2人は公園でテニスラケットを持って現れて、そんな2人の近くをウロチョロすれば2人は私と遊んでくれた。
本当のお兄ちゃんじゃなかったけど私は2人のことを『お兄ちゃん』と呼んだ。
ひとりは貞治お兄ちゃん。ツンツン頭で眼鏡をかけている。
もうひとりは蓮二お兄ちゃん。サラサラの髪で目をつぶっている。
私は2人が大好きで。
ずっと、ずっと、2人と遊べるって思ってた。
だけど、別れは突然やってきた。
大好きな蓮二お兄ちゃんがある日突然姿を消したのだ。
私は悲しくて貞治お兄ちゃんに泣きついた。
「れんじお兄ちゃんどこ行ったのぉぉぉ!!わぁぁぁぁんん!!」
辛くて、辛くて。
だって今日も会えると思っていたのに、貞治お兄ちゃんしかいなくて。
貞治お兄ちゃんの話だと、蓮二お兄ちゃんはどこか遠くに行っちゃって。
それが悲しくて、ショックで。胸が痛くて。
「うぇ"っ、えっぐ、お兄ちゃ、れんじお兄ちゃんっ〜!!」
顔をぐしゃぐしゃにして泣く私に貞治お兄ちゃんは私の頭を優しくポンポン叩いてくれた。
その手のひらが暖かくて、貞治お兄ちゃんを見上げば。
「いつかまた、会えるから」
貞治お兄ちゃんの表情は分厚い眼鏡と逆光で見えなかった、けれど。
貞治お兄ちゃんの言葉は優しさの中に本当に『また会える』って思える言葉の力があって、私はその言葉で泣き止んだのを覚えている——
、
月日が経ち、私は中学1年生になった。
入学するのは青春学園中等部。貞治お兄ちゃん、もとい貞治先輩と同じ学校だ。
もう中学生になるから『貞治お兄ちゃん』呼びを卒業して、『乾先輩』と呼ぼうとしたら「『貞治先輩』の方が、後々面白いから」と、良く分からない理由で『貞治お兄ちゃん』から『貞治先輩』と呼ぶことになった。
それが半年前——
夏も終わりを迎えようとしたある日、3年の貞治先輩から「テニスの試合を観に来ないか」と誘われた。
「え、あ、うん。いいけど、珍しいね。私を誘うの」
「あぁ、まぁたまには、ね。それに観て欲しいのはテニスではないんだ」
「?、どういう意味?」
「いや、その日になれば分かるよ」
眼鏡をクイッと上げて、良く分からないことを言う貞治先輩。
まぁ、貞治先輩が良く分からない言動行動をするのは今に始まったことではないから、気にしないことにする。
と、気にしないことにしたあの日の私よ。
どうか、せめて、もう少し詳しい話は聞いといてくれ。
約束の日、当日。
パコーン、パコーンと遠くからテニスボールの音がする。久しぶりだなぁ、なんて思いながら貞治先輩はどこだろう、とあたりをキョロキョロ見渡した。すると、
——いた。
貞治先輩は身長が高いから見つけやすくて助かる。あと、あのツンツン頭。触ったら痛そう。ワックスとか付けてるのかな?触ったら痛そうだから私は触りたくないけどね。もし触るなら、やっぱりサラサラの髪がいいな。
例えばそう。貞治先輩の隣に見かけないジャージを着た男の人ぐらいの、サラサラした髪ぐらいが。
青と白を基準にした、見慣れたテニス部の青学ジャージを着た貞治先輩の隣には、オレンジと黒の見たことのない派手なジャージを着た、身長の高い男の人。
目立つ組み合わせに私は声を掛けるのをためらっていたら、タイミング良く貞治先輩が私に気がついた。
「あぁ、ようやく来たか」
「貞治先輩、お疲れ様」
いつもの調子で私の下の名前を呼び振り返った貞治先輩。
そして、一緒に振り返った隣の男の人は驚いたような表情をして、私の名前を呼んだ。
「…——?」
貞治先輩と同じように私の名前を呼ぶから、思わずその人を見上げる。
サラサラの髪、瞑った瞳、どこか面影のある顔立ち……っ!!!!??
ま、まさかっ!!!?
