むにゅり、と、手のひらに柔らかい何かが当たっている。
それは指の間からこぼれんばかりに押し付けられていて、まるで早く触れてみろとでも言うような。

なんだろうこれ。

思わず掴むと、何とも不思議な感触がした。
ふにふにしてて柔らかくて、でも程よい弾力があって、そして心地の良い生あたたかさ。
それから何度も手の中にあるそれを揉む。
夢中になる手触りだった。
たゆん、とした質量と手指に吸い付くようなきめ細かさがあってたまらない。
正直、病みつきになりそうな代物だ。
むにゅ、むにゅ、と僕の手の動きにあわせて形を変えていく柔らかな……柔らかな…えっと、なんだっけ……?

「──ぁっ、ん…!」

もにゅ、とまた手を動かすと、どこからかもう我慢できないというように切羽詰まった悩ましい声が聞こえた。
なんだか随分と艶やかなその声に思わず閉じていた目をそっと開けると、視界いっぱいに、白い肌をこれでもかと言うほど真っ赤に染めた名前の顔があった。

(え……名前…?)

僕の好きな女の子。名前。
頭の中で日に何度となく思い浮かべているその子がいま、まさに目の前にいた。

まあるく人懐こい澄んだ瞳と視線がかち合う。
夜の海のような深い色の双眸は、うっすら涙の膜をはりながらもじっと惚けた僕をうつしている。
優しく垂れ下がった眉はへにゃりと困った形をしていた。
綺麗に伸びた細やかな柔らかい髪の先がさらさらと、僕の頬を擽る。
ふわりと、名前のあまい匂いが漂って軽く目眩がした。

ぱくぱくと開いては閉じる唇からぽろぽろ小さな母音が零れていくのをぼうっと聞きながら、ほぼ無意識で手をうぞうぞと動かす。びくり、と僕の手の動きに反応する名前を見てそこでようやく自分が一体何を揉みしだいていたのかを理解した。


胸。
名前の胸だ。
好きな女の子の、乳だった。


(……嘘でしょ…?)

まさか。
そう思い少し視線をずらせば、胸元が大きく開かれた隊服に手首まで突っ込まれた僕の左手が、確かにそこにあった。まさかじゃない。

…いや、でも、まだにわかには信じがたい。
確かめるようにもう一度ぐに、と指を動かすと触れた滑らかな肌と名前の顔がふにゃりと甘く歪んだ。羞恥からか少し汗ばんだ皮膚と肉の奥にある心臓から、ドクドクと早鐘をうつ鼓動が伝わってくる。

紛れもない現実だった。
夢見心地だった思考が一気に引き戻されて、ほんの数分前のことを思い出す。
名前と角で勢いよくぶつかって、倒れる名前を咄嗟に庇おうと手を伸ばしたこと。
結果的に右手で抱きとめて何とか名前が地面に体を叩きつけなくても良いようになったけど、勢いあまった左手はどうやら名前の隊服の中に突っ込んでしまっていたらしい。

(…僕、いま名前の胸、揉んでる……。)

毎日頭の中で揉んでいたそれより遥かに柔らかくて大きな胸に、引き戻されたはずの思考がまたぐるぐるとそれだけで満たされていく。

本当に?夢じゃなくて?
いやでも、甘露寺さんと同じ隊服を着ているのは、前田に渡された隊服を馬鹿みたいに素直に着ている目の前の茹でダコみたいになった名前しかいない。
それに、僕にのしかかるようにして腕の中にいる名前のあたたかさも、しっとりした息遣いも、左手の熱も、飽きるほどした想像より、遥かに現実味を帯びている。

「ぁ…か、すみ柱、さ、ま…っ。」

夢中で胸を揉む僕へと、薄い唇が震えた声をはらりと降らせる。
食べ頃の果実のように熟れた可愛い顔が、くしゃくしゃになって少しだけ涙があふれていた。
煽るようなその表情に、ぞくりと背筋に何かが走る。

「も、申し訳ございません。あの、すぐに退きますので…どうか、御手を、…っ、」

無遠慮に女体に触れられて、挙句の果てには胸をこれでもかと言うほど揉まれているにも関わらず、何故か名前は酷く申し訳なさそうな顔をする。
手を退けてほしいと言いたいのだろうが、柱である僕にそんなことを言えないと思ったのか、結局最後まで言えずに黙ってしまった。

「ああ、うん。」

名残惜しいけれど僕達を見つめる人々の視線に、名前は体を縮こまらせながら顔を俯かせている。
名前の意思を汲んで渋々胸から手を離すと、安心したように少し微笑んですぐに僕の上から退いた。
その髪を引いてしまいたい衝動を堪えながら立ち上がると、名前が自分の乱れた胸元を気にもせず僕の隊服の土埃をそっと払う。

「僕のことはいいから、自分の整えたら?」
「え、…ぁっ…。お目汚し失礼致しました…!あの、霞柱様にお怪我はございませんか…?」
「ないよ。名前は?」
「霞柱様に受け止めて頂いたので…どこも、何ともありません。本当に、ありがとうございました。それと、申し訳ございません…!」

がばり、綺麗に体を折り曲げる名前に、別にいいよと返す。
名前に怪我がなくて良かったし、胸揉めたし、僕的にはむしろありがとう。
そんなことを馬鹿正直に言うわけにもいかずただ無愛想な返事になってしまった。
けれど名前はそれを少しも気にすることなく、ぺこぺこ僕に頭を下げ続ける。

