30
「あー…いつだったっけ?そうだ…クラスマッチの日。あの日の夕方、ヤマトと空と3人で飯食いに行ったんだ。それで、ヤマトは用事があって、先に帰ったから、空と2人きりになって」
遠くで寄り添う2人を優しく見つめながら、話してくれた。
「切り出したんだ、空はヤマトのどこが好きなんだ…って。そしたらー」
「んー…そう言われてみれば、どこが好きなのかしらね?」
って、空はクスクス笑って。
俺はそんな曖昧に思って付き合うのか?って、ちょっとムカついたんだ。
そしたら、思わず口が開いた。
「俺は、ずっと空が好きだ」
自分でもビックリしたんだ。でも、伝えなくちゃって思った。
空もビックリしていたが、すぐに…優しく笑った。
「ありがとう…太一。でも、あたしはヤマトが好きなの。どこが、とか…正確には分からないけど、大好きなのよ」
改めて空の口からヤマトを好きだという言葉を聞いて、本当に苦しかった。こんなに、好きなのに…って。
「ごめんなさい」
「っ…俺も、ごめん」
分かっていながら
分かっていたのに
「昔はね…あたし、太一のこと好きだったのよ?」
「え、」
「え、って…気づいてなかったの?」
「あ、あぁ…」
「ふふ、やっぱり太一ね」
昔から変わらない笑顔で
「あの日の冒険で太一が凄く好きになったの。誰よりも頼りがいがあって、面倒見が良くて…無茶をするときもあったけど、困っている人を放っておけない太一が大好きだった」
「それに、春休みのこと…覚えてる?」
「ディアボロモンの―」
「そう。あたしは自分が悩んでいるときに、あんな大変なことが起きてるなんて知らなかった」
「はは、そうだった…ケンカしてたしな」
「太一がくれたヘアピン…今でも大切に持ってるわ」
誕生日にプレゼントしたヘアピン。俺なりに一生懸命選んで渡したのに、ケンカの原因になったっけ。
「太一がヘアピンをくれたときね…嬉しかったんだけど、その頃お気に入りの帽子があったじゃない?それに、何か…もうちょっと女らしくしろよ、って言われてるみたいで嫌だったの」
「そ…だったのか」
「ふふ、子どもでしょ? でもね、ずっと考えてたの…太一があたしのことを思って、買ってくれたプレゼントだって―大好きな人からのプレゼント…そう思ったら、本当に嬉しかった」
「っ、」
「太一…泣かないでよ、あたしまで泣きそうになっちゃう」
「ごめ、っ」
「好きだったわ…太一のことーでも、中学生になってから、少しづつ変わったの。気づいたら、ヤマトのことを思ってた…太一のことが好きだったのに、ヤマトのことも好きってなってて…自分でも、自分の気持ちが分からなかったの」
涙目になる空を見て、たまらなく心が苦しくなった。
「だから、あの日…クリスマスの日に賭けたの」
「賭け、た?」
「そう。ずっと好きだった太一は、あたしのこと…どう思ってるのか、って。ヤマトに告白するとき、太一が引き留めてくれたら、これからも太一を…一途に思い続けよう。引き留めてくれなかったら、太一はあたしを好きじゃない。なら、迷わずヤマトに心を向けられる。」
あの日、俺は空に頑張れと言って背中を押して…見送った。
「自分勝手で、本当に…ごめんなさい」
あの日、引き留めていたら。
それはずっと思っていた。あの日、ヤマトの元へと向かう空を…引き留めていたら―空は俺の隣にいたはずなのに。
引き留める勇気が無かったんだ。好きな人の幸せなら、願うべきだって…思ってた。
でも、泣いても、喚いても、引き留めるべきだったのに…何度も何度も繰り返し後悔しても、無理なんだ。
「あたしは、ヤマトが好きで…ヤマトと一緒に居られて、幸せよ」
涙が止まらなかった。
あの日、あの時間に戻りたい。
