保科さんに「結婚したいんです」と言ったら「すればええやん」他人事のように言われる話

「結婚したいんです」
保科さんと。

「すればええやん」
僕と。

ちゃんと伝えなかったせいで2人はすれ違うことになって。

「お見合いしたいです!」
「なら俺の息子とする?」
「ぜひ!!」

って、上司の息子さんとお見合いすることになって。

「何で君、ここにおるん?」
「それは私の台詞ですけど?」

お見合い場所で鉢合わせしてしまった2人が心を通わせるまでの話──













保科さんと休みの日は飲みに行く。
それがいつの間にか当たり前になってきたある日。

「結婚したいんです…」って、そう呟いたら「すればえぇやん」って。

まるで他人事のように返されて、え!?それだけ!?って思っちゃった。

まぁ他人なんですけど。
私と保科さんは別に付き合ってるわけでもないんですけど。
何ならただの同僚ですけど。

それでもお互い休みの日の前はこうやってお酒を飲みに来て。

仕事終わりだからラフな服装で、メイクも軽く直したくらいで、髪型だって特別気合いを入れたわけではない。

そんな緩やかな飲みで、やれ最近の新人は優秀だの、面白い新人が入っただの。

怪獣も進化してるだの、訓練メニューを変えるかだの。

話はまず仕事のことから始まって。

私は小此木さんと同じオペレーション担当。だけど小此木さんみたいな優秀なわけではない。

まだまだ勉強不足なところがたくさんある。
そんな私を保科さんは目に掛けてくださって。

「困ってることあるなら相談乗ろうか?」って、声をかけてくれたのが始まり。

最初の頃は恐れ多くて「大丈夫です!」って突っぱねたんだけど「小此木ちゃんも君のこと心配しとるで」って言われてしまって。

「ガス抜きも大事やで?」

って、優しく言われてしまったら私は断ることなんか出来なくて。

でもいざ初めて保科さんと飲むってなったら緊張して、そんな私に「別に取って食ったりせんよ」って笑われた。

でも最近は私も仕事にも慣れて、保科さんと飲むことにも慣れてきて。
こうして保科さんの隣にいることが当たり前になってきた。

私の緊張が解けたころ保科さんがお酒を飲む量が増えて、少し首を赤くしたころには。

「小此木ちゃんが君のことベタ褒めしとった」と。「君が褒められると僕まで嬉しくなってまうな」とか。

私のことなのに自分ごとのように喜んで話してくれるようになった。

「あ、ありがとうございます!」

そのことが、凄く嬉しくて。
目が、合わせられない。
きっと、顔は真っ赤だ。

保科さんがあまりにも優しく褒めてくれるのが悪い、なんて保科さんのせいにして。

最後の方は保科さんは目をトロンとさせて。

「そう言えば彼氏は出来たん?」ってプライベートな話を振ってくる。

「彼氏なんて出来ませんよ」

それに、彼氏になってほしいのは保科さんあなたです。って言えたらどれだけ良いか。

私はいつの間にか、この定期的な飲みでまんまと保科さんのことを好きになってしまった。

だってよく考えてみて欲しい。

優しくてかっこよくて強くて頼りなる、そんな人が自分ごとのように私の評価を誉めて目をトロンとさせて見つめるのだ。

好きにならない方がおかしい。

でも、きっとこの恋は叶わない。
だって相手はあの保科さんだよ、なんて思っていれば。

「君に彼氏が出来たらこの時間がなくなってしまうの、僕寂しいわぁ」って。

いつもより間延びした口調でそう言われて。

何それ。
何それ、何それ何それっ!!?

ねぇ!?それって遠回しに告白してるんですか!?

私と飲むこの時間を保科さんも楽しみにしている、ってことで良いですか!?

保科さんも私と同じ気持ちで良いですか!?