「私が鈍臭いせいで…御身にお怪我がなかったのが不幸中の幸いですが、どうお詫び申し上げたら良いか……。」
「…別に気にしなくていいから。」
「本当に申し訳ございません…。このお詫びは、いつか必ずさせて頂きます。…そ、それでは……!」
「え、いや、ちょっと」

僕の返事も聞かずに逃げるように去っていった名前をあっけに取られてぼんやりと見送る。

まさか、名前の胸を散々揉んでいたことに対して何も言ってこないなんて。

…僕が柱だから?
柱になら何されても文句を言えないなんて思っていそうな節はあるけど、だとしたら床を共にしてと言っても無抵抗でされるがままになってしまうのだろうか。

でもどうしようもないくらい天然かつ鈍感な名前のことだから、僕に胸を揉まれたとすら思っていないのかもしれない。
それはそれで有り得そうな話だけど、何だか癪だ。

そもそも名前は男がどんな生き物なのかをよく分かっていない。
だから下心しかない前田がもってきたすけべな隊服を素直に着るし、毎日綺麗な足や豊満な胸を惜しげも無く晒して男達の邪な視線を釘付けにしているのに全然気付いてない。
僕が裏でどれだけ名前を狙う奴らを牽制しているのかも、きっと少しも知らない。

名前の体より頭の中の方がよっぽど心配になる。
鈍臭いんだから行く先々で胸やら尻やらを揉みしだかれたりしないかな…。
僕がついてなくて大丈夫なんだろうか。

とりあえず今度会ったらさらしをするように言おう。
なんなら渡してつけさせよう。
というかもう、体のラインもわからないように僕と同じ隊服を着せたい。いや、何がなんでも着せる。
あんなこと、例え事故でも僕以外にされるなんて絶対にあってはならないことだ。


「………柔らかかった…。」

左手をまじまじと見つめる。名前の胸のあたたかさと柔らかさがまだ手の平に残っているような気がして、なんだかもったいなくてぎゅっと握りしめた。

「…もっと、触りたい。」

僕もれっきとした男であるわけで。
今まで何度も頭の中で名前を抱いたけど、好きな女の子の胸を実際に揉むとそんな想像では物足りなくなってしまうのは当然のことだった。
欲深くなってしまう。
やわっこい胸も、小さな背中も、細い腕も、しなやかな脚も、小ぶりな尻も、可愛らしい舌も、名前が自分で触れたことがないところまで、ひとつ残らず。
考えればキリがない。名前のすべてに触れたい。そう思うのは自然だろう。


けれどとりあえず、この熱をどうにかしないと。
素直すぎる体に嫌気がさすけど、名前に悟られなかっただけマシだろう。
褌の中で鎌首を擡げたそれにため息を吐いて、そろりとその場から歩き出した。


───────



やってしまった。やってしまった。
盛大なやらかしをしてしまった。

「うぅ…。は、恥ずかしい…恥ずかしい…。」

何回思い出しても顔から火が出そうなほど恥ずかしい記憶に、本日何度目かわからない独り言をこぼして顔を覆った。
元気ヲ出セと言いながら頭をすり、と私の頬に押し付けてくる可愛い鴉に癒されたのもつかの間。
やはりそんなに早くは切り替えられない。

好きな殿方の上にはしたなくのしかかった挙句に、貧相な体を触らせてしまった。

寝て起きても消えないこの事実に、ため息がまた転がっていく。
昔から鈍臭いと言われてきたし、よくそれで鬼殺隊に入ってここまで生きて鬼を狩ってこられたな、なんて何回も言われたけど今回の件が一番へこんだ。

「……霞柱様、私のこと嫌いになったかな。」

鈍臭くて、はしたなくて、私のような女はきっと霞柱様の好みの女の子じゃない。

今もまだ忘れられない。
あたたかくて、力強くて、逞しい霞柱様の胸に体を預けた時のこと。
抱きとめるように回された腕の筋や、事故で私の胸に触れた骨ばった指の感触。
今は亡き母様にはしたないですよと怒られそうだけど、それでもあの熱とかたい指先、なにより男の子らしい体が忘れられなかった。

ただ、それと同時に霞柱様のあの表情に酷く心を抉られた。
呆然とした表情を浮かべながら、これは何だと言うような顔で胸を揉まれた時は羞恥とむず痒さでどうにかなってしまいそうだったけど、あの顔は胸を胸だと認識していない顔だった。

私にはわかる。

けれど霞柱様は少し前までは記憶も保てずすぐに何もかもを忘れてしまわれていたんだから、女体についてわからなくても無理はない。乳の存在を知らなくても何ら不思議ではなかった。

最後の最後まで不可解な顔で未知の何かを確かめるように私の胸を好き放題に揉んだ霞柱様を思い出して泣きそうになる。
乳房というものを知らない霞柱様には、きっとこの胸は珍妙な出来物だとでも思われた。もしかしたら奇病すら疑われたかもしれない。
そうだ、霞柱様が揉んだのは私の胸じゃない。珍妙で不可解な出来物なのだ。

あまりに悲しくて惨めだった。
あんなに揉まれたにも関わらず、私の胸は霞柱様に胸だと、紛れもない乳房だとわかって頂けないという現実を、よりにもよって霞柱様自身に叩き付けられてしまった。
次にお会いした時には「君の体についてる不可解な出来物、早く取った方がいいよ。」なんてあの綺麗なお顔を不安そうに顰めて言われてしまうのではないだろうか。
純粋な善意によって私は再起不能になってしまう。


