そもそもこのヘンテコな世界に来てしまったのは私のせいである。
政府で会議を終えたあと、護衛である鶯丸を連れて本丸に帰ろうと帰還の文字をタップしたとき、なぜかこの世界に飛ばされてしまったのだ。
いつもなら本丸の情報が内蔵されているカードを転送機械に当てるだけで帰還できるのだが、その日はたまたまカードを忘れ、手入力で本丸の番号を押した。つまり私は番号を間違って入力し、訳の分からない世界に転送された、というわけである。
唯一の救いは、この世界の貨幣は特に決まりが無く、私たちが使用している紙幣でも品物を買うことが可能であったことだ。

 ここにきて五日が経った。ようやく政府と連絡が取れ、こんのすけにも無事を確認された。
救助にはあと二日かかるらしく、もうしばらくの辛抱だからと伝えられた。これで一安心だ。肩の力がどっと抜けた私は畳の上に寝転んだ。

あのカエルもどき事件以来、鶯丸は外に出ることを控えている。声の調子も戻ってきた頃、気分転換に外へ行こうと誘ったとき、彼は外出の許可を出してくれなかった。それどころか部屋の外にあるお手洗いにまでついてくる始末で、それにはさすがに私も辟易している。だがそれほどまでに鶯丸が私を心配してくれていると考えれば嫌な顔は出来なかった。


――――明日の夕方、政府の担当者がそちらにいく。
充電の残りもあと僅かなスマホに送られてきたメッセージを鶯丸に伝えれば、彼はよかったなと頷いた。ようやく帰れる。そうとわかればお祝いだ。その日の夕食は外で食べようと思い切って鶯丸を誘ってみれば、案外すぐに承諾してくれた。渋るかなと思っていたので彼の反応は意外であったが、私は下手に追及することもなく、そのままお店探しをすることにした。

 不思議な食事に舌鼓をうつ。刺身だがこんにゃくだかよくわからない魚を飲み込んだ時、はたと気づく。箸が止まり、青ざめる私を見て、鶯丸が訝しげに訊ねる。

「どうした?」
「あの、その、いまさら遅いとは思うんですけど、私この世界の料理とか食べて平気なんですか……?」
「……ああ」
「異世界の物を食べては行けないっていうじゃないですか……ほら、ヨモツヘグイ……」

私の疑問に、鶯丸が味噌汁のお椀を片手に首を傾げる。嫌な予感がして、掌で口元を押さえる。しかし私の心配をよそに、鶯丸はくつくつと笑い心配ないと否定する。

「君が普通の人間なら、もう現世へは帰れないだろうな」
「ほ、ほらあ……」
「なに、主はもう人間ではないんだ。安心しろ」

 いきなりの人外宣告に戸惑う。心当たりがない私は鶯丸とは反対の方向に首を傾げる。

「……あのカエルたちが言ってなかったか? きみの霊力と付喪神の神気が混ざり合っていると」

 嫌な思い出を引き出され、顔を顰める。鶯丸もこの話題を切り出していいか迷っていたみたいだが、私が落ち着いた態度を見せると彼もそのまま話を続けた。

「言ってた……それがなにか関係あるの……?」
「きみはもう半神もどきになっている。自覚はないだろうがな」
「半神……」
「そうだ。赤子を宿すきみの胎には俺の神気が溜まっている。それは次第に溶け、きみの血と共に体内を流れ、少しずつ交じり合いやがてひとつになる」

 目を細め、絡め取るような視線を向けられ、なにかのスイッチが入ったかのように心臓が熱くなる。鶯丸の言っている意味をようやく理解した私は、箸を持ち直し視線を横にずらした。
そう言われると急に羞恥が湧いてしまい、私は逃げるように顔を俯かせた。だが赤く染まった耳までは隠すことはできず、鶯丸に指摘され慌てて隠す。さきほどまではなんてことない腹が、じくじくと疼いているような気がして、私は誤魔化すように尻を上げて座りなおす。それでも体は落ち着かず、私はとうとうその場から逃げ出したい衝動に駆られて、勢いよく立ち上がった。向かい側にいる鶯丸が目で後を追うがなにかをいう訳でもなく、そのままなにごともなかったかのように食事を再開した。

その後、トイレに逃げ込んだ私は服に匂いがついていないか裾や袖を確認してからようやく席に戻った。
残っていた食事には手をつける気力もなく、申し訳ないと謝罪しつつ、私たちは店を後にした。

「お姉ちゃん、美味しそうな匂いがスル」
「えっ」

お店を出るとき、入れ違いで店の中に入ろうとしていた一つ目の子供に声を掛けられ、私は反射的に体を強張らせた。子供と一緒にいた、彼の両親と思われる妖が物珍しい視線を私に寄越してから、鶯丸のほうを一瞥する。途端、妖はぎょっと目を大きくさせた。一つしかない目がこれ以上ないくらい大きく見開かれ、その迫力に吃驚していると、妖はいまだに私の顔を食い入るように見つめている子供の頭を小突き、そそくさと店内に入っていった。「刀の付喪神の女に声かけちゃダメ!」とヒソヒソと話しながら慌てて店内に入る彼らの様子にしばらくの間呆けていたが、ふと鶯丸の顔を見た私は「ああ……」と納得した。

「鶯丸さん、顔怖いよ」

 刀に手を置く鶯丸に、苦笑する。やはり外に出ない方がよかったのだろうか。温かみのない視線を店の中に投げていた鶯丸は、私の声によって緩やかに表情を穏やかなものにさせる。そして私を安心させるためか優しく微笑みながら、いつものように飄々とした顔つきで私の手を取って歩き出した。

妖の夜の町はひんやりとして、体の熱りを冷ますにはちょうどいいものだった。私は鶯丸の手からそっと逃げると、彼の腕に腕を絡ませ、どうしようもない体を寄せて彼と共に歩幅を合わせた。