って、浮かれてたんですよ。
この前まで。

だから今日も飲みに行くってなったときに少しでも保科さんに可愛いって思ってもらいたくてお気に入りのワンピースを着たり、髪を巻いたり、普段よりオシャレに気をつかって仕事場から出て。

いつもと違う雰囲気なら、告白もあるかも、なんて思って。

そう思ったらそわそわして念の為、下着も新しい可愛いのを買って。

何かあっても大丈夫なように準備して。

って、そこまで想像して、いやいやいや!
それはない!ないけど……と思いつつ。

保科さんと過ごすことをほんのちょっと期待して──

飲む場所はいつも通り。

まぁ、これは良い。

[場所いつもの場所でええやろ?] って連絡があったから。

急に、レストランが良いです。なんて言えるわけもない。

逆にいつもの場所なら緊張しなくて良いだろうとも思っていた。

それでいつも通り。

保科さんの仕事の話を聞いて。上司の小此木さんが私のことを高く評価しているのを保科さんから聞いて、喜んで、それで。

「なんや、今日えらい可愛い格好しとるなぁ」

って、保科さんの目がトロン、としてきたときにそう言われた。

ストレートな褒め言葉に一気に顔が熱くなる。

「ふふ、こない可愛いらしい格好されたらドキドキしてまうな」

私はその言葉にドキドキしてますけど。

「何でそない格好してるん?」

顔を覗き込むように言われて。

貴方に可愛いって思われたいから着てきました。

って、言うつもりだった。

私の聞きたかった保科さんからの"可愛い"は聞けて、しかも"ドキドキする"って言ってもらえて。

嬉しかったから、嬉しいってそのまま言えば良かったのに、お酒を飲んでいた私は保科さんとの今後の未来の妄想が進んでいて。

「け、結婚、したいんです……」

って。
付き合ってすらいないのに思わずそう呟いた。

言ってから、飛躍すぎじゃない!?と気がついて。

今のは違うんです!

って、言おうと保科さんを見れば保科さんはキョトンとした顔をして。

「すればええやん」と。

「え?」

何故、そんな他人事なの?
まぁ、他人なんですけど。
別に付き合ってるわけでもないんですけど。

それでも、まるで僕には関係ありません、みたい言い方に胸がズキッと痛んで。
痛いだけだったら良かったのに。

「君、可愛いからすぐ結婚相手見つかるやろ」

って、台詞に私の恋心が砕け散った。

カランと、氷が溶ける音が耳に残って、私は取り繕ったように笑ったことだけは、覚えている──



「お見合いしたいんですけど良い人いませんか?」

次の日、私は非番にも関わらず職場に来て上司に言った。

「……どうしたんだい?」
「結婚したいんです」
「……うん、それで何でお見合い?今はほら、マッチングアプリとか」
「マッチングアプリは怖いので」
「うん、まぁ、安全は保障しかねるよね……」

って、遠い目をする上司だけど、私は引き下がるわけにはいかなかった。

昨日は保科さんと飲んだ、ということは今日保科さんは休みだ。

だから保科さんがいない間に全ての段取りを進めたかった。
引き返せない場所まで。

だからお見合い。
マッチングアプリだと断られる可能性もあるし、こちらから断ることだって出来る。

でも職場の上司のお見合いなら、そうそう断るということは出来ないだろう。

今のご時世でそれはどうなの?と思うかもしれないが、そんなことは関係ない。

とにかく、一刻も早く保科さん以外の男性と結婚して小此木さんには申し訳ないけど仕事を辞めて、保科さんのことを忘れたかった。

とにかく、一刻も早く!!

その熱意に神は味方したのか「じゃあするか、お見合い?」と1人の上司が声を掛けてくれて「します!!!!」と返事をすれば、何とその場でトントン拍子に話が決まる決まる。

どうやら上司の息子さんで、基地のパンフレットに載ってるオペレーション担当の女性が気になっている、とのこと。

「年齢が君と近いからもしかしたら、とは思っていたからお見合いしたいと言ってくれて助かるよ」

なんて。

助かるのは私の方です。

って思いながら、日時と場所を決めて。
それから。

「これ、息子」

と写真を見せてくれた。

優しそうな人だった。
この人となら将来うまくいきそうだな、って思ってしまうような。

それに上司の息子さんだ。教育もしっかりしてるのだろう。

将来安定。
まだ好きになれるか分からないけれど

いつか好きになれそうだな、って思った。




[明日休みやろ?今日飲み行かへん?いつものとこ]

