「やぁマスター」
「ここどこ」
シミュレーターを終え、マイルームの寝台でうたた寝をしてしまったようだ。
蒼猫は目の前のいやに顔の整った男を目の前にして、ここが夢の中だと悟る。
「おやすみ」
花の魔術師、アーサー王に仕えた魔術師、世界有数のキングメーカー、ブリテンの守護者、アンブロシウス・メルリヌス、夢魔と人間の混血、 語り部サーヴァント、グランドクソ野郎、最高峰のろくでなし、等々数多の呼び名を持つ男、つまりマーリンが微笑んでいた。
カルデアでなるべく出会わないようにしていたが、まさか夢の中に来られるとは。
「ひどいな、ガラスのハートが粉々になってしまうぞぅ?」
「心にもないことを…」
上体を起こして辺りを見渡すが、一面花が咲き乱れているばかりでマーリンと蒼猫しかいない世界が広がっている。
「マスター君、私への態度が素っ気なくないかい?」
「自分の胸に手を当てて見ると良いよ」
「ふむ…余程堪えたと見えるね」
神妙そうな面持ちで顎に手を当てている姿は絵になるが、黙っていればの話で。
「用が無いなら出ていってね」
「キミは、いつも笑顔で優しいマスターだって聞いたよ」
しゃがみ込んだマーリンがそっと蒼猫の頬を撫でる。
「それで?」
「私の前じゃ顔をしかめてばかりだ」
「嫌ならもう少し処世術を身に着けて出直して」
好きにさせていた手を払いのけて、もう一度花の上に寝転んでマーリンに背を向け目を閉じた。
そもそも事の発端は初めてマーリンを召喚したときのことだ。
『ずっと遠くから、キミを視ていたよ』
『現在を視る千里眼を持っているんだよね』
『そうとも。キミが彼と出会い、彼がキミを庇って死ぬそのときもね』
『………そう』
触れられたくもない、そして自分が話さなければ誰も知らない過去の出来事をつらつらと並べるその姿に一度目は曖昧に誤魔化した。
もうその話題を出してこなければ、ここまでマーリンに嫌悪感を露わにする必要はなかったわけで。
だが、グランドクソ野郎と皮肉めいた名前で呼ばれるだけのことはある。言っておくけれど最高の褒め言葉だと思っている。
そして二度目。これは人理修復における重要な選択をした後でのこと。
『何か言いたげだね、マーリン。あの選択肢に不満でも?』
『ないよ、キミが選んだ道だ。ただね、』
『ただ?』
『彼もきっと同じ道を選んだだろうね』
『………』
『おや、苦い顔だねぇ。彼はそんな顔、しないんじゃないかな?』
『どういう立場で言ってるの、それ』
『言っただろう?ずっと視ていた、ってね』
『あっそ』
『ふふ』
『なに』
『召喚されて初めて対面したキミは、彼にそっくりだと思ったんだ。だけどね、それは私の勘違いだった。キミは今でも捨てたと思っているキミのままさ』
『…これ以上その話をするのは辞めて。もう忘れたいんだよ』
矢継ぎ早にそんな言葉を投げ付けて、足早にその場を去ったのは記憶に新しい。
そして今。人の夢の中にやってきて、背を向けて寝たフリを決め込んでいる蒼猫の傍らに楽しそうに座っている模様。
フォウくんがいたならばマーリンシスベシフォーウ!!を盛大にお願いしたいところであったが悔しいかな、ここは夢の中である。
「リヒト君」
「そ、の名前はだ「リヒト」
文句を言おうと仰向けになった蒼猫もといリヒトと、肘をついてぶらりと足を時々動かしているマーリンの目が合う。
同じに見えて少しばかり異なる紫。過去を捨てた色濃い紫と現在を視る、透き通る瞳。
「キミは何故私を霊基保管室へやるなり、霊基変換するなりしないんだい?」
「人理修復において役に立っているマーリンを消す必要はないよ」
「本当にそれだけなのかい?」
「どういう意味」
「私はリヒト、キミにとってただそれなりに役に立つだけの魔術師なのか?」
珍しく真剣味を帯びた顔が先ほどよりずっと近くにあって、リヒトはその端正な顔立ちを見つめるほかなかった。
「あのね、埋めてある地雷をご丁寧にひとつひとつ踏んで歩いてる男が何を言ってるんだか…」
「私が踏まなければ誰が踏むんだい、その地雷は」
誰にも踏んでほしくなんかなかった、そう思って口を開きかけてからよぎるのはカルデアでの自分の行動で。
まるでサーヴァントのように真名を明かさず、過去を問われれば誤魔化して、性格も容姿さえも本当の自分ですらない日々。
魔法使いとして生きていたのを否定されるかのように、元あった魔術回路が貧弱なものになって魔法を思うように使えなくなってしまったことも。
今でもカードはお守りのように自分のポケットに入っていて、時折一人で夜に眺めていることも。
肩にフォウ君が乗るとなんだかその重みに安心してしまうことも。
目の前の男は全てわかっているのだろう。
「嫌われ役に回っていたって言いたいの?」
「いいや、嫌われないと思っていたとも!」
いつの間にやらリヒトの長い髪を一房手に取りくるくると弄んでいたマーリンは、得意げに胸を張って見せる。
「どこからくるの?その自信は…」
「なんて言ったって僕はキミのことが大好きだからね」
そう言ってウインクして見せる姿はなんとも軽薄でマーリンらしくて。
「あはは、ロクデナシって書いてマーリンってかんじがする」
心の底から笑ったリヒトを見てマーリンは驚いたように目を見張り、その後嬉しそうに微笑んでに手にしている髪にそっとキスをした。
まるで映画のワンシーンのような美しい光景にリヒトもぱちぱちと数度瞬きをして、後からやってきた羞恥心に少しばかり耳を赤くする。
「んん〜?これは脈アリと見たが…どうしたものかな?」
「ないない!絶対ない」
「どうかな?」
薄紅色の花の中でマスターの深い色の髪と、花の魔術師の淡い色の髪だけが世界を染め上げる。
花びらの舞う夢の中でだけは、本当の自分と向き合って。全部魔術師のせいにしてしまえばいい。