クラスマッチ描写
体育館にホイッスルの音が響き渡った。試合開始の合図だ。
1組第一試合の相手は3組。熊井征也の幼馴染である速水冬紀がいるチームだ。
百合たちのチームのフォーメーションは先週の練習通り。女子が後衛、男子が前衛でスパイク。ただし今日は実戦、しかも総当たり戦。負ければチーム優勝は難しくなる。
審判役の教師が笛を構えた。3組側には背の高い生徒が揃っている。明らかにパワーで押してくるタイプの布陣だった。一方の1組は、美少女司令塔を中心に果たしてどこまで戦えるか。周囲の観客席からも視線が集まっている。
最初のサーブは3組。背の高い男子がジャンプサーブを打ち込んできて、ボールが鋭く1組コートに突き刺さった。いきなり1対0。
3組は速水冬紀を中心に声がよく通っている。「レフト!」「上げろ!」と指示が飛び交う。
2対0、3対0。3組が一方的に得点を重ねていく。観客席の他クラスの生徒からも笑い声が漏れ始めた。「1組やばくね?」という囁きが聞こえる。
藤本玄吉が息を切らして百合を見た。
「百合!コレなんかならんか!?」
『……了解。』
百合が動いた。前衛に歩み出て、男子三人の前に立つ。
そこへ3組のサーブが再び飛んでくる。ジャンプサーブ。鋭い軌道で1組コートを襲った。百合はその落下点に素早く入り、ボールを綺麗にセッターポジションへ返した。しかもトスが上がりやすい高さと位置に、正確に。
反射的にトスを上げる。阿吽の呼吸だった。
全力で跳んでスパイク。ボールが3組コート右端に突き刺さる。
4対3。初めての得点。観客がざわついた。
そして1組のサーブ権。百合は自らボールを手に取り、サーブ位置に立った。
女子のサーブ。3組は余裕の表情で構えていた。どうせ大したことないだろう、と。
百合の手からボールが放たれた。ジャンプフローター。高く弧を描いたボールが3組のコート奥に落ち、誰も反応できなかった。
速水冬紀は目を見開いた。
「は?」
4対3。観客席がざわついた。続いて百合はサーブを連続で打つ。今度はジャンプサーブ。コースは真ん中。3組のブロッカーが跳んだが、ボールはブロッカーの指先をかすめてコートに突き刺さった。
「うおおお!百合やべえ!」
「なんだあのサーブ!」
5対3。会場の空気が一変した。3組に動揺が走り、逆に1組に勢いが生まれ始める。
コート上の空気が重い。女子陣は完全に萎縮し、男子も相手の勢いに飲まれかけている。このままでは2セット先取されて惨敗もあり得た。
今回のバレーボール大会のルールの中には、現役のバレー部員が相手コートにサーブをするときにジャンプサーブをしてはいけないというものがあった。できるだけ試合が公平になるようにというわけだ。
つまり現役のバレー部員でもなければ運動部でもない、ただの帰宅部がジャンプサーブをしても違反にはならないのである。
中学一年生の子ならまだまだレシーブ経験は浅い。ボールが取れなければ試合は続かないので、サーブで制してしまえばいいと思ったのだ。
6対3、7対3と1組が怒涛の追い上げを見せた。百合のジャンプサーブは3組のレシーブ陣を完全に崩壊させていた。運動部でもない帰宅部の女子が打つサーブに翻弄されている。
速水 冬紀は額に汗を浮かべて。
「くそ、誰かあのサーブ取れねえのか!」
3組のブロッカー二人が百合のサーブに備えて構えるが、フローターとジャンプサーブを交互に打ち分けられると対応しきれない。8対3。
そして9対3になったところで、3組の生徒がようやく奇跡的に百合のサーブをレシーブした。
ボールが高く上がった。ようやく3組にチャンスボール。速水冬紀がトスを呼び、背の高い男子がスパイクを打った。ボールは1組コートの真ん中に叩き込まれる。
松里大智が必死に腕を伸ばしたが届かない。
「くっそ!」
9対4。3組が意地を見せ始めた。レシーブが取れたことで士気が上がっている。
「やべ、向こうに流れ行きそう」
「百合ぃ、なんとかしてくれぃー」
試合はまだ序盤。ここで流れを渡すと厄介なことになる。3組は11対9まで追い上げてきた。体育館全体に歓声と怒号が飛び交っている。
(こっちはあと3点。この後の私達のは二試合は先になるから、そろそろ皆動いても大丈夫かな)
『私がトスを上げるから、男子もサーブレシーブに入って。ボールはどこに上げてもいいから。トスは私が合わせるよ。』
百合は簡潔に指示を出した。向こうからのサーブを全員で取りに行くつもりでレシーブし、上がったボールを百合がトスを回し、男子三人がスパイクを打つ。シンプルだが、男子の筋力と身長を活かしたアタックは侮れない。
3組のスパイクが飛んできた。藤本が必死に手を伸ばす。ボールに触れたが弾かれ、後ろに転がった。しかしボールはコート内に残っている。
藤本玄吉は尻もちをついたまま。
「取った!取ったぞ!」
ボールは見事に真上に上がった。ただし百合からは少し離れた位置。普通ならトスが合わせられない距離だ。
しかし彼女は普通ではない。二歩でボールの落下点に入り、両手でセッターのトスをそのまま自分の後方へ上げた。高く、綺麗に、ネット際へ。
松澤 亮介が跳んでスパイク。ボールは3組コートに突き刺さる。