「や、柳さん!!!??」
「お前か、というより『柳さん』、だと…?」
「蓮二のことを『柳さん』と呼ぶ確率87%」
三者三様の反応。
私は久しぶりに会った蓮二お兄ちゃん改めて柳さんに驚いた。
貞治先輩と同じように身長は高くなっていて、女の子みたいなおかっぱ頭じゃなくなってる。
しかも、なんかかっこよくなってない!!??
可愛かった男の子が、あの女の子みたいで優しかった蓮二お兄ちゃんが綺麗な男の人になっている。
思わず凝視すれば、先に動いたのは柳さんで。
「久しぶりだな」
「あ、はい。お久しぶり、です……」
硬い挨拶。
それもそうだ。目の前に、急にいなくなった昔のお兄ちゃんもとい遊んでくれた男の子が急に現れたのだ。
え、何で?…どうし、て?
……貞治先輩は、いつから柳さんと出会っていたの?
2人とも、私が知らないところで、ずっと仲良く会ってたの?
今まで、何してたの?
元気だったの?
どこにいたの?
ねぇ、なんであの日、何も言わずに姿を消したの?
ぐるぐる、ぐるぐる。
目紛しい程の思いが頭を回り、胸をぎゅっと締め付ける。
まだ状況把握は出来ていない。出来ていないのに、柳さんはさらに爆弾発言を落として。
「もう『蓮二お兄ちゃん』とはもう呼んでくれないのか?」
っ!!!!???
「よ、呼びません!!」
勝手に目の前から姿を消した人をお兄ちゃんなんて呼びません!!
それにかっこよくなって余計に呼べるわけがない!!
私はキャパオーバーして、ゆっくり考える時間が欲しくて「さようなら!!」ってその場から逃げ出した。
一体何なのっ!?
ぐるぐる、ぐるぐる。
押し寄せる感情と先ほどの出来事。
見たことのない派手なジャージ、高い身長、整った顔立ち、瞑った目、サラサラの髪、落ち着いた声と雰囲気、かっこよくなっていた、大人っぽくなっていた、昔と違うのに、昔を思い出す、急にいなくなって悲しい、でも久しぶりに会えて嬉しい、どうして貞治先輩と一緒にいたの、どうして何も言わずにいなくなったの、いつから貞治先輩と会ったの、私のこと仲間外れにしたの?、どうして、何で……、でも、会えて嬉しい、でも辛い、悲しい、でもやっぱり会えて嬉しくて、それなのに上手く喜べなくて、ワッと感情が溢れ出して、蓮二お兄ちゃんがいなくなったときぶりに大粒の涙が出てきて。
泣きやめ、泣き止め。
おかっぱ頭の蓮二お兄ちゃんとさっきの柳さんが重なりながら、私の涙は止まらなくて。
あぁ、私の感情を乱すのはいつも——……
、
「ねぇねぇ貞治先輩」
「ん、どうした?」
「柳さんから、何か聞いてない?」
あの日から一ヶ月近く経った。
あの日、とは私が久しぶりに柳さんに会った日。
そしてあの日から私の周りでは不思議なことが起こっている。
「聞いてはいるけど口止めはされているから言えない」
やっぱり!
「貞治先輩!お願い教えて!!」
「ごめんね」
って、眉を下げて困ったような顔をする。
困ってるのは私の方なんだよ。
だって、だって。
「だって、助けてよ〜っ!」
ここ最近、出掛ければ何故か高確率で柳さんに会うのだ。
映画に観に行こうとしたり、本を買いに行こうとしたりすれば「ここにいたのか」と、現れるのだ。
なんで?
柳さんは神奈川に住んでるのになんでこんなに都内で頻繁会うの?
しかも当たり前のように付いてきて、帰りも送ってくれて。
そのせいでお母さんに「彼氏?」って誤解されて……!!
「それに関しては」
神妙な面持ちで貞治先輩が言うから「…うん」って答える。
何か良いアドバイスがあるのかな?
って期待していたのに。
「君が諦めるしかないかな」
「そ!!!?」
そんなぁ!!
ぜんっっっっっぜん役に立たないアドバイスじゃん!!
「アドバイスなんて言ってないよ」
知らないもん!!!!
「ねぇ、本当にどうにかならないの!?」
って、貞治先輩に詰め寄れば諦めた表情をして言った。
「俺も最近知ったんだけど、蓮二は執念深いみたいなんだ」
おわり