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「わてらが知ってるウィザーモンとは別、でっしゃろな」


「そうですね…。ファントモン、そのウィザーモンの記憶とは?」


「そんなこと、どうでもいいじゃないですか…早く○○ちゃんの記憶を―」


「焦る気持ちは分かりますが、慎重にしなければ○○さんの記憶が本当に消えてしまうかもしれません」


口を噤んだ大輔くんは、僕の隣にそっと腰を下ろした。


「…その、ウィザーモンの記憶ってやつを…教えてくれ」


「………分かり、ました」


京くんも座り込んで、ファントモンの言葉に耳を傾けた。






ウィザーモンは僕の友達、です。
ずっと仲が良くて、キャンドモンの村で二人でデジコードを守っていました。

ある日、一人の人間がデジタルワールドに来て、ウィザーモンに言ったんです。

「あたしは、あなたのパートナーよ」

デジヴァイスというものを持っていて、これが証拠だと言っていました。

ウィザーモンはパートナーを待っていたわけでもなく、自分一人で成熟期まで成長していたから、ずっとその人間を無視していました。

でも、毎日僕たちの住処に来ては、人間の住む世界の話を一方的に聞かせてきました。
次第に僕たちは人間の住む世界に興味を持ち、その人間の話を熱心に聞くようになっていたんです。

僕は人間のパートナーがいないから、人間の世界には行けない。でもウィザーモンなら、行ける。僕は背中を押し、その人間と共に人間の世界を見てきてほしいと頼みました。

数日後、帰ってきたウィザーモンは興奮気味に人間の世界の素晴らしさを語りだしました。

僕は嬉しかった。大切な友達が、新しい世界を知り、素敵なパートナーに出会えたことが。

それから、ウィザーモンはすっかりパートナーに心を開いていました。その人間がこちらに来るたびに、近くで摘んできた花束を渡して、仲睦まじい様子を微笑ましく見ていました。

でも、次第にその人間はこちらには来なくなり、ウィザーモンが人間の世界に行くことが多くなっていきました。

ウィザーモンにキラキラとした人間の世界を見せて歩いたその人間は、住処から出ることがなくなったと。いつも布団というものに潜り込んで、食事もしない、虚ろな生活をしていると、聞きました。

言葉を交わすも、上手く通じない。記憶もすれ違う。その人間の中のウィザーモンは少しづつ消えていきました。

帰ってくる度にやつれていくウィザーモンに、もう人間の世界に行くのは辞めろと言っても、その人間を放ってはいられないと、また花束を持って、会いに行きました。

それから数日後、涙を流しながらウィザーモンが帰ってきました。

その人間は死んだ、と。

あんなに仲睦まじく過ごしていたのに、最後はウィザーモンの存在すら否定したというのです。伸ばした手は、あの人間の手を掴むことは出来ず、真っ逆さまに落ちていったと、ウィザーモンは話しました。


たぶん…ウィザーモンとあの人間は恋をしていたんだと思います。
ただ寄り添うだけで幸せを感じられる存在だったはず。なのに、「人間は嫌いだ」と日々呟くウィザーモンに心が痛くなりました。

「僕も君のこと…忘れちゃえばいいんだ」と言ったウィザーモンは、僕のマントであの人間との記憶を消してほしいと懇願してきました。
一時の感情であの人間との大切な記憶を消すなんて…と思いましたが、どうしても、抜け殻のように過ごすウィザーモンを見ていられなかったんです。

だから、僕はウィザーモンとあの人間との記憶を、マントの中に閉じ込めました。





「その女性って…病気、かしら」


「うつ病、記憶障害…いろいろ考えられますが、定かでは無いですね」


「でも…でも、それはお前の意志で消したんだろ?○○ちゃんの記憶は―」


「あなたたちが、言っていた…エリア。あれは、ウィザーモンの…、その、記憶が暴走して―」


悲しい記憶。負の記憶。だから、あのエリアは天気が荒れ、入ると体力が消耗されたのか。


「ずっと抑えていたんですが、溢れ出た記憶が、ああいうことになってしまって…」


「そうだったのね…」


「どうにかマントの中に戻して、被害を抑えようとしていたところ、あなたたちの…友達にマントが当たって。そ、その人の記憶とは―」


「ウィザーモンと同じ…大切な、大好きな、人との…記憶です」


「…その人が、本当に相手の方を思っていたからこそ…ウィザーモンの記憶と共鳴して消えてしまったのかも、しれません」


「やっぱり、○○ちゃん…タケルのことが、本当に―」


「好きで好きでたまらないからこそよ」


京さんは笑って言った。
確か、○○さんの恋の相談によく乗っていたんだっけ。


やっぱり、○○さんには…タケルくん。

タケルくんには、○○さんが必要なんだ。


僕たちが、いま、行動しなければ―


∞2016/08/07
ALICE+