12対10。会場がどよめいた。あの体勢からトスを合わせられるのか、という驚きの声があちこちから漏れる。百合がボールを拾い、トスを前衛の松澤へ。スパイクが3組コートに叩き込まれた。10対4。
そこから1組は男子のアタックが徐々に機能し始め、12対8で第1セットを先取した。続く第2セットも12対5で制し、ストレート勝ち。3組を完封した。
速水が膝に手をついて悔しそうに呟く。
「マジかよ……」
観客席から拍手と歓声が上がった。
そして勢いに乗ったまま、その後の試合も順調に勝ち進んだ。男子三人のアタックに加え、百合のサーブやレシーブ、精密なトスワークが機能している彼らを止められるチームはなかった。
そうしてついに決勝戦にまで上り詰めてしまった。結局、1組の百合たち以外のチームは全滅になってしまったが、唯一生き残った百合たちの班がここで勝ったとすればクラス順位の最下位は免れるかもしれないのだ。
「がんばれー!!」
「集中しろぉお!」
「玄吉ふざけるなよー!」
「なんで俺だけー!?」
クラス全員の声援が横から聞こえてくる。
決勝の相手相手は優勝候補と呼ばれている4組のチームで、なんと現役バレー部が3人いるらしい。この際、チートすぎんだろという突っ込みは全員閉まっておいた。
試合開始の笛が鳴ってから、百合たちのチームは皆必死に食らいつこうとしているが、なかなか試合の流れが転ばず。なんとか1セットは取り返したが、ラストのこのセットで先に点を取らないと負けが決まってしまう状態。そしてそんな中で相手が特に狙ってくるのが侑子だった。
4組のサーブが容赦なく1組コートを襲う。バレー部のサーブだ。レシーブが乱れ、ボールが侑子の方へ飛んだ。
侑子は必死に両手を出すが、ボールは顔面に直撃した。ぽすん、という情けない音。ボールはそのままコート外に転がっていく。
「いたぁ……」
観客席から笑いが起きた。4組のバレー部員がにやりと笑っている。わざとではないだろうが、明確に侑子を狙い撃ちにしているのは確かだった。華奢で運動が得意でない侑子は、4組にとって格好の標的なのだ。
1組の残り点数は5点。4組は3点。ここで侑子がまた狙われれば、心が折れてしまう可能性がある。
『…私が侑子のカバーに入る』
百合に迷いはなかった。バレー部のサーブだろうが何だろうが、来ると分かっていれば対処できる筈だと。
4組のサーブ。やはり彼女たちの弱点を突いてくるように、侑子のいる方向へ鋭いボールが放たれた。
しかしその軌道上に百合が滑り込んだ。両腕でボールを受け、そのまま高くトスを上げる。完璧なセッターポジションに亮介が反射的に跳んでスパイク。
9対5。会場がどよめく。
4組の顔色が変わった。次のサーブも同じように侑子を狙ってきた。だが百合が再び完璧にレシーブし、トスを回す。男子三人がスパイクを決める。9対6。
「百合、ありがとう…」
『いや、こちらこそだよ。向こうが侑子ちゃん狙いなのが分かってたから、ボールの軌道が読めたんだよ。さぁ、皆で試合勝ちにいこう』
そして何回かの攻防の末、百合たちはあと1点でマッチポイントというところで、4組が今度は楓を狙ってきた。
ボールが顔面めがけて飛んでくる。
「わっ……!」
楓は咄嗟に顔を腕でガードしたが、ボールはガードの上から腕に直撃する。ボールの軌道がコート外へ。
4組は弱点を変えてきた。侑子がダメなら楓。運動が得意でない二人を交互に狙えば、1組のレシーブ体勢は崩れる。現役バレー部の戦術眼は伊達ではなかった。
しかし誰もが諦めそうなボールを彼女は諦めなかった。百合は迷わずフォローに入る。ボールが地に落ちる前に走って、そのまま身体を倒してボールを拾い上げたのだ。これで二回ボールを投げたことになる。ただ不安定なまま上げてしまったので、ボールは場外へ飛んで行ってしまった。誰かが拾わなければ。
『げんきちー!!』
「うぉりゃあああああ!!」
その瞬間、会場のボルテージが最高潮に達した。
「いけるぞこれ!」
「落ち着け!1点取ってくぞー!」
4組は焦っていた。バレー部員三人が顔を見合わせ、小声で何か相談している。
次のサーブは百合を直接狙ってきた。バレー部の一人が渾身の力で打ったサーブが百合めがけて飛んでくる。
しかしそれを難なくレシーブする。腕にじんと痺れが走るが、表情は変えない。そのままトスを松澤へ。松澤はスパイクを打つが、4組のブロックに阻まれた。
「くそ、ブロック堅え!」
そこから4組が意地を見せ、11対10まで追いすがってきた。マッチポイント。会場の熱気が最高潮に達している。
4組のサーブはまたもや百合めがけて。しかし今度はコースが甘かった。余裕でレシーブし、トスを前衛の松澤へ。
松澤が跳んだ。しかし4組のブロックが三枚揃っている。
スパイクがブロックの壁に当たり、ボールが後方の真上に跳ねた。これで終わりだと思われたその時。
百合はすでに動いていた。誰よりも早く落下点に入り、ジャンプすると右腕を振り上げた。ボールを思い切り叩きつける。バックアタックだ。ボールは4組コートのど真ん中に叩き込まれた。
12対10。その瞬間、体育館が爆発したような歓声に包まれた。百合たちの優勝だ。
「百合いいいい!!」
「待て待て!大智ぃいい!」
1組の生徒たちがコートに雪崩れ込んできた。抱き合い、叫び、涙ぐむ者までいる。一方の4組は呆然と立ち尽くしていた。