「『柳先輩大好きです』と、もう一度言ってくれ」

「『柳先輩大好きです』とお前は言う」


登校中。
大好きな柳先輩を見つけていつも通り駆け寄って、いつも通り大好きの言葉を伝えようとすれば、私の大好きな声で柳先輩はそう言った。


スポーツをやってる人にとっては、自分の言おうとした言葉を先に言われるのは煽りになるらしい。

だがそれは恋する私には無意味、だって。


あぁ〜っ!!好き〜〜〜っ!!
はい、好き、大好き!!
柳先輩の今度の不幸は全部私が被ります、被らせてください!!健やかに生きてください!!


って、馬鹿みたいなことを思うだけなんだもん。


柳先輩のどこが好きなの?と言われたら私は声を大にしてこう言う。


全部!!!!と。


IQダダ下がりの回答。
でも柳先輩の前だと私の語彙力は消滅する。


柳先輩を見れば「わ〜、かっこいい!」「ほあ〜、好き〜〜っ」と、馬鹿丸出しの言葉しか出てこない。


それぐらい、大好きで。


「さすが柳先輩!大正解です!あ、おはようございます!」って言えば「あぁ、おはよう」と返してくれる。


「今日も大好きです」
「……ありがとう」


えへへ、と笑う私に柳先輩は困ったように笑った。


あー、困ってるなぁ。
困らせてることは重々承知なんだけど、この気持ちは止められない。


柳先輩を見つけたら近づきたくて、声を聞きたくて、私のことを見て欲しくて。


どうしようもない欲求が私を動かす。


幸い、柳先輩は傷付けたり、不誠実な態度を取ったりする人なんかじゃなくて。


逆に優しくて、面倒見が良くて、拒絶もしない。だから私は、そこに付け込むの。


「大好き」に対して笑って誤魔化す柳先輩の気持ちは分かっている。
だけど、もう少しだけ。
この戯れをもう少しだけ続けさせて——












自分の教室に入れば「アンタ、本当コリないよね」って、朝のやりとりを見ていたらしいクラスメイトの切原赤也に言われた。


「毎日毎日スゲーよな」
「そうかな?切原だって毎日毎日テニスしてんじゃん」
「は?テニスと一緒にすんなよ」
「ん〜、一緒だと思うけどなぁ」


テニスだって毎日練習をすれば上手くなって、強くなって、勝てるようになって、報われる。


なんていうのは一握り。


毎日練習しても下手くそのままで、弱いままで、負けっぱなしで、報われない人だっていて。


恋愛だって一緒。
報われて幸せな恋が出来る人もいれば、失恋する人もいる。


じゃあ、負けるから、失恋するから、そう言った理由で諦め切れるほど人間の感情って単純じゃない。


現に切原に「負けるって分かってる試合に手を抜くの?」って聞けば「は?んなことするわけねぇーだろ!それに俺は勝つし!!」って怒った。


ほら、そうでしょ。


結果が決まっていても、諦めるなんて出来ない。それは恋もテニスも一緒。



って、切原には言ったけどやっぱり限界ってものはあって。
















目の前の光景に、胸がずきずきと痛む。


傷付いた心が「柳先輩を好きになるのはもう終わり!!」と悲鳴を上げた。


見てしまった。
柳先輩が学校一の美女と噂される人と一緒に帰っている姿を。


遠くから見ても2人がお似合いなのが分かる。
2人とも身長が高くて、美しくて、品があって。


似たもの同士の2人を見て、あぁ、勝ち目なんてない。
私じゃ柳先輩の隣は不釣り合いで。


大好きって気持ちなら誰にも負けない。でも、大好きって気持ちだけじゃ、好きな人の隣にはいられない。それが、恋だから。


あ〜、くるしい。
胸の一番奥が、じくじくと痛む。


体の外にこの痛みを出したい。それぐらい痛いのに、当たり前だけどそんなこと出来なくて。


きっと涙が出れば少しは楽になれたはずなのに、涙は出なくて。


涙が出なかったのは、あぁやっぱりそうだよね、って何処かで諦めていたから。
いつか、こんな日が来ると分かっていたから。
負けると、報われないと、心の奥底で知っていたから。


