雨の中、喧嘩した恋人を待つ話

「〜っ、げ、弦のバカ!もう知らない!」

そう言った彼女は声を少し震わせていて。涙目でボクを睨み上げていて。

華奢な肩はカタカタと、体はワナワナと震えていた。

幾度となく喧嘩した彼女のこんな姿は初めてで、心の中で、うっ、と気まずくなるほどで。


それはいつものようにくだらない喧嘩だ。


彼女はゲームをしているボクを怒ったり、掃除してください!と注意したり。

それが気に食わなく始まった言い争い、だった気がする。

いつも喧嘩の内容は同じだから始まった理由は記憶にない。

彼女だって学習すればいいのに学ばないし、ボクも彼女の発言に君はボクの母親か?とイライラした。

ボクの母はとうの昔に死んでいる。
生きていたときでさえ部屋を片付けろと口うるさく言って来たことはない、はずだ。

昔の記憶は曖昧だが。

それでもボクは君に母親になってほしいわけではないんだが、と思わず苦虫を噛み潰したような顔をしたのだったつい最近。

君はボクの母親ではない。
ならば何なのか?

君はボクにとって唯一無二の称号を与えてやったはずなのに。

彼女はその称号から外れた言動ばかり取る。

母親代わりなど君に求めていない。ボクが君に求めているものは……


それを素直に口に出来るはずなどない。出来たら苦労などしていない。


はぁ、とため息がついたのは必然。
目の前の彼女はそれにビクッと可哀想なほど肩を跳ねさせたから、は?と思った。

これはイライラしての、は?ではない。何かをやらかしたと焦っての、は?である。

このニュアンスの意味が分からない、と長谷川には言われたが、繊細じゃない無骨な男にはこの違いも分からないのか、と呆れてしまった。


鳴海が繊細?と聞こえた声はその時無視をした。


彼女は相変わらず震えていて。その体を抱きしめて「ごめん」とボクが言えばこの場が収まるとは到底思えなかった。

それを分かっていたから、限界だというようにポロっと瞳から溢れた涙を見て見ぬ振りをして、ボクに背を向け隊長室を出て行く背中をただ見つめていた。


……フン!ボクは悪くないからな!!

くだらない喧嘩だ。いつもみたいな。そう、いつもみたいな、はずだ。


何も心配しなくていい。彼女はボクにゾッコンなのだから。

この前だって「鳴海隊長が一番強いですもんね!」ってきらきらした眼差しで言ってきたくらいだ。


だからちょっとしたら彼女は戻ってくる。いつもの親友が経営しているというカフェで頭を冷やして帰ってくるはずだ。


……ボクは謝らないぞ。


そう思ったのにゲーム機がミシッと音を立てていて。

彼女と喧嘩するのはこれが初めてではない。やり取りだって毎回似たようなものに。

胸騒ぎは収まることなく、ゲームをすれば画面には[Game Over]の文字ばかり現れた──




天気が悪いな、と思ったのはそれからすぐのことだった。

省エネ体質のボクは部屋にいることが多いから普段天気など気にしたことはない。

だけど外の曇り空がどうしても先ほどの彼女の表情に重なり居心地が悪い。


これで雨でも降って来たら……

そう思えば、やはりポロッと流した彼女の涙を思い出し胸がギュッと締め付けられた。


あ"っー!!くそっ!!
イライラする!!
なんでボク様がいちいちこんなことを考えなければならないんだ!!
もう我慢ならん!!
さっさと謝らさせよう!
そうすればこの胸のモヤモヤもなくなるだろう!!

そう決意し彼女が走って出て行ったのと同じようにボクも隊長室から出て行って──





ハァッハァッ、と息が上がる。

くそっ、こんなことならスーツを着てくれば良かった!スーツさえ着ていれば体は軽く、さっさと着くのに!!
しかもいつもの癖でゲーム機を持って来ちゃったじゃないか!!


手に持っているゲーム機を見ながら、クソっ!と吐き捨てた。

今にも雨が降りそうな曇り空というのに持ってくるのはゲーム機ではなく傘だろう!と分かりきったツッコミを入れる。

雨が降りそうだ、早く行かなければ。

彼女の居場所のカフェは一度だけ行ったことがある。

古民家と怪獣の被害により壊れた家がある場所から少し離れたところにひっそりと経営されていたから。

よくもこんなところで……

そう思えば、趣味みたいなものだから、とそう言って忙しくする気もなく儲けるつもりもないカフェは隠れ家的な存在でひっそりと開店されていた。


「いいところでしょ?」

そう笑う彼女に、どこがだ?と鼻で笑いたくなったが彼女と彼女の友達が嬉しそうにしていたから「……ぼちぼちだな」と言っておいた。

ここで貶すほど空気が読めない人間ではない。


そう思っての発言だったのに彼女は「気に入った、って」と的外れな訳し方を友達にしていた。


気に入ったなんて一言も言っていないだろう!まぁ、ここの搾りたてオレンジジュースは悪くないが!!


