一話

 鯉登家に奉公として出されたのは私が八つのとき。
 叔母に手を引かれて鯉登家の屋根を見上げた日はやたらと鼻の奥がツンとした。

「失礼のないように。しっかり奉公なさい」

 叔母は奉公と態のいい言葉を使う。だが実質、私はこの地に捨て置かれるのだ。その証拠に、叔母は挨拶もそこそこに鯉登家の玄関先から出ていく。可愛い盛りの娘が縋るような目つきで叔母を見ているのにもかかわらず。

 叔母の背が親指の先くらいの小ささになると、私ははとうとう泣いた。
煩わしい小娘め。
 何処からか鋭い視線が投げられている。
ふと庭先の方に顔を向ければ同じくらい年頃の少年と十六くらいの女中が佇んでいた。女中は眉尻を下げて微笑ましそうにしていたが、少年は違った。
 疎ましいと言わんばかりに冷ややかな視線を向けている少年に怯えつつ、私は鼻水を垂らしながら鯉登家の敷居を跨いだ。

 居間の座布団に座り、しくしくと着物の袖のほつれを弄る私を、鯉登家の奥様は優しく慰めてくれた。それでも私は泣き止まない。
見かねた奥様は、食べなさいと私に菓子を差し出してくれた。上は薄い茶色、下は多めの黄色。二層に分かれた、見たことがない菓子。恐る恐る口の中に放り込む。
 ムワッと口に広がる甘さに、私は思わず顔を顰めた。カステラよ、と奥様は言った。
初めて食べたカステラの味はこれ以上ないほど甘く、幼い私の舌をべっとりと不快にさせた。
この日の味と鼻の痛みをいまでもよく覚えている。
 カステラの味はいまだに好かない。

2018*0508