事実は小説より

 ベッドに寝転んで小説のページをめくる。
 恋愛系の小説はあまり読まないのだが、実家が本屋さんである宇佐美ちゃんのおすすめなだけあってなかなか面白い。
 いよいよ物語も佳境に差し掛かり、自然と読み進めていくペースが上がる。友達以上恋人未満な二人がどうなるか、といったところで廊下の方からごとごと、と大きな音がして顔を上げた。
 何事だろうか。まさか不審者じゃないだろうし。本にしおりを挟み、そっとドアに近づく。

「……うわあ、大丈夫だった?」
「あ、苗字?」

 恐る恐る顔を覗かせると、廊下にはごろごろ散乱している段ボール箱、そしてすぐ側にこれまた大量の段ボール箱を抱えた迅がいた。箱には迅の好きなお菓子のロゴが描かれている。
 俺は散らばった段ボール箱を重ね、よいしょ、と持ち上げる。一つ一つは軽いが、量が量なためぐらついて持ちにくい。よくここまで一人で運べたものだ。

「今回も結構買い込んだね……手伝うよ」
「助かる。お礼に一箱持ってく?」
「ひ、一箱はいいかな」

 きらりと目を光らせる迅に苦笑し、並んで廊下を進んでいく。迅はぼんち揚げ仲間を増やすべく隙あらば薦めてくるのだ。
 毎度大量に購入するため、迅の部屋は卸業者の倉庫のようである。
 初めは食生活が心配だったが、ご飯の時は皆と食卓を囲み、三食きちんと食べているので栄養的な問題は無いようだ。それよりも、箱単位で常備する程ぼんち揚げを消費しているにも関わらず、迅はすらりとした体型を維持している。摂取したカロリーがどこへ消えていくのかが最近の疑問だ。

 ようやく部屋に辿り着き、後に続いて薄暗い部屋に足を踏み入れると、以前購入したであろう段ボールの山が目に入った。地震がきたら大変だろうな。
 果たして賞味期限までに食べ切れるのだろうか——というか、全て食べ切れたら食べ切れたで身体が心配になる。

「こっちまでよろしく」
「分かった」

 こっち、と言われた方へ視線を向けると、ベッド奥のスペースにすでに堆く積まれた段ボールが見えた。枕元にあんなに大量にあったら夢に出てきそうだ。
 
「あ、そこら辺床に荷物あるから気を付け——」
「うわっ!?」
「おっと!?」

 あと少し早く言って欲しかった……!
 抱えた箱で足元が見えず、部屋の薄暗さも相まって何かにつまずいてしまった。
 先に箱を下ろし両手の空いた迅が咄嗟に俺の支えるが、勢いのまま二人とも倒れ込んだ。

 崩れ落ちる段ボールの音を聞きながら、くるであろう衝撃にぎゅっと目を閉じるも、全く痛みはやって来ない。
 おそるおそる目を開ければ、視界いっぱいに迅の顔が飛び込んだ。互いの吐息が交わりそうなほどの距離で目をぱちりと見開き、俺を見下ろしたまま固まっている。
 ……迅を巻き込んでベッドに倒れたのか、と冷静になった頭で考える。とりあえず二人とも怪我が無くて良かったと安堵するが、迅に動く気配がない。

「……えっと、迅?」

 先に迅が移動してくれないと俺も身動きが取れないのだ。
 俺の言葉が届いているのかいないのか。迅の空色の瞳には訝しげな顔の俺が映っているが、視線が合っていない。まるで未来を視ている時のようだ。

「名前」
「え……?」

 壊れたパソコンよろしくフリーズした迅にどうしたものかと考えていると、焦点の合わない視線のままぽつりと俺の名前を呟いた。

 つい先程まで読んでいた小説に、同じような場面があったな、と思い出してしまった。……その後、登場人物の二人はどうなるんだっけ。
 多分、いや絶対に今思い出すべきではない。けれど、物語のシーンが映像となって勝手に頭の中でぐるぐると流れていくのだ。
 確か、互いに名前を呼び合って、そして——。

「迅?何かすごい音がしたけど大丈——」

 動けないので視線だけで追えば、ドアの影からひょこりと顔だけ覗かせる小南ちゃんが見えた。
 そうだ、両手が塞がっていたからドアを開けたままだった。そんなことをぼーっと考えていると、魚みたいに口をはくはくさせた小南ちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。

「な、ちょっ……」

 ……このままだと盛大な誤解が生まれてしまうのでは?
 まずい、と思った俺が口を開くよりも早く、小南ちゃんは奇声を発しながらバタバタと去って行ってしまった。

「じ、迅!」
「……は」

 ようやく復活した迅は勢い良く立ちあがったかと思うと、両腕で顔をがばりと覆い隠した。
 俺も上体を起こし、ベッドに腰掛けて迅を見上げる。小南ちゃんに負けないくらい耳が赤く染まっている迅に、俺も自然とじわじわと顔に熱が集まっていく。

「……ごめん、苗字。ほんとごめん」
「え、うん。俺は大丈夫だけど……」

 先に躓いたのは俺である。迅は悪くない。
 迅が小さい声で何に謝っているのかよく分からないまま、俺は返事をした。

「……とりあえず、小南ちゃんの誤解を解きに行こうか」
「……うん」

 その後、数日を要してなんとか小南ちゃんの誤解を解く事に成功した。

 ——が、しばらくの間迅と顔を合わせるのが気まずく、小説の続きは何となく読み進められないまま宇佐美ちゃんにお返ししたのであった。



あとがき&お礼(クリックで表示)

リクエスト、コメントありがとうございました!
ご希望通りの内容になっていますでしょうか…?
普段飄々としたキャラの余裕の無い一面っていいですよね

メッセージも嬉しかったです…!!
不定期更新のサイトですが、これからもよろしくお願いします