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「あー…いつだったっけ?そうだ…クラスマッチの日。あの日の夕方、ヤマトと空と3人で飯食いに行ったんだ。それで、ヤマトは用事があって、先に帰ったから、空と2人きりになって」


遠くで寄り添う2人を優しく見つめながら、話してくれた。


「切り出したんだ、空はヤマトのどこが好きなんだ…って。そしたらー」







「んー…そう言われてみれば、どこが好きなのかしらね?」


って、空はクスクス笑って。

俺はそんな曖昧に思って付き合うのか?って、ちょっとムカついたんだ。


そしたら、思わず口が開いた。


「俺は、ずっと空が好きだ」


自分でもビックリしたんだ。でも、伝えなくちゃって思った。

空もビックリしていたが、すぐに…優しく笑った。


「ありがとう…太一。でも、あたしはヤマトが好きなの。どこが、とか…正確には分からないけど、大好きなのよ」


改めて空の口からヤマトを好きだという言葉を聞いて、本当に苦しかった。こんなに、好きなのに…って。


「ごめんなさい」


「っ…俺も、ごめん」


分かっていながら


分かっていたのに


「昔はね…あたし、太一のこと好きだったのよ?」


「え、」


「え、って…気づいてなかったの?」


「あ、あぁ…」


「ふふ、やっぱり太一ね」


昔から変わらない笑顔で


「あの日の冒険で太一が凄く好きになったの。誰よりも頼りがいがあって、面倒見が良くて…無茶をするときもあったけど、困っている人を放っておけない太一が大好きだった」


「それに、春休みのこと…覚えてる?」


「ディアボロモンの―」


「そう。あたしは自分が悩んでいるときに、あんな大変なことが起きてるなんて知らなかった」


「はは、そうだった…ケンカしてたしな」


「太一がくれたヘアピン…今でも大切に持ってるわ」


誕生日にプレゼントしたヘアピン。俺なりに一生懸命選んで渡したのに、ケンカの原因になったっけ。


「太一がヘアピンをくれたときね…嬉しかったんだけど、その頃お気に入りの帽子があったじゃない?それに、何か…もうちょっと女らしくしろよ、って言われてるみたいで嫌だったの」


「そ…だったのか」


「ふふ、子どもでしょ? でもね、ずっと考えてたの…太一があたしのことを思って、買ってくれたプレゼントだって―大好きな人からのプレゼント…そう思ったら、本当に嬉しかった」


「っ、」


「太一…泣かないでよ、あたしまで泣きそうになっちゃう」


「ごめ、っ」


「好きだったわ…太一のことーでも、中学生になってから、少しづつ変わったの。気づいたら、ヤマトのことを思ってた…太一のことが好きだったのに、ヤマトのことも好きってなってて…自分でも、自分の気持ちが分からなかったの」


涙目になる空を見て、たまらなく心が苦しくなった。



「だから、あの日…クリスマスの日に賭けたの」


「賭け、た?」


「そう。ずっと好きだった太一は、あたしのこと…どう思ってるのか、って。ヤマトに告白するとき、太一が引き留めてくれたら、これからも太一を…一途に思い続けよう。引き留めてくれなかったら、太一はあたしを好きじゃない。なら、迷わずヤマトに心を向けられる。」


