幸村くんは私に「好き」と言ってくれない

「お前、俺のこと好きだろ?」って幸村くんに言われて「うんっ!好き!」って返すと「じゃあ付き合う?」って言われて、大好きな幸村くんと交際が始まった。

最初の方は浮かれて浮かれて浮かれて。
多分、足が宙に浮いていた。
ふわふわふわふわ、夢心地。

彼女、という肩書きは人をこんなにも幸福にするのか、と初めて知る。

私の場合、相手が幸村くんだから余計に。

初めて幸村くんを見たとき、彼の周りだけきらきらと光っていて驚いた。

強い光に思わず「神様みたい……」って呟いたら、幸村くんと目が合って。

時間が止まって。

そして、時間が動き出したときには、私の鼓動はドクン!ドクン!と50メートル走でもしたのか、って思うくらい早く大きく、痛く心臓が動いていた。

そのときから、ずっと片思いしてきた。
気が付けば、もう3年。テニスの試合があれば、邪魔にならないように応援しに行く。

お花が好きだと聞けば、花辞典を買い、実際に花を育てるため植木鉢と種を買う。

少しでも、幸村くんに近づきたかった。

そして、その想いが身を結び晴れて彼女になったんだけど。

付き合って2ヶ月。これなら、付き合わない方が良かったって思う日々を過ごしている。

神話でこんな話があったな。

W太陽に近づきすぎた英雄は蝋で固めた翼をもがれ地に墜ちるW

私は、近づきすぎたのだ。

太陽に、神に。
そして、英雄でも何でもない私は、その神に恋焦がれて地に堕ちるだけ。

そうだと知りながらも…………

「今日も待っててくれたんだ」
「うん、一緒に帰りたくて」

部活終わりの幸村くんを校門で待ち、笑顔を作る。

「本当、お前って俺のこと好きだよね」なんて、傲慢な台詞が許されるのも幸村くんだから。

「うん、大好き」って、いつものやり取りをすれば。

「ゔうん!!では、我々は先に帰るぞ!!」と少し顔を赤くした真田くん。
「あぁ、そうだな弦一郎」と柳くん。

気を遣ってくれる2人に心の中でお礼をして「気をつけて帰ってね」と言えば「お前もな」と返ってくる。

「じゃあ、帰ろうか」って幸村くんが私の歩幅に合わせて歩いてくれる。

手は、差し出されない。

付き合って2ヶ月。
高校3年生の私たち。

そろそろ次のステップに、と思うけど幸村くんは私に触れない。

触れないどころか、私は最近になって漸く気がついたことがある──








──そろそろ分かれ道。

「幸村くんといるとあっという間」って言えば「ふふっ、それなら良かった」って笑ってくれる。

「ねぇ、幸村くん」
「なんだい?」

優しい声色。私を見る穏やかな瞳。

「大好きだよ」

いつも言い過ぎてる言葉。
好きの安売りだね、って。

友達は言うけど、好きって言葉は値引きなんかされない。逆に、たくさん言えば言うほど好きが大きくなって、増えて、重くなっていく。

その重さをひとりで抱え込むことが出来なくて、また「好き」を伝える。

その繰り返し。だけど、この好きはいつもの好きよりもっと真剣で。

幸村くんに届いて欲しくて伝えるように、伝わるように言葉にする。

お願い、伝わって。
私の欲しい言葉を言って。

祈るような気持ちで幸村くんを見れば私を地獄に突き堕とす。



「お前って本当に俺のことが好きだよね」と、残酷なほど美しい笑みで——……












「何落ち込んでるだよぃ」
「……ブン太」

机に伏せていた顔をゆっくりあげる。

「幸村くんと何かあったのか?」
「いや、何もないよ」
「それなら何で落ち込んでだよ」
「……何もなかったからだよ」

そう、何もないから落ち込んでいるのだ。結局昨日も手を繋ぐこともなく。

私の「大好き」に対して『俺も』や『好きだよ』と返ってこない。

どうして。何で言ってくれないの。と、自問自答を繰り返す毎日。

幸村くんに聞けばすぐに答えは出るのに、幸村くんに聞けないのは答えを聞くのが怖いから。

答えを聞くのが怖い、と思っている時点で、私は何を言われるか大体想像は着いている。

だけど、それを現実にしたくなくて。
まだ夢の中にいたくて。
見て見ぬフリをするしかなくて。

それなのに、私の想像力は私の言うことを聞いてくれなくて。

『お前のこと、好きじゃないんだ』

幸村くんの声で再生される音に、胸が刃物で刺されたかのように痛む。

ズキズキ、ズキズキ

その胸の痛みは、頭痛を引き起こしていて。

「おい、大丈夫か?顔色真っ青だぜ」
「……頭、痛い」
「頭痛い!?保健室行ってこいよ!」
「…そうする」

何とも情けない話だ。

幸村くんに実際言われたわけでもない台詞を、勝手に想像して、勝手に傷ついて、挙げ句の果てに体調不良になるなんて。

思い込みの力って、偉大すぎる……

こんなことならもっと幸せな想像をするべきだった。

そう、例えば幸村くんに『好きだよ』って微笑まれる姿とか……、

……だ、だめだっ!想像出来ないっ!、?