そう言いたかったが彼女は友達と楽しそうにおしゃべりをしてボクに見向きもしない。

……まぁ、いいか。

訂正するのも面倒だ、そう思って出されたチョコレートケーキにフォークを入れる。


彼女の弾んだ声と友達の落ち着いた声をBGMにして食べるケーキに悪くはないな、と自然と口の端が上がったのを覚えいて。


「……ここら辺だったな」


肩で息をしながら周りを見渡せば古民家と怪獣被害に遭った家。

記憶通りの場所。それをたった一度しか来ていないのに道を覚えているなんてやはりボクは天才だな、と自画自賛した。


「さて、」

迎えに行くか、と足を一本踏み出したが、店に入り何と言うつもりだ?と、どこからともなくそんな声が聞こえた。

謝るつもりか?何て?本当に自分が悪いと思っているのか?それとも彼女が悪いと?別に来なくても彼女は頭を冷やして帰ってくるのに?何でわざわざ迎えにきた?


……それは。


そもそもお前の迎えを彼女は望んでいるのか?


ピタリと体が止まった。
そのくせ、ドクドクと心臓は嫌な音を立てるから、クソっ!と苛立った。

彼女はボクを待っている、はずだ。
彼女はボクを許してくれる、はずだ。
何故なら彼女はボクのことが好きだから……本当にか?


そう自問自答のやり取りをしてヒュッと喉が鳴った。

最近は喧嘩ばかりなのに?


そう考えた瞬間、心臓から体全身が一気に冷たくなった。

「っ、」

…っ、あぁっ!くそ!!弱気になるなんて、ボクらしくない!!

ままならない想いを感じれば、ポツリポツリと雨が降って。

そこからあっという間にザーッと降り始めた。

体を濡らしながら、ついに降って来やがった!と空を睨みつける。

仕方ないから、とカフェではなく古民家に雨宿りする選択をしたのは、ボクがチキンだからではなく、彼女がまだ怒っているだろうから、彼女の意思を尊重してだ!と誰に言うでもなく言い訳を並べて。


本降りとなってきた雨の中を歩くにはやはり傘が必要なほどで。

仕方なく辺りを見渡せば紫陽花が咲いていることに気がついた。


前来たときは咲いてなかったそれに目が釘付けになる。


当たり前だが月日はあっという間に流れていく。

梅雨が終われば初夏になり、初夏が終わればあっという間に蒸し暑い夏が来る。


同じ日なんかないというのに。

センチメンタルになるのは雨が降っているからか、彼女から溢れた涙が頭から離れないからか。


はぁ。
分かった、いいさ。


自然な動作でゲーム機を持ち直す。長年の癖はそう簡単に直らない。


彼女が出てくるのは最低でも1時間。

もしかしたら雨が止んでから店を出るかもしれない。

彼女が店から出てくるまで、随分と長そうだな。

何度目かのため息。

知っているか、紫陽花。
お前の花言葉は「移り気」「無常」らしい。別にそれはボクにも似ているからいいが「浮気」はボクとは正反対だな。

それと、別にお前のこと好きじゃないが「辛抱強さ」は割と嫌いじゃないさ──



雨が止み終わったのはそれから一時間過ぎのこと。

きらきらと雨粒が輝くのは紫陽花だけではなく。

カランカラン、とお店のドアが開く音がすれば彼女が出て来た。

眩しそうに空を見上げた目元が少し赤くなっていたから胸がズキンと痛んだ。


「……おい」

そう声を掛ければ驚いたような顔。何か言い出す前に「帰るぞ」と無愛想にしか言えない自分に殴りたくなった。

せめて、そう思い彼女の手を無理矢理掴んだのは精一杯の譲歩だった。

びっくりしたような彼女が「弦、手が……」と小さく言ったが聞こえないフリをして。

それでもその後彼女は熱を分け与えるようにボクの手を摩るから、愛おしさと情けなさで胸がいっぱいになった。





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