あの日、俺は空に頑張れと言って背中を押して…見送った。


「自分勝手で、本当に…ごめんなさい」


あの日、引き留めていたら。

それはずっと思っていた。あの日、ヤマトの元へと向かう空を…引き留めていたら―空は俺の隣にいたはずなのに。

引き留める勇気が無かったんだ。好きな人の幸せなら、願うべきだって…思ってた。

でも、泣いても、喚いても、引き留めるべきだったのに…何度も何度も繰り返し後悔しても、無理なんだ。


「あたしは、ヤマトが好きで…ヤマトと一緒に居られて、幸せよ」


涙が止まらなかった。

あの日、あの時間に戻りたい。
願っても、願っても、戻れない。

大好きな人は…もう手が届かない。


「ちゃんと…区切りを着けましょう。太一、あたしを好きでいてくれて…ありがとう」


その言葉で、完全に終わった。







「ま、こんな感じ…だな」


ツラそうな顔をして笑う八神くんを見て、心がズキズキと音を立てた。

八神くんは叶わない恋に区切りをつけたんだ。ちゃんと、気持ちを伝えて…武之内さんもそれに応えた。

2人の「あの日の冒険」というのは、何があったのだろう。
分からないし…たぶん聞くことも出来ないと思う。

八神くんの思いはずっと、その冒険の前からあったのかもしれない。
何年も一緒にいて、叶わない恋でも…好きな人が幸せに笑っているのを見守っていた。


そんな、素敵な人を…八神くんを、私は好きになったんだ。


『八神くん』


「ん?」





『………やっぱり、何でもない』


「?」





「お、あれ流れ星じゃないか?」


「え、どこどこ?」


「まただ!」


「もーヤマトだけ ズルい」


「ほら…俺の指先見てろ、俺と同じところが見えるだろ?そしたら一緒に流れ星見えるから」


少し離れたところで仲良く寄りそうヤマトくんと、…空さん。

その2人を優しく見つめる八神くん。

こんな素敵な人を好きになったんだ。上手く言えないけれど、嬉しいという気持ち。


こんな話を聞いてしまったら、もう私の気持ちは伝えられない。
私の思いは、八神くんのそれには敵わない。


たとえ、終わっていたとしても。


だから、私も叶わない恋。そんな恋でもちゃんと意味があったの。


たくさんの思いが言葉に出来ないから涙が出そうになった。


「あ、な、流れ星!◇◇!流れ星!」


涙を拭って、目をこらす。

夜空を指差しながら、無邪気な声で ―


「大丈夫、また見える、お、あれ!じゃないや…どこだー流れ星!願い事言いまくってやる!!!な、◇◇!!!大丈夫、また見つかるって!!!」









「ん〜〜〜!!!楽しかった〜〜〜!!!」


「合宿あっという間だったわね」



「ああ!ルキ!重い荷物は僕が持つから!!!」


「…あり、がとう。タカト」


「へへへ、僕は男の子だからね!もっと頼って!!」



「……何か、あの2人いつもと雰囲気違わない?」


「んー、まあ、言われてみれば?」


「○○ちゃん何か知ってる?」


『えぇーと…る、留姫から直接聞いて…みたら?うん、その方が良いと思う』


「えええ!!!何それ意味深!ミミ ちょー気になる!!!行ってくる!!!」


ダッシュで留姫の元へかけていくミミちゃんを、泉ちゃんと眺めながら笑いあう。


「あ、○○ちゃんの携帯光ってるわよ」


ポケットで光る携帯を取り出すと、1通のメール。輝二くんからだ。

「先輩、いつココア奢ってくれるの。忘れんなよ。」

そうだ、ココア…元気をくれる、ココア。


「メール?」


『うん、元気をくれる…後輩から』





「太一は初日に比べるとゲッソリしたわね」


「確かに、ヒカリちゃんに笑われるな」


「うるさいなー、勉強頑張ったんだから誉めろよなー」


「はいはい、太一 えらいわねーいい子いい子ー」


「よーくやった、お前は天才だ、いい子いい子ー」


「………お前ら バカにしてるだろ」


「「 もっちろん! 」」




「あの3人相変わらず仲良いわねー。…○○ちゃん、告白しないで良かったの?」


『うん。もういいの』


「もう、いい?」


『…うん』


荷物を持ってコテージを出る時に、八神くんとすれ違った。


やっぱり、あの時と同じ、夏の香りがした。


好きな人が幸せなら、それで良い。

告白できなくても、相手が幸せであるなら、それで良い。

そう思えたのは、好きになった人が―八神くんだったから。



素敵な片思いだった。



この伝えられなかった思いが、―私だけの秘密。



∞15/03/14
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