って、保科さんから連絡があったのはお見合い前日。

あの日から保科さんとは会っていない。
元々基地内で頻繁に会うような仲でもない。

保科さんが小此木さんに用事があるときにちょこっと私にも会う、そんな関係。

でも、ここ最近は私は出来るだけ小此木さんから離れていた。

「自立したいんです!」

って言えば素直な小此木さんは目を潤ませて「分かりました!頑張ってください!」って、簡単に騙されてくれた。

うそついてごめんなさい。

そう心の中で謝って。

小此木さんから離れれば保科さんと会うこともない。
それに保科さんは目立つ。

どこにいても注目されて、人気者で。特に今年の新人からの人気は熱い。

だからどこにいるかすぐ分かる。

避けるのは簡単だった。

避けて避けて、保科さんの気配を感じれば逃げて隠れて。

保科さんの顔を見たら、お見合いのことを後悔しそうで。

結婚して欲しいのは保科さんです!って言ってしまいそうで。

でも、自分で決めたことだから。
そう思っていたのに。

[すみません。行けません]

その返信すら、指が震える。

本当は、行きます!って送りたくて仕方なくて。

でもそれを理性が抑えて。

するとそう返した直後に既読の文字になる。

え、もしかしてずっと開いてた?って思うほどの速さで。

[何でなん?]

無機質な文字がまるで怒っているように見えた。

[明日は用事があって]
[何の用事?]
[色々と、です]
[僕に言えんの?]

い、言えるわけないじゃん!!
お見合いなんて!
保科さんにバレないようにしてきたんだから!

[とにかく、色々です!]

って、押し切るように返せば。

[最近、君に会えなくて寂しいんやけど]

って、きたから胸が跳ねた。

[なぁ、会えんの?]

って。
無機質な言葉の羅列でしかないのに甘く囁かれたような。
そんなふうに聞こえて。

[会えません。ごめんなさい]

震える指で送信を押す。

これ以上は危険だ。
明日のお見合いなんかより、保科さんと飲みを優先してしまう。

諦めさせて欲しかった。
私のことを好きじゃない保科さんのことなんか。

私がひとりバカみたいに保科さんを好きで飲みに浮かれてしまう、そんな時間をもう手放したくて。

ピコン、と通知音が鳴ったけど私はそれを見ないように画面を消した──





お見合い場所は一度行ってみたかったレストランだ。

上司から「どこか行きたい場所ある?もちろん奢り」って、私のわがままで行うことになったお見合いなのに、上司はそうに言ってくれて。

「そんな、悪いです」
「何言ってんの。息子もお見合い出来るの楽しみにしているから気にしないで。で、何処がいいの?」

なんて、言われてしまったら断ることなんか出来なくて。

「じゃあ、駅前のホテルのレストランが良いです」

って、言って気がついた。

そう言えば保科さんと飲んでるときに一度このレストランの名前を出したことがあったなぁって。

「夜景が綺麗で料理が美味しいらしくて、完全予約制で個室で、そんなところで一度はプロポーズされてみたいです!」

って言ったら「一度は、ってことは二度もされる気なん?」って言われたから「それは言葉のアヤってやつです!」って、返した気がする。

本当は、保科さんと行きたかったんだけどな……

そう思っても、もう保科さんとは行けなくて。
それなら保科さんじゃない別の人と願いを叶えるのも良いかもしれない、なんて思った。

以前、保科さんとの飲みで浮かれて着たワンピースより値段も高くて上品で生地もしっかりしてる、そんなワンピースに身を包み私はホテルのフロントにいた。

ソワソワする。
これから上司の息子さんとお見合いをする、ということが現実味を帯びてきて。

今日これで本当に保科さんへの気持ちとはお別れだ、ってそう思うと、ズンと心が重くなって、さびしくて。

そういえば昨日、私は保科さんとの飲みを断ったけど、あれからどうしたんだろう?
って気になった。

私ではない誰かと飲みに行ったのかな?
もう、保科さんとお酒を飲むこともふざけた話をすることもないんだなって思ったら鼻がツンとしてきて。

あぁ、これからお見合いなのにこんな気持ちじゃダメだ。

外の景色でも見て落ち着こうと思って、顔を上げたら、ここにいるはずのない人とバチっと目が合った。

幻覚……?

そう思って固まっていれば「何で此処におるん?」って、保科さんはそう言った。

それは私の台詞です。
何で保科さんがここにいるんですか?

