手持ちのカードの真ん中でジョーカーがにたりと笑みを称えている。
まさかゲーム開始からジョーカー持ちになってしまうとは。なんなく幸先が悪い気がする。
私はジョーカーのカードの角に小さな穴が開いていることを目視しながら憂鬱な息をついた。ジークのようにうまくイカサマができないので、なるべくカードのほうに意識が向かないよう注意しながらユウゴが持つカードをひいていく。
「ここのシャワーは温かかったな」
ユウゴが揃ったカードをテーブルの上に放り投げながら出し抜けに言った。皆思うことは同じらしい。
「ええ、ペニーウォートでは冷たいシャワーしか出なかったものね。リルなんて石鹸の泡でシャボン玉を作りながらはしゃいでいたわ。石鹸っていい匂いがするんだね、知らなかったって」
「こっちも似たようなもんだ。マールやジークが騒がしくてな。ユウゴ、すごい! なあ、ユウゴ!って両方から喋りかけてきてさ。シャワーの音と声が重なって誰がなに言ったのかさっぱり聞き取れなかった」
そう語るユウゴの顔はどことなく嬉しそうだった。
微笑みながらユウゴの手からカードを一枚引く。数字が揃ったので二枚のカードをテーブルの上に置いた。残りは三枚、ジョーカーはまだ私の手持ちにある。
「シャワーを浴びてるときね」
「うん」
相槌がいつもと違う。気が緩み始めているのだろうか。
「そっちのシャワーの音が聞こえてこないのがなんか不思議だなって」
間をおいて「ああ」と曖昧な返事が。いまいち共感してもらえなかったのだろうか。
ユウゴの手が私が持つカードに伸びる。揃わなかったのか手持ちの中に入れた。
「大丈夫だったか」
しばらくして、カードをきり混ぜながら問われた。え、と顔を上げてユウゴが放った言葉を反芻する。
どういうこと。視線を投げれば、手持ちのカードを見つめていたユウゴと目があった。私は彼が言わんとしていることをようやく理解し、少し戸惑いながらも「ああ」と呟く。
「平気よ、ここに看守達はいないもの」
肩をすくめ、努めて明るく返す。
ペニーウォートで使っていたAGE専用のシャワールームは狭く、男女共同であった。共同といってもシャワールームの真ん中にはコンクリートの壁が設けられており、その壁が男女のスペースを隔ててくれていた。
しかしその壁は天井まで届いておらず、上を向けば男性側のシャワースペースの天井が覗き見える。そうなると当然あちら側の様子や流れる雰囲気もなんとなく伝わってくる。
クリサンセマムに併設されたシャワールームではそれらを一切感じ取れない。きっちりとした部屋の造りに感動さえ覚えたほどだ。
そしてそれと共に掘り起こされるおぞましい記憶。
「こわいものなんてないわ」
無数の手と肌を舐めるようなねっとりとした視線。水を打ったように静まり返るシャワールーム。髪を掴みながら見下ろしてくる看守の顏がフラッシュバックしたが、それを無理矢理振り払う。
「平気」
「……そうか」
ややあってユウゴか小さく呟いた。少しの安堵と後悔、そして気まずさが混じるユウゴの顔を見て、私は瞼を閉じながら微笑する。
「心配性は大変ね、ユウゴ。ユウゴの荷物はいつだってたくさんあるんだから、私の分くらい自分で持たせてよ」
じゃないとあなたが潰れちゃうわ。揃ったカードを捨てれば手持ちにあるのはジョーカーだけになった。
ユウゴがこれをひけば、この勝負は私の勝ち。ユウゴはまだ何か言いたそうな顔をしていたか、黙ってジョーカーをひいた。
「私の勝ちね」
手の平を見せながら笑ってやれば、ユウゴは呆れたような、それでいて複雑そうな笑みを返してきた。
「相変わらず嘘が下手だな」
その言葉に私は思わず目を瞬かせた。
ユウゴはジョーカーのカードを持つ手を膝の上に置いて、反対の手をこちらに伸ばす。
「全部バレてるぞ」
温かかった私の指先はすっかり冷えていて、ふと牢獄の寒さを思い出して少しだけ怖くなったことに、ユウゴは気づいていたのだろうか。
ぽん、と頭を撫でられる。
「イカサマ、今度はもっと上手くやれよ」
笑う幼馴染の手の平はとても温かかった。
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「ところでお前、ピアスはどうしたんだ」
ユウゴがカードを片付けながら左耳を指差す。左耳にふれてみる。
ピアスがない。一瞬焦ったがすぐにスカートのポケットに手を入れ、弄る。
「あった……シャワー浴びるときに外したままだったの」
指先に当たるチェーンピアスをそっと掴み取る。ポケットに入れたままだったピアスを手に、早速耳につけようと部屋を見渡す。鏡が見当たらないなと困っているとユウゴが部屋の隅にあるロッカーを示しながら
「鏡ならロッカーの扉の裏に付いてるんじゃないか」
と言った。
ロッカーを開けてみれば、ユウゴの言う通り扉の裏には鏡が備え付けてあった。
私はいそいそとピアスをつけて、おかしいところがないか顔を左右に動かしチェックをする。髪を耳に掛けて伸びた前髪を弄っていれば、後ろにいるユウゴが突然フッと笑った。
