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「ねぇ、ウィザーモン」
「なに?」
「好きよ」
「僕も好きだよ」
「人間とデジモンの恋って、素敵じゃない?」
「人間とデジモンの恋は難しいよ」
「それでも、ずっと一緒にいたいな」
「ずっと…?」
「そう思わない?」
「そうだね、僕も君とずっと一緒にいたい」
『………んぁ?』
目が覚めて、ボーッとする頭のなかに先ほどまで見ていた夢がただよう。
夢の中でウィザーモンという聞きなれた名前が聞こえた。でも、私たちを助けてくれたウィザーモンはもういない、から…別のウィザーモンってことかな。
『あー…何か、まだ頭が痛い気がする』
謎のエリアに足を踏み入れてから、頭が痛い気がする。軽い頭痛だからか、それほど気にはならないが、不思議な感覚がする。
『太一さんたちがくるのが、お昼すぎ…部屋の掃除でもしよう』
昨日の夜にメールが来て、家まで会いにくると聞いてビックリした。でも太一さんだけではないようで、少し…安心した。
起き上がって服を着替えている最中にもう夢のことは忘れていた。
「○○〜お友達来たわよ〜。お母さん出掛けてくるから、ちゃんとお茶菓子出しなさいよ〜」
『はーい!!!』
僕たちは揃って○○ちゃんの家に来た。入れ違いになる○○ちゃんのお母さんに挨拶をしたさいに、昨日の夕方から何か○○ちゃんに変わった様子はなかったか聞いたら「いつも通りだったけど?」と。
「○○ちゃ〜ん!!!大丈夫?!!」
『ミミさん、いつも通り大丈夫ですけど?みんな揃って…どうしたんですか?』
僕と太一さん、空さん、ミミさん、伊織くんが集まった。
○○ちゃんはこのメンバーに何故僕がいるのか不思議に思ったようで、キョトンとした顔で僕を見た。
「昨日○○ちゃんが体調悪かったから、みんなでお見舞いに来たのよ」
『ありがとうございます…でも、身体ピンピンしてますよ?』
「頭は痛くない?」
『んー朝起きたときは、ちょっと痛かったですけど、今は全然!むしろスッキリ!』
「そう…」
○○ちゃんの家に上がり、部屋まで通される。長い付き合いでも、家に入ることは初めてだった。
「なあ、○○。アルバムとかあるか?」
『ありますよ。思い出は大切に残してますから』
本棚から取り出してきた大きなアルバム写真。
「○○さん、家からおはぎを持ってきました」
『わー!伊織ありがとー、お皿に入れ替えてもってくるね』
部屋を出ていく○○ちゃんを見送って、みんなでアルバムを開いた。
「わー懐かしい!キャンプの日の写真もあったんだ〜」
「○○ちゃん写真撮るの好きだからね」
「これがあの日の冒険の最後に撮った写真だよな?」
「これタケルさんも写っていますし…見れば思い出すのでは?」
まだ小学2年生の僕たち。あどけない。パタモンが進化出来なくて悩んでいたとき、エンジェモンがデジタマに還ってしまったとき、兄さんから自立したいと思ったときも…常に側にいて励ましてくれたのは○○ちゃんだった。
思い出は消えても、事実は消えない。確かに、僕たちはあの日、記憶から一生消えることのない冒険をした。その中に僕も○○ちゃんもいた。一緒に歩いて、走って、戦った。
『おはぎには緑茶ですよね』
「○○ちゃんありがと〜伊織くん、いただくね」
「はい、どうぞ」
「…ん〜美味しい〜やっぱりあんこって良いわ〜これに納豆もあれば最高ね!!!」
『ミミさん…おはぎ食べているときは、おはぎの話だけしましょう』
変わらないよ、いつもと。こんなやりとりはずっとしている。
「なあ、○○。」
『何ですか?』
「この写真、覚えているか?」
太一さんはアルバムから外した写真を○○ちゃんに渡す。
『はい、冒険の最後に始まりの町で―って…えぇ?!何これ虫食い?!!』
「?」
何の変哲もない写真。大事にアルバムに挟まれていて、色あせもしていない。その写真を触ったり、光に透かして見たり、僕たちはその写真が○○ちゃんにどう見えているのか分からない。
「○○さん、どうしたんですか?」
『え、どうしたのって…ここ真っ黒じゃない』
指さしたのは、僕の姿だった。
「○○さん、ここが黒くなっているんですか?」
『どう見たって、真っ黒…だけど?』
太一さんたちは顔を見合わせた。
僕はうつむいて、落ち着くために深呼吸をするしかなかった。
事実は残っても、やっぱり思い出は塗りつぶされていた。何て都合の良い―僕だけ記憶の中で真っ黒な存在なんだ。そりゃあ暗闇の中で真っ黒の衣装を纏っているような人物は認識できない。
○○ちゃんはアルバムに残る僕の姿は全く認識出来なかった。誰も僕がそこにいる、ということは言わなかった。それは僕がツラくなることだから。
「…○○ちゃん、たぶんこれは一時的にくすんで見えないだけよ。いつか戻るから、ちゃんとアルバムの中に締まっておいて」
『んー…はい』
不思議そうに写真を見ながらアルバムに戻す。
やっぱりダメだった。僕の存在は○○ちゃんの中から消えた。
「どうします…?」
「どうするって…○○がタケルのこと思い出すまで待つしかないってことだな」
「光子郎くんたちが調査してくれているんですよね?」
「ええ。でも、原因が分かるまではやっぱり時間が…」
空さんが僕に気づかって言葉を濁す。僕は下を向いたまま、深呼吸とまばたきだけをする。
『タケルくん、具合でも悪いの?』
「え、あ…いや」
○○ちゃんに声を掛けられて、ようやく顔を上げた。目の前で心配そうな表情の○○ちゃんがいて、いままで何度も見てきたのに、初めて見るような感覚だった。
∞2015/09/19
ALICE+