いつもよりカチッと着こなした服装。
見た感じ連れはいなさそうだった。
ひとりでホテルのフロントに、少しだけ良い服を着ている。

それを見て、ピンと来た。

下見だ。
保科さんは誰かとここに来るつもりだ、と。

女の直感は当たる、とはよく言ったものだ。

そもそも男性だけや、会社の人たちだけでホテルのレストランを飲みの場所に選ばない。

と、いうことは女性だ。

しかも特別な女性と此処に来るつもりだ。

それが誰かなんか想像つかない。

そもそも休みの前日はお互い飲んでいたのだ。だからそう言う人がいるなんて考えたこともなかった。

そういえば私は保科さんから「彼氏はいるか?」と聞いたことはあったけど、私から「彼女はいるのか?」って聞いたことはない。

勝手に私が保科さんは彼女はいないと思い込んでいただけで、実際は彼女がいたんじゃないか?

その彼女にプロポーズするためにここの下見みに来たのではないか?

私が一度、プロポーズされるなら此処がいいと言ったレストランで。

保科さんは、私の意見を参考にして此処に来たのではないか?

私がプロポーズされるなら保科さんが良いと思った場所で、保科さんは違う女性にプロポーズをするんだ。

そうと決まったわけじゃないのに。
それでも、保科さんがここにいる理由がそれ以外に見つからなくて。

さっきまで保科さんことを思うのはもう終わりって思っていたはずなのに、いざ本当に終わりになるってなったら、胸が苦しくて。

息が出来なくて。

目がウルウルと潤んできて。
それに気がついた保科さんは何やら怖い顔してカツカツと靴音を立てて近づいてくる。

「何で泣いとん?」
「…っ、な、泣いてない、です」
「強がんなや」

って、ポケットからハンカチを出して私の目に当ててくれる。

「っ、まだ泣いてないです」
「まだ、ってことはこれから泣くんやろ?」
「……保科さんの前では泣きません」

それは私の取るに足らないプライドで、そう言ったんだけど。

「は?」

保科さんは不機嫌そうに低い声でそう言うから、私の体がビクッと跳ねた。

「何やねん、この前から」
「え?」
「仕事中は全然顔見えへんし、飲みには断られるし、挙げ句の果てには僕の前じゃ泣きません、って何やねん」
「ほ、保科さん?」
「それに、何やその服」

ふ、服?

そう言われて自分の服を見るけど特に変わった様子もなくて。

「ワンピース、ですけど」
「そんなん見れば分かるわ。そうやなくて、僕が言ってんのは何でそんな着飾ったモン着てるかっちゅーことや……男とでも会うんか?」

最後の台詞は、地を這うような、そんな声色で言われて。

まるで男やないやろ?そうやろ?と脅すような言い草で。

でも。

「そ、そうです」
「は?」

「これから、お見合いなので男性と、会います」

目は、合わせられなかった。
合わせたら後戻り出来ないような気がして、怖くて。

保科さんが何を言うのか分からなくて、ドッドッと鼓動が大きくなって背中から汗が流れ落ちる。

静寂を打ち破ったのは保科さん。

「……どこのどいつや?」
「え?」
「だから!どこのどいつとお見合いするねん!」
「え、あの上司の、息子さんと」
「上司って、何でそんな話になっとるん?まさか無理矢理か?!それなら僕が」