願っても、願っても、戻れない。
大好きな人は…もう手が届かない。
「ちゃんと…区切りを着けましょう。太一、あたしを好きでいてくれて…ありがとう」
その言葉で、完全に終わった。
「ま、こんな感じ…だな」
ツラそうな顔をして笑う八神くんを見て、心がズキズキと音を立てた。
八神くんは叶わない恋に区切りをつけたんだ。ちゃんと、気持ちを伝えて…武之内さんもそれに応えた。
2人の「あの日の冒険」というのは、何があったのだろう。
分からないし…たぶん聞くことも出来ないと思う。
八神くんの思いはずっと、その冒険の前からあったのかもしれない。
何年も一緒にいて、叶わない恋でも…好きな人が幸せに笑っているのを見守っていた。
そんな、素敵な人を…八神くんを、私は好きになったんだ。
『八神くん』
「ん?」
『………やっぱり、何でもない』
「?」
「お、あれ流れ星じゃないか?」
「え、どこどこ?」
「まただ!」
「もーヤマトだけ ズルい」
「ほら…俺の指先見てろ、俺と同じところが見えるだろ?そしたら一緒に流れ星見えるから」
少し離れたところで仲良く寄りそうヤマトくんと、…空さん。
その2人を優しく見つめる八神くん。
こんな素敵な人を好きになったんだ。上手く言えないけれど、嬉しいという気持ち。
こんな話を聞いてしまったら、もう私の気持ちは伝えられない。
私の思いは、八神くんのそれには敵わない。
たとえ、終わっていたとしても。
だから、私も叶わない恋。そんな恋でもちゃんと意味があったの。
たくさんの思いが言葉に出来ないから涙が出そうになった。
「あ、な、流れ星!◇◇!流れ星!」
涙を拭って、目をこらす。
夜空を指差しながら、無邪気な声で ―
「大丈夫、また見える、お、あれ!じゃないや…どこだー流れ星!願い事言いまくってやる!!!な、◇◇!!!大丈夫、また見つかるって!!!」
「ん〜〜〜!!!楽しかった〜〜〜!!!」
「合宿あっという間だったわね」
「ああ!ルキ!重い荷物は僕が持つから!!!」
「…あり、がとう。タカト」
「へへへ、僕は男の子だからね!もっと頼って!!」
「……何か、あの2人いつもと雰囲気違わない?」
「んー、まあ、言われてみれば?」
「○○ちゃん何か知ってる?」
『えぇーと…る、留姫から直接聞いて…みたら?うん、その方が良いと思う』
「えええ!!!何それ意味深!ミミ ちょー気になる!!!行ってくる!!!」
ダッシュで留姫の元へかけていくミミちゃんを、泉ちゃんと眺めながら笑いあう。
「あ、○○ちゃんの携帯光ってるわよ」
ポケットで光る携帯を取り出すと、1通のメール。輝二くんからだ。
「先輩、いつココア奢ってくれるの。忘れんなよ。」
そうだ、ココア…元気をくれる、ココア。
「メール?」
『うん、元気をくれる…後輩から』
「太一は初日に比べるとゲッソリしたわね」
「確かに、ヒカリちゃんに笑われるな」
「うるさいなー、勉強頑張ったんだから誉めろよなー」
「はいはい、太一 えらいわねーいい子いい子ー」
「よーくやった、お前は天才だ、いい子いい子ー」
「………お前ら バカにしてるだろ」
「「 もっちろん! 」」
「あの3人相変わらず仲良いわねー。…○○ちゃん、告白しないで良かったの?」
『うん。もういいの』
「もう、いい?」
『…うん』
荷物を持ってコテージを出る時に、八神くんとすれ違った。
やっぱり、あの時と同じ、夏の香りがした。
好きな人が幸せなら、それで良い。
告白できなくても、相手が幸せであるなら、それで良い。
そう思えたのは、好きになった人が―八神くんだったから。
素敵な片思いだった。
この伝えられなかった思いが、―私だけの秘密。
∞15/03/14
ALICE+