あなたはわたしの

 トントン、と軽やかなリズムを刻む包丁を眺めるのが好きだ。

 休むことなく動く刃先から、規則正しく、細かに刻まれた食材がはらはら落ちていく様子を見ていると、幼い頃母親と並んだキッチンの風景を思い出してほっとした気持ちになれる。

「だからかな、木崎さんとかとりまるくんとか、料理が上手な人が作業してるとつい見入っちゃうんだよね」

 とある休日の午後。今日の食事当番であるとりまるくんの隣に並び、食材を洗いながらふと思ったことを口に出す。
 とりまるくんは作業の手を止める事なく、けれど俺の話はちゃんと聞いてくれていたようで、少し考えてからこくりと頷いた。

「何となく、分かる気がします」
「ほんと?共感されるとは思わなかったからちょっと嬉しい……あ、鍋のお湯沸いたよ。こっちの野菜茹でていい?」
「お願いします」

 共同生活をしているからなのか、玉狛には料理が上手な人が多い気がする。こっちへ来てすぐの時はこんなに料理が出来る同年代がいるのか、と衝撃を受けたものだ。

 野菜を鍋に投入してタイマーをセットする。次は何をすれば良いだろうか。
 俺がどうしようかと考えている間に、とりまるくんはてきぱきと次の準備に取り掛かっていた。飲食店でバイトをしているからだろう、手際の良さは流石である。
 気が付けばシンクに使用済みの調理器具が溜まっていた。うろちょろしても邪魔になりそうなので、残りの調理をとりまるくんに任せ、俺は片付けに専念する事にしよう。

 片付けもひと段落し、とりまるくんの方を見れば、お皿にサラダを盛り付けている所だった。調理台の上には本格的な料理が所狭しと並んでいる。

「す、凄い……。どれも美味しそう」
「ありがとうございます。そうだ、そっちの袋取ってもらえますか?」
「えっと、これかな?」

 端に置いてあった袋をとりまるくんに手渡す。そこそこ重めの袋の中から、眩しい橙色がごろごろと出て来た。

「オレンジ?」
「はい。バイト先で残ったものを貰いました。切って冷やしておきましょう」

 果物ナイフの刃を入れた途端、柑橘特有の爽やかな香りがぱっと弾けた。

「何だかかっこいいね」
「……どうしたんですか、突然」

 とりまるくんは手を止め、ぱちぱちと瞬きをしながら俺の方を見ている。いつものクールな表情とは違う、少し驚いたような顔が珍しい。

「え、いや、急にごめん。なんか、手際よく切ってる姿が様になってるっていうか……。とりまるくんって優しいし、色んな事に気が付くし、料理も得意だし、絶対モテるでしょ」

 聞いた話では本部にとりまるくんのファンクラブがあるとか無いとか。
 しばらくお互いに顔を見合わせていたが、先に沈黙を破ったのはとりまるくんだった。ふ、と短く息を吐き、再び手を動かし始める。

「今笑った……?」
「気のせいですよ。名前さんだって周りをよく見て気遣いができるし、努力家だし、料理も段々上達してるじゃないですか」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいな」
「本当のことですよ」
「その言葉は嬉しいけど、モテた記憶が無いよ」
「そうなんですか?」

 さも意外だという口調で問い返されるが、実際モテないものはモテないのだ。
 
「思ったよりも量があったね」
「そうですね……どうぞ」
「え?くれるの?」

 大きめのお皿には結構な量のオレンジが並んでいる。
 とりまるくんは最後の一つを半分に切ると、片割れとスプーンを俺に差し出した。

「あと一個を持ち帰るのも面倒なので。皆が集まるまで食べて待ってましょう」
「ありがとう」

 スプーンで掬い口に含めば、口一杯に甘酸っぱさが広がった。



あとがき&お礼(クリックで表示)

リクエスト、コメントありがとうございました!
読み終わったら、ぜひ『スペイン オレンジ ことわざ』で検索して頂きたいです
とりまるくんが意味を知っていたかどうかはご想像にお任せします

コメントもめちゃくちゃ元気が出ました!!笑
これからも頑張って更新していきたいと思います