごちそうだァ」
「ひっ……!」
目の上に大きなコブがあるカエルもどきが、私の頬を舌で舐め上げた。生ぬるい感触と生臭い息が私を襲い、四肢を震え上がらせる。
「オオオオ……この娘、あの付喪神の神気が混じってるなァ。げひょげひょ。人間の女は美味いからなあ。アア……俺もたまには人間の女とやりたいなァ」
「昔はよくヒトの子を攫って、そいつを孕ませて子供を産ませたよァ。ヒトの子独特のあの感触がなァ……げひょッ、あ〜、あれはよかったなァ、出した瞬間が最高にイイんだよなぁ」
二匹のカエルもどきがニタニタと笑い、値踏みするような目つきで私を見下ろす。畳に縫い付けられたかのようにきつく上半身を拘束され、身動きが取れない私はどうすることもできず、ただこれからこの身に降り注ぐ絶望を想像して、その結末を迎えるのみ。
とっさに、鶯丸の存在が浮かんでその名を叫ぼうとした、だが、奴らの舌の方が私の唇より早く動いた。
目に見えぬ速さで口内に入り込んだカエルもどきの舌は、私の舌を巻きこんで唾液を吸い始めた。
「う〜!! ウ、ウッ・・・・・・!!!!」
恍惚の表情で舌を吸うカエルもどき。その受け入れがたい感触に思わず吐き気がこみ上げる。しかしそれすらも許さないやつらはさらにその行動をエスカレートさせていく。片方の奴の舌によって乱暴に帯が解かれ、着物がはだかれる。上はキャミソールを着ていたおかげで見えることはないが、下半身は下着一枚になり肌が大きく露出された。カエルもどき達の下卑た視線がそこを這いまわり、私の肌を粟立たせる。今日はどこにも外出する予定がないからと、宿が支給してくれた浴衣をずっと着ていたのだが、それが仇となり、奴らの行為をスムーズに行わせてしまっている。
「ここが一番あの付喪神との神気が混ざり合ってるぞォ。見ろ、腹に紋まで浮かんでやがる。なァ、あの付喪神が帰ってくるまえにコイツを食べちまおう。他人が味付けした人間ほど美味い女はいねぇ。あの緑色の付喪神も、戻ってきたら一緒に食っちまおうぜェ!」
片方の奴が私の下腹部にある鶯丸の紋をなぞりながら名案とばかりに顔を輝かせ、言い放つ。すると口内にいるほうのカエルもどきも目で頷いた。生ごみのような異臭が体内に入り込み、鼻から抜ける息でさえそれに犯され、次第に意識が遠のいていく。
両足が持ち上げられ、とうとう奴らの舌が下着に触れようとしたとき、顔に何かが飛んできた。カエルもどきの舌みたいに生ぬるくて、臭くて……。その刹那、持ち上げられていた足が床に投げ出された。口内にあった舌がずるりと抜け、新しい空気が肺に流れてくる。口の端から唾液が垂れているのがわかったが、気にする余裕などない。咳き込みながら酸素を取り入れていると、呻き声と共になにか大きなものが倒れる音がした。一匹のカエルもどきが足元に倒れ、そして私の口内にいたカエルもどきも、白目を向いて、なぜか宙に浮いて足をばたつかせていた。いいや、とよく目を凝らして見る。あいつは浮いてるのではない。首を掴まれ、締め上げられているのだ。
ギチギチと首を絞めあげられる音と共に暴れていたカエルもどきの足が次第に勢いを失う。カエルもどきの両足がそのままぶらんと力なく垂れ下がった光景を最後に、私の意識もまた薄れだす。遠くでまた何かが倒れる音がした。それと同時に、私も誰かの手によって抱き上げられた浮遊感を最後に、寸前とところまで保っていた意識をとうとう手放してしまった。
このとき、一番鮮明に記憶に刻まれたのはカエルもどきでもなく、奴らの醜い死に顔でもなく、よく見慣れた戦装束と、鶯色の髪と、俯いてその奥にある瞳が見えることのなかった鶯丸のかんばせであった。
*
「すまなかった。奴らがこの辺りを嗅ぎまわっているとは知っていたんだ、まさかこの宿にまで乗り込んでくるとは思わなかった……本当にすまない」
鶯丸が濡れた手拭いで私の背中を拭きながら言った。どうやらカエルもどきの触覚には体液が出ていたらしく、その体液は私の上半身をべったりと汚していた。後ろから聞こえる熱を持たない声に、彼の怒りがまだ収まっていないことを察した。それに対して、私はただ頷いて「大丈夫」と返すことしかできない。そこでふと、自身の声が枯れていることに気付いて、喉を抑える。
「さきほどの妖の毒だ。死にはしないが、しばらくの間は声がまともに出ないだろうな」
「そう……」
「ああ、そうだ。主の好きそうな菓子を買ってきたんだ。あとで食べてみてくれ」
雰囲気を和らげようとしているのだろうか。突然、鶯丸が優しい声音をだした。それでも努めて、といった様子だ。私もできるかぎりの笑みを浮かべるが、唇はすぐに糸で縫いつけたように固く、一文字に戻る。
「うん」
「茶もある」
「うん……」
「酒もあればよかったんだが、主が好みそうなものが見つからなくてな。今度一緒に行って、試飲でもしてみないか」
「…………うん」
背中を拭き終わった鶯丸が前に回り込んでくる。いまさら裸を見られて恥ずかしがる関係でもないのだが、こういうときは妙な羞恥心が出てくる。それでもこの時ばかりは鶯丸の手を拒絶する気も起きなくて、私はどこかの偉い令嬢と召使のように、大人しく彼に体を拭かれていた。