「なんで笑ったの」
ムッとしながら肩越しに振り返る私に、ユウゴは目元を緩ませながら首を振る。
「いや、なんでもない」
ロッカーの扉を閉めながら、ふんと鼻を鳴らす。ずいぶん女らしいことをしているな、とユウゴは言いたかったらしい。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。
スカートの裾を蹴るように大股でユウゴの元へ戻る。
「お腹すいたわね、私達もそろそろ食堂に行ってみる?」
「ああ、そうだな」
ユウゴが椅子から腰を上げたとき、部屋のドアが機械音と共に開いた。
「おーい、いるかー?」
ひょっこりと顔を覗かせたのはジークだった。右手にはなぜかスプーンが握られている。
「飯ができたから来いってさ。早く行こうぜ、シチューがめちゃくちゃ美味いんだ!」
ジークは声を弾ませながら言うと、待ちきれないとばかりに部屋を出ていった。私とユウゴは顔を見合わせて笑みを零し合うと、ジークの後を追った。
食堂に行けば仲間と子供たちはすでにテーブルについていた。どうやら私達が一番最後で、全員が揃うまで待っていてくれたようだった。
リルに手招きされ隣の席に腰を下ろす。向かい側にはマールとユウゴが座り、楽しそうに談笑している。
食事が始まると、皆用意されたシチューとパンに夢中になった。特に子供達は頬を赤く染めながらこれ以上ないほど幸せそうにパンを頬張っている。
「ほらみんな、そんなに慌てて食べなくてもまだまだたくさんあるからね」
子供達の様子を見に来てくれていたエイミーが朗らかな笑みを浮かべながら言った。彼女の穏やかな眼差しと優しい口調に子供達も少しずつ警戒心を解き始めているのか、リルとマールが遠慮がち相槌を打つ。
視線を前に戻せば、ユウゴはすでに半分以上シチューを平らげていた。少し離れた場所に座っているジークの皿も空になっており、周りに座っている子供達の面倒を見ている。
彼らの早食いはもはや癖だ。何に関しても制限時間があったペニーウォートでは上の者が下の子の面倒をみてやることが多く、ユウゴやジークは率先して子供達の面倒をみていた。ペニーウォートの牢獄にいた全てのAGEがそうであったわけではないが、私達の牢獄ではそれが普通であったため、特に珍しい光景ではない。
かくいう私も、皿に盛られていたシチューを半分食べ終えている。そんなに食べた記憶はないが……癖とは恐ろしいものだ。
改めてスープを口にする。シチュー……こんなに美味しいものだったのか。とろりとしたスープの濃厚さに背筋が震え、食べたことがないその美味しさに舌がピリピリと痺れた。柔らかい肉をゆっくり味わいながら皿に浮かぶニンジンをスプーンで掬う。色鮮やかなオレンジ色の星が可愛いくて食べるのがもったいない。
口元を緩ませて誰に言うでもなく「かわいい」と呟く。それを拾ったユウゴが、ふっと笑う。
また笑ったわね。
ムッと睨みつければ、ユウゴは野菜を咀嚼しながら顔を横にそむけた。口元を拳で隠しているが、その下では我慢できぬといったように口角が上がっている。
無言の怒りを放つ私に、ユウゴは口の中の野菜を飲み込むと誤魔化すようにゴホンと咳払いをした。
「ほら、お前ももっとゆっくり食べろ」
「ユウゴこそ、今日くらい早食いはやめたら?」
「俺はいいんだよ」
「なにそれ」
ふふ、と吹き出しながら言い返せば、ユウゴもつられるように笑った。やっぱり、彼が纏う雰囲気がいつも違う。暴力を振るう相手がいない安寧をユウゴも少しずつ感じとっているのだろうか。
「……シチュー、美味しいわね」
ユウゴを見つめながらぽつりと呟く。
「そうだな」
「星形のニンジンなんて私初めて見たわ……外の世界では色々なものがあるのね、面白い」
「ああ、だな」
「うん……んふふ」
「何笑ってるんだよ」
「別に」
他愛もない会話ができる楽しさをゆるりと享受してから、ニンジンを口の中へ放り込む。
ニンジンの優しい甘みに自然と笑みが溢れた。
「ね」
嬉しくなって意味もなくユウゴに微笑みかければ、ユウゴはほんの少しだけ目を丸くさせて「ああ」と頷いた。
ユウゴは残り少なくなったシチューをスプーンでかき回しながら皿の方に視線を落とす。私は何気なくそれを視界に入れながら、パンをちぎる。
しばらくの間ユウゴは無言のままシチューを掻き回していた。かと思えば今日一番の穏やかな顔をして、くすぐったそうに微笑を浮かべる。
「どうしたの?」
顔を覗き込めば、ユウゴは表情を隠すように俯いた。
「いや……なんでもない」
言ってから、ユウゴはシチューを掻き回す手を止める。そしてぽつりと呟く。
「……可愛いなって」
「……え? ああ、ニンジンが?」
私の言葉にユウゴはおかしそうに笑うと、温かいひとときを噛みしめるように瞼を閉じた。
「ふっ……ああ、そうだな、ニンジンな」
「ふふ。ね、可愛いわね」
「ああ、可愛い、な」
そう言って微笑み返してくるユウゴの皿に、ニンジンはもう残っていなかった。
執筆日2019*0113
HP掲載2019*0316