普段「大好き!」って言えば『お前って本当俺のこと好きだよね』って肯定する幸村くん。

そんな彼が優しく、穏やかに『好きだよ』って言ってる姿って……

想像したいのに、幸村くんの姿は何故かぼやけちゃって。
想像したいのに、頭が痛くて。

そしてようやく着いた保健室。扉をガラリと開けると消毒液の匂いが鼻を掠める。

先生は不在。

ズキンズキンと痛む頭は限界で、とりあえず記録名簿に名前を書いてベッドに潜り込む。

制服が皺になるとか、靴下を履いたままベッドに入る気持ち悪さとか、そんなもの一切気にならない。
気にならないくらい早く楽になりたかった。

カサついた硬く冷たいシーツ。

普段なら違和感を覚えるはずなのに、頭までスッポリと被れば安心感に覆われる。

全てから隔離されるように、現実から切り離されるように、自分を守るように。
神様に見つからないように。

目を瞑って静かに呼吸を繰り返せば、暗闇の世界へ吸い込まれている。

吸い込まれる瞬間、目尻から涙が溢れたのは、頭痛のせいか、別の理由か、分からなかった。













思いの外ぐっすりと寝ていた私はガラガラと扉が開く音に気が付かなかった。

私の寝ているベッドに人が立つ気配も、シーツが捲れたことも気が付かず。

ただ、優しい手つきが目尻に触れた感触はあって。
目を開けるのすら億劫だったからそれは夢なのか、現実なのか。誰だったのか分からなくて。

ただ、この手は私を傷つけない、そう確信して、また意識を深く沈めた──










「もう、昼休みっ!?」
「お前、寝過ぎだろぃ」

起こしに来たブン太が時計を指差し、私は驚いた。

朝登校して、午前中丸々寝てたってこと!?

「何で先生も起こしてくれなかったんですか!?」って抗議の声を上げれば「ちょっとね」と困ったように笑われる。

「お前がぐっすり寝てたから先生も起こすのが忍びなかったんだろぃ」
「うっ、」

確かに、すごくぐっすり寝てしまった。特に昨夜は幸村くん関係で眠れなかったから余計に。

しかも、途中何かふわふわと温かいものに触れられたような気がして、一気に意識が落ちていったような気がする。

「顔色だいぶ良くなったから午後の授業出れそうか?」
「うん、流石に出るよ」

なんやかんやブン太には心配をかけてしまった。

「ブン太、心配してくれてありがとう、迷惑かけてごめんね」って言えば「……何で俺がお前のこと気にかけてるか知ってるか?」って。

「え?」
それは友達だからじゃないの?って言おうとすれば「丸井」と、一番愛おしくて今一番聞きたくない声がブン太を呼んだ。

「幸村くん!」

きらきらとブン太の目が光る。

そう言えばブン太も幸村くん大好きだったな。お互い幸村くんが大好きなのに、私たちはあまり幸村くんの話をしない。

ブン太が私から幸村くんの話を聞きたがらないから。同担拒否なのかな?と思って。

私はブン太を不快にしたくないから幸村くんの話をしない。

それなのに、今日みたいに幸村くんに関わることに察しが良くて、ついつい頼ってしまうときがある。

「苦労かける」

困ったようにブン太に笑う幸村くん。

「なんてことねぇよ!じゃあ俺は先に行くからな!」

え!?ちょっと!2人にしないで!

保健室の先生はいるけどブン太にはいてほしかったのに、ブン太は私の気持ちなんか知る由もなく教室に戻ってしまって。

……気まずい。

そう思ってるのは私だけかも。だって幸村くんはいつも通りの調子で「体調は大丈夫か?」って聞いてきたから。


「……うん、平気」

頭痛は平気、だから嘘じゃない。嘘じゃないのに、心がざわざわして。


「今日さ、一緒に帰るから教室で待ってろ」「……え?」

今、何を言われたの?
一緒に帰る?……そんなこと今まで一度も、言われたことなかったのに……あれ?まだ、夢見てる?

「何、ボーッとしてるの?放課後、教室まで迎え行くから待ってろ」
「え?」
「……返事は?」
「はい!!」

夢じゃなかった!それにしてもいつに増して強引だった!

いや、別にそういうところも好きなんだけどね!

幸村くんの申し出に嬉しくて思わず体が飛び上がってしまったら「っ、!危ないだろ」って幸村くんは言ってぎゅっと私の腕を掴んで……ん、掴んで??

「……ひぇっ!?」

う、腕、掴まれてるっ!?