いや、そんなことより、胸というものが何なのか知らない霞柱様に胸を揉まれて、好きな殿方に触れられて、なんだか今まで感じたことのないむず痒さと、少しでも喜んでしまったことが恥ずかしかった。


「…はしたない。」

「誰が?」

「私です…。」

「へぇ。名前ってはしたない子だったんだ。」

ええ、私も自分が信じられません、と言いかけてはたと気付く。
この声は、私の可愛い鴉じゃない。
手の甲で私の様子をうかがうようにつぶらな瞳をこちらに向ける鴉に、ぱちくりと瞬きを返す。
耳朶をくすぐる、声変わりをしたあまい少年の声。
この、こえは、

「意外だなぁ。」

俯けていた顔をそぅっとあげてみると、何度も目で追っていた、大きな瓶覗の瞳が不思議そうに私を見つめていた。


「あ、ぇ?……か、霞柱さ、ま…?」

「うん。昨日ぶりだね。」

さらりと、微かに首を傾けた霞柱様の綺麗な御髪から良い匂いが香る。

(幻覚、じゃ、ない…?)

思考の渦中にいた霞柱様が、何故か私の屋敷に、それも縁側でへたりこんでいた私の傍にいらっしゃる。
あまりの出来事に、頭の中は空っぽになり疑問符がそこら中に散らばった。

「ど、どうしてここに……?」
「名前の屋敷の場所を僕が知っていたら不都合でもあるの?」
「いいえ…でも、」
「ちゃんと用はあるし、ここまで女中に案内されたんだよ。あーあ、でも、折角僕が来たのに出迎えもないなんて。」

少しだけむくれてみせるその表情が愛らしいと思うのと同時に、柱を出迎えもせず呑気に日向ぼっこに興じていたなんて、とんだ無礼者だ。
折角いらしてくださったのに、これ以上嫌われたらどうしよう…!
慌てて佇まいを直し、霞柱様に向き直る。

「申し訳ございません。霞柱様がいらっしゃったのに私ったらとんだ御無礼を…。」
「……真面目って言うか、君って馬鹿だよね。まぁいいけど。それより、何をそんなに考え込んでるの?」
「…い、いいえ、とくにその…何でも、ないです。」

泳ぐ目をじっと見つめられる。探るような視線に、ぎゅっと唇を引き結んだ。

だって、口が裂けても言えない。
女体をよく知りもしないあなたに触れられて、少しでも喜んでしまった自分がはしたなくて情けないです、なんて。
そんなことを正直に言った途端、私は変態扱いされてしまう。

「はしたない、って言ってたけど。あれのこと?」
「っ、?!や、ちが、違います…!」

カァっと頬が熱くなる。心拍数は急上昇。
思わずそらそうとした顔は霞柱様の手によって固定されてしまい、強制的に向き合わされる。

「ふぅん。」

意味深なその呟きと共に、霞柱様の視線がすぅっと胸元に落ちる。

え、うそ。やだ、もしかして思考が読まれた…?
それともこの珍妙な出来物を心配して…?
どうしよう。
これは胸、乳房です、奇病ではありません。

そんな破廉恥な説明、私には到底できない。
そんなこと、口に出すのも恥ずかしくてたまらない。

ひとり慌てる私をよそに、その目はまた私の目の奥底まで覗くようにきらきらと瞬いた。
百面相をする私の顔が、星が降るような煌めきをたずさえた澄んだ瞳の中にうつっている。

「何でも良いけど、その隊服、今後一切着るのをやめて。」
「へ……?」
「聞こえなかった?その隊服を着るのをやめろって言ったんだけど。」
「どうしてですか…?」
「はぁ?」

急に低い声で凄まれて体がびくりと跳ねる。じりじりと近付いてくる端正な顔立ちに、顔からはもう湯気が出そうなほど熱が集まるのがわかった。

至近距離で見つめあった綺麗な双眸を縁取る長いまつ毛が、ぱたぱたと小さな風をおこす。
柔らかな弧を描くまぶたの白さが眩しい。
頬をおさえる指の感触も、通った鼻筋も、桜の色をした淡い唇も、絹のような肌も、霞柱様のすべてが私の心臓を淡く蕩かしていく。

「昨日みたいなことがまたあるといけないでしょ?鈍臭いんだからどうせ転けるのは目に見えてるけど、せめて隊服ぐらい別のにしろって意味。わかった?」

捲し立てるように並べられた言葉に、思わずはい、と返事をしてしまう。
緊張でよくわからなかったけど、つまり、霞柱様が仰るには、この珍妙で不可解なものが見苦しいからこれ以上見せるなということだろうか。

「…そ、そう、ですよね…。お見苦しいものを今まで皆様に見せ続けて…。は、恥ずかしい…。申し訳ございません。」

やはり、霞柱様にとってはそう見えてしまったんだ。
人体としては私の体は特におかしくないはずだけど、霞柱様にしてみればおかしかったんだ。

目の奥が少しだけ痛い。
泣かないように瞬きを堪えると、違う、とほのかに焦りを含んだ小さな声がかえってくる。

「見苦しいとまでは言ってないでしょ。」
「ほ、本当ですか…?」
「うん。」
「…よかった。あ、でも、新しい隊服を頂くまでの間は今のままでも宜しいでしょうか…?これ以外に持っていなくて…。」

そう言うと、ああ、それなら。と霞柱様が微かに笑みを浮かべながら頬を掴んでいた手を離す。
傍らに置いてあった荷物を探ると、はい、とすぐに濃紺の布を手渡された。

するり、と畳まれていたそれを広げると、それはよく見慣れた詰襟学ラン。
すなわち、鬼殺隊の隊服だった。
背中には白い滅の文字。少しぶかっとした隊服からはふんわりと霞柱様の香りがした。
もしかして、霞柱様の予備の隊服…?