切原にあんなこと言っておいて結局私は——












次の日になって登校中に柳先輩と目が合った。


「おはようございます!」


私はいつも通り挨拶をして。


「あぁ、おはよう『柳先輩大好』」「今日は、良い天気ですね」って柳先輩の言葉を遮って、にこっと笑って。


「じゃあ、お先に学校行きますね!」って、小走りで柳先輩から離れた。


「あ、おい」と聞こえたような気がするけど、それは私の幻聴だと思い込んで。


これが、私のけじめの取り方だった。
聡い柳先輩なら、私が「大好き」と言わなくなった意味をきっと理解してくれるだろうと。



だから次の日から、登校時間を早くしたり遅くしたりした。

柳先輩と会わないように。


大丈夫、大丈夫。
柳先輩への想いはいつか綺麗な思い出になるから。
こうやって柳先輩から物理的に距離を置けば忘れられるから。って、言い聞かせてたのに。





ある日の登校中。
「おはよう」って、目の前に柳先輩が現れた。


「お、おはようございます…」


おかしい。
今日は朝練だと聞いたのに。あの切原がわざわざ私に言いに来た、の、に……!?待って、そういうこと!?私、切原に嵌められたっ!?


そう言えば、いつもより挙動不審で目線は合わさず「アシタ、テニス部アサレンなんだよナー」とか言っていたのを思い出す。


だから柳先輩を避けなくて良いと思って、いつもの時間に登校しよう、って思って。


その行動が、この結果である。


「最近俺を避けているようだが、理由を聞かせてくれないか」
「っ、あ、え、と」


あまりにも真っ直ぐに聞いてくるから、用意していた『実はもう柳先輩のこと好きじゃなくなったんです!今までご迷惑をお掛けしました!!』って、ヘラヘラ笑いながら言おうとしていた言葉は、柳先輩に失礼だと思って。


そしたら私の口からは言葉にならないものしか出てこなくて、どうしようと顔を俯けば。


「俺には飽きた、ということか?」
「っ!!」


それは違う!と思ってバッと、俯いていた顔を上げる。


「その反応からして、そういうわけでもなさそうだな」
「…っ、」


私のバカ!反応が正直すぎる!!
何がもうこの恋は終わり!よ!
全然まだ、柳先輩のこと大好きじゃん!!


だって現にこうして目の前に柳先輩がいて、話せるだけで私の好きがまた、ほろほろと、溢れ出す。


柳先輩すき、だいすき、かっこいい。


その台詞が頭の中をぐるぐる回って私のIQはまた下がって。


癖でいつもの台詞が、ぽろりと溢れ出ようとしたら。


「『柳先輩大好きです』」
「え」


言おうとした台詞は、柳先輩に言われて。


「お前はいつも言うから、それが当たり前になっていた」


やなぎ、先輩?


「この数日間、お前の台詞が聞けなくて、お前が隣にいなくて、物足りなさを感じていた」
「え?」
「随分と、お前の好意に甘えていたな」と、柳先輩は困ったように笑って「また、言ってくれないか?」と言ってきた。

「『大好きだ』と。お前の気持ちが変わっていなければ、俺は毎日聞きたい」


息を飲んだ。
だって、私だって、毎日言いたい。
毎日柳先輩に好きって言いたい。
でも、それは。


「っ、それは、フェアじゃないと、思います」


聡い柳先輩なら、私の言っている意味を理解するだろう。
現に、優しく笑って「ふっ、それもそうか」と言ったのだから。


そうだ。
私ばかり「大好き」と言うのはフェアじゃない。柳先輩も言うべきだ。だけど、柳先輩は私ことは好きじゃない、だからこの関係は、もう終わり……


「それなら俺も毎日お前に伝えることにしよう」


……ん?俺も、伝える?……何を?


って、私は意味が分からないと言うように柳先輩を見つめれば、柳先輩は耳元で私がバカみたいに毎日言っていた台詞を囁いた。


生暖かくてリアルな息が耳に触れて、低く大好きな声が、絶対に聞けるなんて思っていなかった言葉を囁くから私の時間は止まった。


「……うむ、この台詞で固まるのか。まぁ、毎日言うから少しずつ慣れるだろう」って、満足気に呟いた柳先輩だけど、本当に意味が分からなくて。


思考が止まった私を見かねて、柳先輩は手を引っ張って学校まで連れてってくれたんだけど、側から見たらWそれは手を繋いで登校したWって思われて。


こうして外堀も埋められて柳先輩の彼女という立ち位置になるんだけど、付き合う前は「柳先輩大好きです!」って言えてたのに、付き合ってから言えなくなって、柳先輩をまた困らせることになるのは、もう少し先のお話。




2024.9.26

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