基礎は間違いなく小中高の歴史授業(資料集)と、
今もあるのかな‥?小学校等の図書室や教室に、よく置いてある歴史の本です。(ハードカバーの)
小中では限界があった詳しい調査の方法も、高校に上がり、その方法は格段に増え、多岐に及びました。
しかし国内だけでは、やはり世界の歴史を調べるにあたり、不足や誤訳(解釈の差異)などの問題があり、
とうとう海外の資料にも手を出しました。
宗教的解釈や偏愛の無い、あちらから見たら第三者的立場である日本国内の資料を基に、
一般でも閲覧可能な、考古学の学術論文や、研究機関からの一次資料を拝読しました。
閲覧不可の資料については、その権限を持っている方に聞きます。
更に、ある程度ソースがはっきりしている、一般の方や、個人の研究者などの資料から、
宗教的・感情的な部分を取り除き、前者とすり合わせ、割合の高い部分を是とする‥という方法です。
国内の資料も、例えば分かりやすい所で言えば、学校の教科書や資料集は、
私の時代のものと、現在の時代のものと、年代や、解釈がかなりズレていました。
地図に至っては、黒海とアドリア海の間にある、セルビアやボスニア・ヘルツェゴビナ、
マケドニア等の国々の変化は、際立っています。
例えば、平成2年の地図では、これらの国々が、全てユーゴスラビアになっています。
何でそんなゴチャゴチャしてるんだ?と疑問に思い、掘り下げていくと又、興味深いものが沢山出てきます。
代表的なのが、コソボ紛争です↓
切欠は大変複雑なので割愛しますが、イメージ的には
西:イタリアが海の向こうから、それらの紛争を見て「大変だねぇ、困ったらウチおいで〜」と、呑気に呟いており、
北:ドイツが「移民が流れてきたら経済が・・・」と頭を抱えており、
東:ルーマニアとブルガリアが「いい加減横で喧嘩やめてくれないかな;」とブツっており、
南:ギリシャが「僕達、不景気過ぎるから‥こっちこないで‥」と、昼寝している。
外側:「いい加減にしないと空爆するぞ!」と言っていたのが英米です。
(*国連憲章違反。「でも人道的介入なので例外だし、国際法の目的と一致してんじゃねーか!」と煩い。
しかも人道的だからといって、武力の介入・行使は国際法的に認められてはいない)
それに対し
ロシアが「僕と同じ民族なんだから、暴力はやめてよね‥」とコルっており、
フランスも「そこまですることは・・・武力はダメだろ;」と冷や汗を流している感じです。
最終的にNATO監視の基、セルビア(ユーゴ)とアルバニアの間で”ひとまずの”和解が成立しました。
でも難民は大量に出ており、欧州各国で現在も生活していますし、
今でもコソボ周辺の人達のわだかまりは、いつ爆発してもおかしくない程です。
その他、余談ですが、同じく平成2年発行の地図帳では、
日本と隣国との間には、軽くちょんちょんと、破線で境界を示していましたが、
17年発行の地図帳には、しっかりと日本の国境線が、切れ目なく書かれています。
私は先ず、難しい文章や、単語の羅列を覚えるには、まず”イメージする事”が近道だと思っているので、
(上記のコソボ紛争のような)長年その手法でやってきました。
コレは、言語を覚える際にも使えます。
そんな中、このAPHが出てきて、「私が今までイメージしてきたのは、まさにこのまんまだ!」と、
年甲斐もなく、はしゃいだ始末ですw
最近では、ある程度深い部分までネットで簡単に調べられるので、確認の意味でも、洗い直し作業などをしています。
以上、これらは全て学校等ではなく、個人的な学習方法です。