保科さんは目を見開いて、心配そうに言ってくれたんだけど、それは誤解で。

「いや!私がお見合いしたいって言ったんです!」
「は?」
「一刻も早く、結婚、したくて」

保科さんを忘れるために。とは流石に言えなくて。

「……それで何で上司の息子になんねん」
「そ、それは私が、お願いしたので」

って言えばまた「はぁ?」と理解できん、と言うような声で保科さんはそう言って。

「一体何やねん…」

って、溢した。

パシンと、手のひらで自分の目元を覆った保科さん。

少しの沈黙とともに、指の隙間から保科さんと目が合った。

その瞳が、見たこともない色をしていて。熱く燃えていて。

「君と結婚するの、僕やと思ってたんやけど」
「え?」

私の反応なんか無視をして保科さんは喋り続ける。

「何なん?思わせぶりな態度取っておいて、僕のこと好きちゃうんかったん?」

思わせぶりな態度って、それは保科さんの方でしょ。
休みの前日に飲みに誘って、誉めて、口説くようなことを言って、私の心を弄んで。

って、言いたかった。
でも、保科さんの目が雰囲気が、その台詞がまるで私のことを好きだって言っているようで。

「ま、まって……だって、え?」
「君がプロポーズされるなら此処が言いって言うから、最近会えてへんし結婚前提に付き合う話するつもりやったんやけど」

本当に待って、頭が追いつかない。
結婚?前提?付き合う?
ねぇ、それってつまり。
全部、私の勘違いじゃないって確認させて。

「保科さんって、私のこと好きなんですか?」

私の質問に保科さんは、ふぅと息を吐いて。
そして、ニコニコといつもの笑みを浮かべる。だけど異様な圧を背負って、目を軽く開けて。

「これから会う見合い相手からどうやって君を奪うか考えとる程に、な」

ひゅっと、喉が鳴った。

保科さんの刀が喉に突きつけられたような気がして、背筋がゾクッと冷えた。

でも、それなら何で。

「何で、『結婚したらええやん』って『君ならすぐ結婚相手見つかるやろ』って言ったんですか?」

そうだ。
元はと言えば保科さんがそう言ってたから。
だから。

「それは、僕と結婚すればええやん、って意味やってん。すぐ結婚相手見つかる、ってのも近々僕が、結婚相手になるつもりで言ったんやけど」

は、はぁぁぁぁ???!!
何それ!!
何それ何それ何それっ!!!!!
そんなの

「分かるわけないじゃん!!」

もっとちゃんと伝えてよ!
特にW僕がWのところを!!

「いや、逆に何で分からんのや。休みの前日に2人だけで飲み。それを毎回やで?」
「そ、それは」
「何とも思ってない女誘うほど、僕かて暇やないんやけど?」

顔を覗き込まれながらそう言われて。
チラッと見た保科さんのこめかみには青い筋が浮かび上がっていて。

あ、怒ってる。

って思った。

そうだ。
この人は第三部隊の副隊長、保科宗四郎だ。
休みの日だって、要請があれば出動しなければならない。そんな人だ。

だとしても。

「言ってくれなきゃ、分かんないです……」

そんな凄い人が私のこと好きになると思えるほど私は自信がない。

だから言葉にして欲しいって思うのは我儘なのかな……

って思えば、じわ、っと涙がまた目頭に溜まって。

保科さんのハンカチで目頭を抑えれば「っ、」と音が聞こえて。

「……誤解するようなこと言って、すまんかった」

ポンと私の頭に手を置いて「これからはちゃんと口にするから、だから君も僕にどうして欲しいか、言ってくれへん?」って、保科さんにしては珍しく弱々しい口調でそう言われて。

優しく頭を撫でる手付きに、ずるいって思った。
こんなの、素直になるしかないじゃん。

「私も」
「おん」
「私も、保科さんに奪われたいって思ってます……」

ピタッ、と頭を撫でてる手が止まった。

私も保科さんと同じ気持ちだから。
奪ってくれるなら、どうか私を奪って欲しい。

後戻りできないところまで保科さんに奪われたい。

「これは、気張らんといけんなぁ」って保科さんはそう呟いて。

「ってか、そもそも何でお見合いやねん。マッチングアプリとかなら簡単に奪えたっちゅーに」
「いや、マッチングアプリは信用していなくて」
「君のそういう危機管理意識の高いところ好きやけど、今回ばかりは裏目に出たなぁ」