「服は自分で着られるか?」
「……ん」
「どこか痛いところはないか?」
「……うん」
鶯丸が私の腰に纏わりついていた浴衣を引っ張り、脱がせながら訊ねる。自覚はなかったが、彼の気遣いによって、精神に侵食していた不安や恐怖がようやく解き放たれたらしい。目からは涙が溢れ、乾いた頬を濡らしている。脱がした浴衣を丸めていた鶯丸の手が一瞬、止まった。
零 れた涙が顎を伝い、むき出しの太ももに落ちて皮膚を濡らす。その生ぬるい温度に、またあの妖の舌を思い出してしまい、私はそれを消し去ろうと自分の指で涙を拭う。そうしているうちに、私の肩にサラリとした肌触りのいい、新しい浴衣がかけられた。鶯丸がかけてくれたのだとわかり、顔を上げるが、そうする前に私は鶯丸に肩を抱かれ、体を引き寄せられていた。大人しくされるがままでいると、私は鶯丸の胸に顔を埋める形となった。掛けられていた浴衣がずれて、右肩が露わになる。
その状況に少しだけ驚きつつ、自分の背中に回される腕のぬくもりにホッと安堵し、そのまま鶯丸の温度を感じながら重たい瞼を閉じる。右肩に鶯丸の紋の装飾が当たり、ちょっとだけ痛い。
頭上から「本当にすまなかった」ともう何度目かわからない謝罪が降ってきて、私は薄く瞼を開ける。右腕を動かすと、肩に当たっていた装飾が今度は胸の辺りにぶつかった。
少しだけ赤く跡がついた右肩を上げて、鶯丸の広い背中に精一杯腕を回す。彼が負ったであろう心の痛みにそっと私は答えた。そしてその傷が溶けて消えてしまえばいいと胸の内で祈るように願いながら、すっかり冷えてしまった体を鶯丸の胸に押し付け、私は耳元で囁かれた謝罪を拒むように瞼を閉じ、視覚の色を消した。
鶯丸は私の体を綺麗に拭き終えると新しい浴衣を着せて、手拭いと桶を持って部屋から出て行った。鶯丸が出て行ったあと、私は襖に目を向けた。襖には青い血が絵具のように点々と付着していて、それを見た私は奴らがどうなったかを悟った。畳に汚れは無く、どうやら私が気を失っている間張り替えたらしい。やつらを殺したことでなんらかの罰があるのではと私はとても心配になった。
*
窓の近くに腰を下ろした鶯丸の両足の間に背を向けて座っていると、私はそこが赤子を守るゆりかごのようだと感じるようになった。どこにも行けない私を退屈させないためか、鶯丸はよく昔話を語ってくれた。その語りがまるで子供を寝かしつける子守唄のようで、私はつい眠くなってしまう。
長い年月を生きてきた鶯丸にとっては思い出話など昨日の出来事と同じようなものなのか、かなり軽い口調で話す。時折寂しさを滲ますこともあるが、私がふざけて鶯丸の頬に顔を寄せると、ふっと表情を和らげて仕返しに口づけを落としてくる。
こうしていると歴史修正主義者の戦いなど遠い国の出来事なのではと思うときがある。このまま何事もない平和なときをずっと過ごせたらと思う反面、それと同時に本丸に残された刀剣達への罪悪感も募りだす。はやく帰らなければと考える私を余所に、頭上からは呑気に紫煙が吐き出された。
鶯丸が吸っているキセルからだ。紙まき煙草特有の匂いがしない。
「煙草吸うんですね……知らなかった」
「いや、こちらに来て初めて吸った。……気分が悪くなったりしてないか」
「ううん……なんか甘い匂い?します。いい匂い……妖のキセルですか……?」
「そうだ。吐き気がするとかは?」
「ない。もっと吸っててほしいくらいです……」
「店の者が香の代わりにもなると言っていたが……本当だったみたいだな」
「お香……煙草が? 妖の世界の物っておもしろいですね……これ、本当にいい匂い……」
「……試しに吸ってみるか?」
また紫煙が宙に浮いて、私はそれを目で追いながら「いらない」と頭を振る。この匂いを嗅いでいるうちに頭がぼんやりとしてきた。眠気が襲い、頭上でなにか言われているが、話がうまく頭の中に入ってこない。麻薬の類なのではと不安になったが、それを気に留める暇も与えないほど心が軽い。
「前から気になっていたが……この紋がここに刻まれるとき、腹は痛むのか?」
だらしなく着ている浴衣の隙間から手を入れてきた鶯丸が突然訊いてくる。鶯丸の手の冷たい感触に少し目が冴えた。腹にある鶯丸の紋を一指し指でなぞられ、そのくすぐったさに、ふっと笑う。
「痛くない……でもその紋が出てきたときはお腹が熱い感じがした」
と答える。
「ほう」
どこかご満悦そうに腹を撫でる手を阻止するように、彼の手の甲に自分の手を重ねた。そのままぐったりと体を鶯丸の胸に預けると、キセルを離した反対の手で髪を解くようにゆっくり頭を撫でられる。それが気持ち良くて私は甘えるように鶯丸の胸に寄り掛かったまま、睡魔に身を委ねる。
こうしているうちに、時間は流れ数日が経った。妖を殺めてしまった咎は一向に来ることなく、数日間、私たちは喧騒とした街並みを見下ろしながら静かに過ごした。