「それあげるから、今日から着て。」
「え、でも、これ霞柱様と同じ物じゃ…?」
「そうだけど。なに、嫌なの?」
「いいえ、そんなことは…でも、」
「じゃあ良いでしょ。いますぐ着替えて。」
「いますぐ、ですか?」
「何度も言わせないで。早くしてよ。」
「はっ、はい!」

霞柱様の低い声というのはなかなかに恐ろしい。
十四歳の男の子の声色ひとつでどうにかなってしまう自分が情けないけれど、霞柱様の圧に耐えられる人間なんてそうそういないだろう。
大人しく従うが吉なのだ。
そんな私の心を見透かしたように、今度はいい子だね、と笑いかけてくるのだから、本当にたまったものじゃない。
まるで手のひらで転がされているような気分だった。
少し強引だなぁと思いつつも、私はそそくさと近くの空き部屋に駆け込んだ。


霞柱様の隊服は体の線が分かりづらい、大きめの隊服なのがなんと言っても特徴的である。
十四歳といっても霞柱様は立派な男の子。身長も私よりは高いし、サイズが小さく着れないということはなかった。
むしろ霞柱様よりもぶかぶかといっても良いだろう。

「…霞柱様のにおいがする。」

自分から、好きな人の香りがするなんて。
どきどきと胸が高鳴った。脈拍が急加速していく。
私だって年頃の女の子。
意中の殿方のにおいに、何も思わないわけがなかった。

くるり、綺麗な回転を決め背中も含めて全身を確認しておかしなところがないか目をこらす。
特に変なところはないけれど、ただ、ある一点だけが非常に気になる。


胸部だけが、ぱつぱつなのだ。


「……みっともない。」

幸せな気分はすぐに霧散した。
やはり霞柱様用に誂られただけあって、胸の膨らみに対する空間が圧倒的に足りない。
自分のものが特別大きいと思ったことはないけれど、胸を押しとどめる釦に触れながら嫌気がさす。
他はゆったりと余裕があるのに対し、きつきつにつめられた胸だけが異様に目につくのがやはり恥ずかしい。


こんな姿、霞柱様には見せられない。
今度こそ幻滅されてしまうに違いない。
さっきは気を使って見苦しくないとは言ってくださったけど、この姿を見れば優しい霞柱様でも流石に顔を歪めてしまう。

(…合わなかったって、言おうかな。)

そんな考えが脳裏に浮かんだその瞬間、足音もなく襖障子がすぱん、と小気味よい音をたてて開かれる。
びく、と背筋が震えた。

「遅い。」

苛立ったような声が背後から聞こえる。姿見にはもちろん、お馴染みの霞柱様。
仮にも女の子がいるとわかっている部屋に声掛けもなく入るなんて、とか、もし着替え中だったら私の裸を見て気分を悪くするのはあなた様ですよ、とかそんな感情が一瞬のうちにどっと押し寄せるが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

「何してるの?着替えにこんなに時間…かか…る……」

尻すぼみになっていく霞柱様の声を聞きながら、ぎゅっと手を握りしめた。
分かっていたことだけど、こうもあからさまだとやはり傷ついてしまう。
鏡越しに見つめ合うのに耐えられず、目線が段々と下に向いていく。畳の上にのせた素足が、なんだか冷たい。
ああ、何とか言わなきゃ。
開いた口に酸素を詰め込んで、いつもと同じように。

「…その、私には少し、合わな」
「似合ってる。」

何とか押し出した言葉をやさしくすくい上げられて、はっとして目を見開く。思わず視線を上に向けた。
鏡の中には、初めて見るような霞柱様の顔が浮かんでいた。

「そっちの方がいいよ。」

手が、引き寄せられる。
振り向かされて、霞柱様を見上げると姿見越しに絡んでいた視線が交わる。
なんだか、少し切羽詰まったような、余裕のなさそうな、年相応の表情にこころがぎゅうっとその指でやさしく、強く、握られているような気持ちになってしまう。
浮かぶその表情の意味はわからないけど、霞柱様の新しい一面を垣間見たような気がして、体温の上昇を自覚する。

「…っ、あ、ありがとうございます…。」

上擦ったような声を出してしまったけど、そんなことも気にならないくらい嬉しかった。

「今日からそれで過ごしてね。」

きれいに笑う霞柱様に、はい、と返事をしてそこでふと、耳が微かにおかしな音を拾う。

なんだろう。
耳を済ませると、ぷちり。
そんな、糸がほつれて切れる嫌な音がして。

(あ、うそ、)

咄嗟に胸元を見ると、今まさに千切れた糸が釦を手放そうとしていた。
縫い付けられていた釦がぽろんと弾け飛んで壁に当たって跳ね返っていく。
障子から透けた光に、きらりと反射する眩しい黄金の色。
ああ、そういえば霞柱様の隊服は金色の釦だから付け替えないといけないな、なんて場違いなことが頭の中に浮かぶ。
呆然ところころ畳に転がるそれを眺めた。