はぁ、とため息をつく保科さん。

「しかもよりによって上司の息子って。難易度高すぎやろ」
「う、す、すみません」
「まぁ、今回は僕が悪いんやけど」

いや、私も保科さんの気持ちを確認せずお見合いすることを決めてすみません。

そんな気持ちでいれば、ほあさんは安心させるように私の頬をひと撫でして。

「相手が怪獣だろうが、上司の息子だろうが君を奪い返すためなら何でもするわ」

優しく、甘くそう言うから胸がきゅんと音を立てた。

「いやいや、第三部隊の副隊長と戦わないといけないなら僕は不戦勝で良いです」

って、スーツを着こなした男性が突然現れた。

でも私はその顔に見覚えがあった。
写真通りの優しそうな顔。でも今は少し困った顔をしていて。

「あの、もしかしてお見合い相手の」
「初めまして。君が僕のお見合い相手で良かったのかな?」
「え、あ、はい。そうですけど」

あれ?お見合いするために上司に私の写真は送っているはずだ。

そこまで盛ったつもりも、詐欺だ!と言われることもないような、ちょっと化粧した平凡な写真を。

それなのに、この人は初めて私を見るような口ぶりで。

「いや、すみません。父からオペレーションの人とお見合いだと聞いて、てっきり小此木さんだと思っていまして」
「えっ!?」
「以前からパンフレットで小此木さんのことを知っていて彼女なら、と思ってお見合い話を受けたんですが……どうやら僕の勘違いだったようですね」

そう言ってチラッと保科さんを見て。

「しかも怖い彼氏さんもいるようですし」

怖い?

って、不思議に思って保科さんを見た。
だって、私の知ってる保科さんは基本的に人当たりがいいから。特に初対面の人には。

だから、息子さんの言ってる意味が分からなくて。

それなのに、ほどさんはサッと私の目元を手で隠した。

え!?
何っ!何で隠したの!?

目の前が真っ暗になって、保科さんの手を取ろうとするけど全く取れなくて。

「父からは僕から伝えておきますね。それでは失礼します」

って、挨拶をして遠ざかる音が聞こえて、ようやく視界が明るくなった。

「あの、保科さ、」

私が名前を呼ぶと同時に保科さんはその場でしゃがみ込んで自分の顔を隠して。

「一体何やねん!!」

って、呟いた。

「この短時間でめっちゃ色々考えとったんやで!それなのに!この結末!!」
「あはは、まぁ一件落着ってことで良いじゃないですか」

そうだ。
拍子抜けするほどあっさりと、お見合いは終わった。

しかもお互い好きな人がいる、というどうしようもない理由で。

私はホッとしているが、保科さんはそうじゃないみたい。

顔を覆っていた手を外して、保科さんは私を見て、そして。

「……一件は落着したが、別件はまだ落着しとらん」
「え?」
「君へのプロポーズ、せなあかんやろ」
「っ!」

本気、だったんだ。
いや、嘘だとは思ってはいない。
思ってはいないけど、心の準備が出来てなくて。

それに、プロポーズされるなら此処じゃなくて。

「せっかくここに来たんやから、スケジュール合わせてレストラン予約して、」

そう続ける保科さんの言葉を私は遮った。

「いやです」
「おん?」
「ここじゃいやです」
「は?どう言うことや?」

素敵な夜景も美味しい食事も完全個室で予約制の部屋も、憧れていた。

こんなところでプロポーズされたいって。
でも、私には不釣り合いだ。

だって早くこの上品でお高いワンピースを脱ぎ捨てて、いつもの日常に戻りたくて仕方がなくて。

「いつもの居酒屋が、いいです」

いつもの保科さんと私だけの2人だけで過ごす場所。

肩肘張らずに、自分らしくいられる場所。

首をほんのり赤くしてトロンとした目で私を見つめてくれる保科さんが見れる場所。

「あそこが、良いんです」

私にとって大切な場所だから。

そう言って保科さんを見れば「敵わんなぁ」って呟いて。

「それなら次の休み覚悟しいや」

って、そう言われて。

「……はい」
「君、意味分かっとるんか?」
「?、わかってますよ」

プロポーズ、されるんですよね?
って、そう思って見つめれば保科さんは

「ほら、何も分っとらん」

って。

「さっきから何ですか」
「じゃあ聞くけど、お店出たあとどうするつもりなん?」
「え、いつも通り」
帰りますけど。

そう言おうとして、あっ。と気がついた。

そこでようやくジワジワと顔に熱が帯びて。

「ようやく気がついたか」

そう言うと保科さんは、ニコニコといつもの笑みを浮かべて。

「次の休みは朝まで返さへんから」
だから覚悟しいや?

って囁かれて。

ホシナさんの特別になる、という意味を私はまだこのとき全然理解できていなかった。

それをこれから時間を掛けて、私は保科さんに教わることになるのだった──

おわり






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