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「ヤッホー タケルくん!」
休み時間に京さんがやってきた。
「○○ちゃんの様子、どう?」
「特に変わらず、です」
「そっか…もう、あれから1週間よね。こっちも光子郎先輩と一緒にいろいろ調べているんだけど、なかなかあのエリアの原因が掴めなくて」
○○ちゃんは相変わらず、笑顔で友だちと話している。僕の記憶が消える前と変わらない光景だけど、いつもなら、○○ちゃんを見つめる僕に気づいて、照れた様に笑ってくれるのに―
「そういえば、ヒカリちゃんから聞いたけど、太一さんと3人で帰ってるんだっけ?」
「はい、この前1回だけ」
「え、1回だけ?昨日は?」
「昨日、は…僕は日直の当番で帰るの遅かったんです、けど」
「あ、そっかー!いや、昨日ね、太一さんと○○ちゃんが一緒に帰っているのをチラっと見かけたから、タケルくんと別れた後なのかなーと思ったんだけど」
「そ、ですか…」
「…あ!いや!別に深い意味は無いと思うよ!太一さんも○○ちゃんのこと心配して、タケルくんの代わりに、ね!!!」
別に僕の代わりなんて必要無いのに。
「ほら、太一さんは面倒見のいいお兄ちゃんってかんじだから、○○ちゃんにタケルくんのこと思い出すきっかけでも話しているんじゃないかしら!ヒカリちゃんが、○○ちゃんと一緒に帰ってきた日の太一さんは上機嫌だって言ってたし、○○ちゃんの記憶が戻ってきているのかもしれないわ!!!」
「もしも記憶が戻ってきているなら、○○ちゃんは僕と2人で帰っているはずですよ」
「あ、そ、そう…よね」
京さんに当たるつもりはないけれど、今の話で心がモヤモヤと苦しくなった。何を考えて、太一さんは○○ちゃんといるのだろうか、疑ってしまう。
分かったことがあったら連絡する、と言って京さんは教室を出て行った。
何もすることのない手持ち無沙汰に、ノートをペラペラとめくる。すると、真っ白のページの片隅に落書きがされてあった。
「僕の紋章、に…好き?」
希望の紋章の絵の横に、ただ一言、「好き」と書いてあった。
「あ、これ…って」
「つまんないな〜」
『何気ない毎日が良いんだってば』
そんな会話をしていた、あの日。
○○ちゃんは僕のノートに何かを書いていた。それが、これだったんだ。
たまらなく嬉しくなって、思わず笑みがこぼれる。相変わらず○○ちゃんは僕のことを思い出してくれないし、こちらを見てもくれないけれど、昔から、本当に、本当に、愛しい存在だ。
その部分だけを綺麗に破りとり、手のひらでそっと握った。
「次は中等部高等部の全校集会だから、教室の戸締りしっかりしろよー」
山木先生の言葉に一斉にみんなが教室を出て体育館まで歩いていく。泉さんと教室を出ていく○○ちゃんを見て、僕も席を立ち上がった。
○○ちゃんは制服の上着を椅子にかけており、そのポケットに先ほどの紙をそっと忍ばせた。
「○○ちゃんが書いたんだよ…僕のために。大好きな、僕のために」
良いキッカケとなれば、嬉しい。
「おータケル、一緒に行こうぜー」
「うん。全校集会って何だろうね」
「どーせ及川校長のぐだぐだ話だろうよー」
「あはは、そうかもね」
そんなやり取りをしながら大輔くんと歩いていると、流れとは逆に進んでくる人がいた。
「あ、太一さん!」
「おう、大輔、タケル」
「…こんにちは」
「どうしたんすか?体育館行かないんすか?」
「あー…ちょっと用事」
「ふーん、サボっちゃダメっすよ!」
「はは、サボらねーよ。じゃあな」
手をふって去っていく太一さんの後ろを姿を見ていると、ポケットに手を入れた瞬間にカサっという紙の擦れる音がした。
「どうしたータケル」
「いや、…何でも、ない」
∞2016/01/06
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