「………。」
「………………。」

気まずい沈黙が横たわるのは、必然だろう。
恐る恐る見やった霞柱様の視線はもう胸に釘付けだった。
穴が空くほど見つめられて、私は逆に目を逸らした。

恥ずかしい…恥ずかしい…!
頭が沸騰しそうなほどの羞恥に、言葉が出ないかわりに涙が出そうだった。
混乱する私をよそに、霞柱様は黙ったままずっと風通しの良くなった胸部を見つめている。

「ぁ、…あ、ぁ…っ…」

詰まった喉から何とか吐き出せたのはそんなか細い声で、もう埋まりたい以外の感情が死んでいく。
私の声に、霞柱様の肩が微かに揺れ動いて、瞬きの後にはすたすたと無言で部屋から出ていく背中が見えた。


(もういやだ…。)

今度こそ嫌われた。
顔を覆って崩れ落ちるように蹲る。
のみこんだはずの涙が見る間にぽろぽろ溢れて、袖にじんわり吸い込まれていく。
ぐすり、嗚咽を噛んで砕いて、声になるまえに喉に返した。
声に出せない泣き声が喉をずきずき痛めつけていく。

しかしすぐにまたすたすたと足音が聞こえて、更に混乱してしまう。
なんで、どうして戻ってくるの。

「なにしてるの?」

降る声は、やはり出ていったはずの霞柱様のものだった。
慌ててとけた目に隊服をあてて、涙を染み込ませる。
泣いてるのはバレバレだろうけど、あくまでいつも通りに。

「……っな、なんでも…、ないです。」
「わかりやすい嘘つかないでくれる?」
「…すみ、ませ…ん。」
「顔あげて。」
「…で、も…」
「あげて。」

そろり、と促されるまま顔をあげると、仕方ないなぁ、なんて顔をした霞柱様が私に目線を合わせてしゃがみこんでいた。
驚いて引っ込んだ塩水がまた目の縁からぽたりと溢れると、遠慮がちな霞柱様の指が拭っていく。

「…昨日も泣いてたよね。」

穏やかな声音が宥めるように呟く。

「こんなことで名前を嫌いになるわけないのに、どこに泣く必要があるの?」

今度は遠慮を取払った指先が、そっと頬に触れて、私より大きな手のひらがふわりと髪を撫でていく。

「これで多分マシになるんじゃない。だから隊服は絶対それを着てよね。釦も、ちゃんと付け直すんだよ。」

わかった?

柔らかくて、あたたかくて、優しい声がそう言って不器用に慰める。
差し出された真っ白なそれを受け取って、小さく頷いて抱き込んだ。


そうして、忙しい身分のはずなのに、霞柱様は泣き止むまで私を慰めたあと、温かいものでも呑んで落ち着けば、と女中にお茶を頼み、一緒にお茶を飲んでくださって、それじゃあねと帰っていった。

霞柱様が帰ったあと、渡された真白いそれを確認すると、おそらく新品のさらしでびっくりしてしまった。
こんなものまで用意してくれていたなんて。

またちゃんとお礼をしないといけないことが増えてしまったなぁと、母の裁縫道具を引きずり出しながら思う。

女中がお任せ下さいと言ってくれるのをやんわりと断って自室に持ってきた隊服に、ちくり、ちくり、とひと針ずつ糸を縫い込み釦をしっかりとつけていく。

「……いいのかな、こんなに毎日好きになって。」

きっと、普通の女の子にはなれないのに。
この恋は結ばれずに死んでいくのに。
そんなことを思ってももう後に引けないくらい募った想いは、今更どうしようもない。
叶わない夢をみることはひどく切なくて、こんなにも愛おしい。

「…いいよね、きっと。」

しっかり釦がついたのを確認して、玉結びをしてぱちん、と糸切り鋏で余った糸を切る。

さらしをきゅっと巻いて、あのひとと同じ隊服を身に纏うと、今度は全身にゆとりがあることに胸を撫で下ろした。
霞柱様の香りが染み付いた服に顔を寄せる。

この胸を霞柱様が正しく乳だと認識していないことなんて、もう何だか気にならなくなっていた。
霞柱様の言葉ひとつで一喜一憂してしまう。
欲深く、なってしまう。
もっとあのひとの声が聞きたい。骨ばった指先に触れられたい。あわよくば抱きしめてほしい、なんて。
いつからこんなに欲深くなってしまったんだろうと思いながらも、私はまたひとつ欲を口にする。



どうか明日も、霞柱様と会えますように。


───────



名前に隊服を渡してからというもの、僕は偶然や事故を装って名前に触れるようになった。
味をしめた、とでも言うのだろうか。

正直に言うと、名前に渡した隊服も、名前の胸が入りきらないことをわかっていて渡した。
僕の服の袖を余らせて着ているのを見た瞬間の心臓のざわめきは今も忘れられない。
なのに胸だけはきつそうで、その対比にまた背筋がゾクゾクしたのは言うまでもない。
釦が弾け飛んだときの呆然とした後に羞恥で耳まで真っ赤にしてぽろぽろ泣いてる名前があんまりにも可愛くて、名前には可哀想だけど最高の気分だった。