初めて幸村くんの手に触れた。
その手は硬くて熱くて。私が想像していたもの以上に男の人の手で、優しくてさっき眠りについたみたいに不思議と安心できて。

怪我の功名だ。

実際には怪我ではないけど。

それでも、初めて幸村くんに触れられたことにふわふわして、ほんの一時期だけでも彼との問題に目を背けることが出来たんだけど──






それが罰のように、放課後恐れていたことが起きた──









一緒に帰れる。
しかも幸村くんの誘いで。
それにふわふわ浮かれていたのに。

帰り道を一緒に歩いているのに、幸村くんの雰囲気は若干ピリついていた。しかも。


「これからは体調悪いなら連絡しろ」

その冷たい声に心臓がひゅっ、てなった。

だって、怖い。幸村くんが怒ってる。

「……俺の話聞いてるのか?丸井にだって迷惑掛けただろ」

……聞いてるよ。幸村くんの声は一字一句聞き漏らさないもん。
それなのに、何で怒ってるの?ブン太に迷惑掛けたから?それに、体調悪いなら連絡しろ、って。そしたら連絡したら助けてくれたの?私のこと、好きじゃないのに?

「…っ!」

そう言葉が出てきそうになってグッと言葉を飲み込んだ。

そもそも頭痛の原因は幸村くんで、幸村くんに好きって言われたことがないせいなのに。

何で幸村くんはこんな不機嫌なんだろう。

そのことに無性に腹が立って「ブン太は迷惑なんて思ってない」って、喧嘩腰で言っちゃって。でも幸村くんは何も反応してくれなくて、それがまた私の感情がぐちゃぐちゃになって。

「ブン太優しいよね、ブン太の彼女になれる子は幸せだろうな。私もブン太の」
「何が言いたいんだ」


言うつもりがなかったのに、口は止まらなくて。

悔しくて続けた言葉は取り返しがつかなくなる前に幸村くんの静かな声で遮られた。

なんでそんなに、怖いの…?
なんで不機嫌なの?
私がブン太に迷惑を掛けたのが許せないの?

ねぇ、幸村くん。
私、幸村くんが何を考えているか、分からないよ……私のこと、何て思ってるのか、知りたくて。

限界で。

「幸村くんってさ、」

声が震える。

「幸村くんって、私のこと好き…?」

私の声は情けなくて。好き、って言ってと願つような声に私は幸村くんの最後の審判を待つ。

その間、口はパサパサで。そのくせ目は潤むし、背中には嫌な汗がツーっと流れ落ちた。

不快だけどそれよりも、幸村くんの声を聞き漏らさないように、逃さないように耳に目に、全身を集中させ。

この時間はひどく長い時間だった。体感では長かったけど、答えが出たのはすぐだった。


「女々しいな」

心臓に氷を押し込まれたみたいに、私の心は冷えて、痛みが走った。

何それ……
私は、そんな答えを求めていたんじゃない!私は、私は……!

「好きって、」

喉が張り付く。

そう私が言った言葉は怒りなのか悔しさなのか上手く出てこなくて。こんなんじゃ幸村くんに伝わらない!と、声を張り上げた。

「好きって言ってほしいって思っちゃいけないの!?好きって一言くらい言ってくれたっていいじゃん!!!!」

たった一言。
されど一言。

その一言で私は、空だって飛べてしまうくらい何でも出来るのに!!

幸村くんは、何も分かってくれない!!

「……そんなに、聞きたいんだ」

その声は私の正反対に何の感情も乗ってなくて。

「あ、当たり前だよ!だって一度も、」
聞いたことないんだよ。

そう言いたかったけど、声が詰まった。幸村くんの瞳が射抜くように私を見るから。

「聞いたら二度と離せなくなるけど、お前にその覚悟はあるのか?」

何、それ……?

そんなことを言われるなんて思ってなかった。一瞬、冗談かと思った。でも幸村くんは神の審判のごとく、ピリピリと肌が痛いほどの空気感があって。

その緊張感は幸村くんとテニスと似ていて、負けたくなかった。

「あるよ!だって私、幸村くんのことずっと、」
好き

って言おうとしたけど幸村くんの長く硬い指が私の唇を押し潰した。

ふにっ、とした感触は初めてのもので、顔がじわじわと熱くなって。

「知ってる。お前がずっと俺のこと好きだったこと。お前が俺を『神様みたい』と言ったあの日から俺は、」

何、その顔……

幸村くんを一度目を伏せ、私の瞳を真っ直ぐに見た。その瞳は仄暗くて、表情もいつもより怖くて。






「好きだよ、これから一生お前を離せない程に」





……愛ってこんなに重いんだ。



W太陽に近づきすぎた英雄は蝋で固めた翼をもがれ地に墜ちるW

初めて聞く幸村くんの愛の言葉に私は彼に、神に近づいた罰として翼をもがれ彼に堕ちていくのだろうと思った──




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