そしてどうやら何か勘違いしているとは思っていたけど、名前は僕が女体を知らないと思い込んでいるらしい。
何がどうなってそんな思い込みをしたんだと言いたいけど、それを利用して毎日毎日好き放題に名前の体に触れるんだからこんなに良いことはない。




ある日は合同任務のときに。

「きゃんっ!」

鬼に吹き飛ばれた名前を受け止めるようと広げた手に触れたそれをむぎゅうっと掴む。
胸よりも弾力があって揉みごたえのある尻に指を埋めれば、名前は子犬の鳴き声のような声をもらしていた。
もみ、もみ、と絶対にわざと揉んでいることがわかっても名前は僕の下心に気付かない。
それが余計に僕を付け上がらせていることも、きっとずっと気付かない。

「か、霞柱様ぁ…、」
「あ、ごめん。」

目じりを垂れ下げて情けなく僕を呼ぶその声に手を離し、笑みを浮かべないように気をつけて、あくまで偶然だという風を装って謝罪をする。
形だけのそれを疑わない名前はとんでもないと申し訳なさそうに謝るばかりだった。



またある日は市街で偶然出会った振りをした。

「あ、霞柱様〜!」

よく転ける名前のことだから、僕を見つけて駆け寄って転けるのはもう日常茶飯事だった。
ふわりと空気を抱いて前のめりになる名前を受け止めることなんて容易い。
けれどわざと巻き込まれて一緒に転けてみる。

「ひゃん!つっ…ぅ、」

そこらの男は耳にしただけでおっ勃てること請け合いな声を出しながら飛びかかるようにして転ける名前を、黙って眺めた。
次の瞬間には、視界は真っ暗。
さらしを巻いているとはいえ、名前の胸の質量的に完全に潰すことはできないらしく、顔面いっぱいに柔らかいものが押し付けられる。

「ん、」

くぐもった声をわざとらしく出して顔を埋める胸と絡まる太腿に手を伸ばす。
布越しでもふにゅ、としたそれは魅惑の柔らかさでほのかに甘いにおいもして、何度触れても飽きない。
人目があろうがもはやそんなことは関係ない。僕が名前に触らないわけがなかった。

「っ、んぅ…!ふっ…!」

あーあ、こんなとこでそんな声出しちゃって。
名前は敏感だから、少しすけべな触り方をしてやれば体はどんどんそれを学習し名前さえ知らないうちに快感へと変換していく。
戸惑いながらも感じるその感覚についていけていない名前に、背徳を感じるのも無理はなかった。
もっとやらしい体になってしまえばいいんだ。
どれだけはしたくても、僕が君を嫌いになるわけがないんだから。

「ぁっ、あの、霞柱様、も、申し訳ございません…!」
「いいよ。僕こそ受け止められなくてごめん。」

いや、本当は受け止めることなんて造作もないけど。
名前に触ることが目的だから気にしないで。
そんな声は胸にしまって、もう挨拶のようになったごめんを繰り返した。


そしてある日は血鬼術で二人まとめて迫っ苦しい空間に閉じ込められた。

突破するのは容易いということはすぐにわかった。
けれどこんな好機をみすみす逃すはずがない。
そんなことをする必要はまったくないけど、狭いからという名目で名前の股の間に足を割り入れて、顔の横に手をつく。
頭に花でも咲いてる[FN:名前]のことだから、そういうことならとすんなり受け入れた。
ぐっと縮まった距離と、股にくい込んだ僕の足に、名前の体がびくりと跳ねる。その体を抑えるように片手を腰にまわせば、今度は白い喉から引きつったような声が聞こえる。
ぐり、と更に足をねじ込むように意地悪く動かすと、艶やかな可愛い唇が甘い吐息をもらした。

最近、僕に触れられてむずがるような素振りをみせるから、なんだか余計に虐めたくなってしまう。
前みたいにはしたないなんて思って悩んでいると思うと、たまらなく良い気分だった。

ねぇ、名前をそんなはしたない女の子にしたのは僕なんだよ。
安心して身を預けている僕にこんな体にされたんだよ。
わかってるの?

ぐっ、ぐっ、と押してやれば、名前はわかりやすく唇を噛み締めて体を震わせた。
気付かない振りで耳元に唇を寄せて、吐息を絡めて声を流し込む。

「顔赤いけど、大丈夫?」
「っぅ、あ……っ、だ、だいじょ、ぶです、から…!」
「本当に…?」
「ほ、ほんと、にぃ…!ぅ、く…んっ、」

熱い息遣いと名前の鼻にかかったような声が脳を揺さぶる。
鈴の鳴るような声が喘ぐように声をもらすから、危うく褌の中のモノが反応しだす。きっとここでソレを押し付けても、名前はなぁんにもわからないんだろうな。それもそれで、興奮する。

墨色の長い睫毛の奥でゆらりと羞恥に潤む瞳と滲んでいくように赤くなる白い肌が扇情的だった。どんどん蕩けていく表情に、僕の中でとぐろを巻く劣情が舌なめずりをする。
こんな顔、僕以外には絶対見せてやらない。

名前の腰が砕けるまで遊んだあとは早々に鬼の頸をはねたけど、名前はその後無意識なのかずっと足を擦り合わせたり、熱っぽい瞳で僕を見つめていた。
口角が自然と歪む。
僕好みに仕込まれているなんて露ほども知らないんだろうな。

「やっぱり体調悪いんじゃない。体調管理はしっかりしてよ。ああ、でも、僕も気付かなくてごめんね。」

ひょいっと抱き上げて熱が燻る小さな体を抱き締めて帰路につく。
小首を傾げて、欠片も思っていない言葉ににっこり笑みを添えてやれば、名前は真っ赤になったまま、また馬鹿みたいに謝ってきた。

本当に、どうしようもなく馬鹿で、可愛い子。



ある日は甘味処で、蕎麦屋で、往来で、僕や名前の屋敷で。
来る日も来る日も偶然を装って色んな場所で名前に触れた。

そんなことを毎日人目も憚らずにやっていれば、周りの隊士や女中も僕がわざと事故を装って名前に触れていることがわかってしまうらしく最近はまたやってる…という声まで聞こえるようになってきた。
だけどこれが一番良い牽制になるし、やめる気は毛頭ない。
名前は霞柱様のお気に入りだから手を出すな、なんて噂までたっているらしいから万々歳。

だからそうやって指を咥えて見ていれば良いんだ。
羨ましいという嫉妬の視線、前から好きだったのにと唇を噛む仕草、そんなもの知ったことか。
名前は僕のものだという現実を叩き付けてやる。





先の任務で蝶屋敷で療養中の名前を今日も今日とて見舞いにくると、同じ任務について蝶屋敷に運ばれた複数の隊士がちらちらと僕を見る。

「霞柱様だ…。」
「また名前を見舞いに…?」
「…今日も見せつけられるのか。」
「もう玉砕してるから勘弁して頂きたい…。」

全部聞こえてるよ。
けれどこそこそ話し合う隊士達の話の内容に気分が良くなったからあえて言わない。
今日も名前に話しかけることも出来ず元気に玉砕していればいい。いい気味だ。

そんなことを考えていると、縁側にいた名前が僕に気づいたのか、あいも変わらず可愛らしい声で僕を呼んだ。

「霞柱様〜!」

とてとてとて、と少し危なっかしい足取りで一目散に僕に向かって駆けてくる名前にゆるく手を振りつつ、さて今日はどうしようかなと頭を捻った。

どうせ鈍くさい名前のことだからまた転けるんだろうけど、と考えたところで解けかけた名前の足の包帯に気がつく。
一歩、また一歩、僕へと向かって進む度にはらはらと綻びを見せるそれに、良い案が浮かんできた。

ぎこちなくゆっくりと走る名前との距離はあと十歩。ふわっと無邪気に笑った名前に見蕩れそうになるけど、油断したのか危なっかしくぐらつくからはっとして手を伸ばす。
どうせ転けるってわかってても、崩れ落ちる様で傷に障る転け方だとわかると焦ってしまう。
縋るように伸ばされた手をとって、そっと抱き寄せる。
とん、と僕の腕の中におさまった名前は強く瞑っていた瞼をおそるおそる開くと、僕の顔を見て心底安心したように頬を緩めた。

「毎日毎日ありがとうございます…。」
「毎日毎日飽きないね。わざとなの?」
「えっ?!ち、違います…!」
「知ってるけど。」

僕がいなかったらまた余計な怪我作るところだったんだし、少しぐらい揶揄っても罰は当たらないだろう。慌てたように言い返す名前が可愛くてこんなことを大体いつも繰り返している。

気付いてよ、僕がこんなことするのは名前だけなんだよ。
僕を見上げる小さな背が好き。
僕に遠慮がちに触れる細い指が好き。
僕を見つめて星降るようにきらきら瞬く瞳が好き。
僕を呼ぶ甘く澄み透った声が好き。
ころころ変わる表情も、鈍臭いところも、すぐ落ち込むところも、君ならなんだって好きだよ。

「鈍臭いしもう鬼殺隊やめて僕の屋敷においでよ。世話係がほしいんだ。」
「それ、は…。一応当主なのでお家を放ってはおけませんし、鬼を狩るために鬼殺隊に入ったので…。」
「へぇ、そんなこと言い返せるようになったんだ?」

じっ、と名前の目を見つめて鼻先が触れるか触れないかぐらいの距離まで顔を近付けると、耐え切れずに名前の視線が泳ぐ。
頬を赤らめて泣き出しそうにゆらゆら薄い涙の膜を張り巡らせる様子を静かに眺めて、こんなことするから余計にいじめたくなるんだよと言いたくなる。


「ぁ、っ…そ、それ以外なら、何でもします、から。か、必ず御恩はお返し致します。」
「何でも、ね。それ、覚えとくから。」
「だから、あ、の、そろそろ…えっ、と…。」

いまだに抱き合ったままの僕達に、まわりはもう興味津々といった様子でいやでも視線が刺さる。
もじもじ言葉を濁した名前に適当に相槌を返して開放してやる。

と、見せかけてそそくさと僕から離れる名前の足からはがれて這いずる包帯の先を強く踏みつける。
逃がすと思ってるの?

「っ、!」

ぴんと勢いよく張り詰めた包帯に、何も知らないまま歩きだそうとしていた名前が勢いを殺せず体勢を崩すのは当たり前のことだろう。

息を呑む音が鼓膜を掠めた。
それを合図にして、名前の傷に障らないように気を付けながら僕の方に傾くその体をぎゅっと抱き込んで衝撃に備える。
背中に一瞬だけ走った痛みと圧迫感に息苦しくなったけどそれもつかの間。
僕に乗り上げるようにして腕の中におさまった華奢な体と艶めいた髪が絡んだ手を見つめて上手くいったとほくそ笑む。

「…ぅ、…?」
「大丈夫?」

声をかけると僕の胸の上で強張っていた体が、浮遊感がなくなったのに気づいてほっとしたのかゆっくりと弛緩していく。
そっと顔をあげて僕を見つめた名前の表情から、またやってしまった、というような感情が透けて見える。

「ぁ、…わ、わたし、また、」
「何度も言うけど気にしなくていいから。」
「…っ…は、い。本当に毎日申し訳ないです。」
「いいよ。名前は大丈夫?」
「た、多分大丈夫です。」

へにゃりと笑った名前がすぐにどきますからと上体を起こしたところで制止するように声をかける。

「まって、ここ怪我してない?」
「え、っと、それは任務で、」
「ここも、なんか青じんでるけど打った?」
「いっ、ぁ、う…!」
「受け止め方が悪かったのかな。ごめんね。」

病衣からのぞく手首に指を這わせて、青痣を押し肌を撫でて、適当にでまかせをつらつら吐く。
怪我なんか絶対にさせないように倒れ込んだっていうのに、名前は困惑しながらも律儀にそれは任務で、とか、いつ出来たか知りません、なんて返事をするから笑いをこらえるのが大変だ。


「…っ、ん…ぅ、そこは怪我、ありませんから、ぁっ、!」

首筋をなぞって顎裏を擽るように緩く掻くと、白い喉が少しそれる。
じゃれつくように悶えるからまるで猫みたい。

「だめ、よく見せて。まだ完治してないんだからさっきので悪化したかも。」
「っふ、ぁ…!大丈夫、っん…なの、で、」
「動かないでよ。」

身をよじる名前のうすい腰を掴んで、病衣の合わせの隙間から指を差し入れる。
確かめるように上から順に指を滑らせて、釦に当たれば抜いてまた差し込む。
首、鎖骨…とゆっくり舐るような手つきで触れていくとふるふると体が震えて僕の胸に置いた手で耐えるように隊服をぎゅっと掴んできた。

「…っ、ぅ、ど、こも痛くない、ので、っ!んん、ふぅ…っ、」
「じゃあなんでこんなに手に力はいってるの?」
「あ、っ?!」

胸に触れると肩がびくりと跳ねた。
触り続けてきたせいで特に敏感になったそこを素知らぬ顔でつぅ、と指の腹であまく触れる。
柔い感触、湿っぽい熱が伝わって唇が歪んだ。

「かすみ、ばしらさま、ぁ!ん、どこも、なんともないの、でっ…!」
「自分でも気付いてない傷作ってる名前の言葉は信じられないよ。」

そこからまたくだって余分な脂肪のない腹にたどりつく。
擽ったそうに唇を噛む様子を見上げながら良い眺めだと僕まで熱っぽい吐息がもれた。
滑らかな肌にたまに見つかる凹凸は任務でできた傷跡なんだろうと思うとどうしようもなく妬ける。

「つっ、ふ、ぁ…!も、ほんとに、」
「はいはい、大人しくして。」
「いっ!…っそこ、はっ、いたいです…!」
「ああ、ここ?瘡蓋になってるね。」

鬼につけられた傷、そう思うと無意識に爪をたてていたらしく名前の瞳から涙がこぼれそうになる。
ごめんねと言う代わりに臍のあたりをやさしくさすってあげた。
するとさっきとはうってかわって甘やかな声を喉奥から微かに出す。


誘ってるのかな。可愛いなぁ。
なんで毎日毎日こうも僕に体を触られているのに偶然だと、事故だと思うんだろう。
どう考えたって不自然な接触なのに、こんなにも情欲を孕んだ手つきで触れているのに。
全然気づかないなんて純粋にも程がある。鈍感もたいがいにしてほしい。
悪意にも疎いけど、好意にも疎すぎる。
きっと、僕の頭の中で毎日毎日犯されているなんて考えたこともないんだろう。

ねぇ、名前。
知らないだろうけど、僕は朝となく昼となく夜となく、蕩けた顔をして甘い声で泣き喘ぐ君をめちゃくちゃに抱く想像をしてるんだけど。
君はいまそんな男に跨って、嫁入り前の体をあちこち触られてるんだよ。
…なんて、そんなことを言ったら、どんな顔をするんだろう。

余計なことを口走りそうだし、そろそろ僕の体も我慢がきかなさそうだった。
あほ面引っさげる隊士達にも十分見せつけられただろうから、今日はここら辺にしてあげようかな。
至るところを撫で回して擽って満足もした。

逃げないようにと掴んでいた腰を離して、名前の体温であたたまった指を抜き、白々しい笑みを浮かべる。

「うん、大丈夫みたいだね。良かった。」
「…は、い…っ、」
「熱でも出てきた?ぐったりしてるけど。」
「い、いえ…、大丈夫…大丈夫です。」
「屋敷に戻ろうか。名前が心配で焦ってたみたい。…ごめんね?」

形式的なそれはもうなんの意味もなくなっている。
それでも名前は今日も困ったように笑って受け入れるから、明日はどう触ってやろうなんて思ってしまうんだ。
好きな子をいじめたい。困らせたい。そう思うのは普通だろう。
ねぇ、次はどんな顔を見せてくれるの。


頬を染め色めいた名前に手を取られて起き上がりながら、僕は今日もそんなことを考えたのだった。

無一郎