保科さんに誕生日デートをドタキャンされる話

【保科さんに誕生日のデートをドタキャンされる話】
デートのドタキャンなんて、今に始まったことではない。

でも、今日だけは。
今日だけは、来て欲しかった──

「保科さ〜ん!この日デートしませんか!?」

そう言って職場の保科さんのカレンダーに勝手に♡マークを付ける。

ふふん、保科さんがこの日休みなことはすでに把握済み。何故なら、この日休みにするように亜白隊長にお願いしたのはこの私なのだから!!

「ちょ、勝手に♡マーク付けんといてな!」
「いいじゃないですか〜?たまには私にも構ってくださいよ〜。この前のデートだって警報なって救助することになったので!」

そうなのだ。この前ようやくお互いの非番が被ってデートだ〜!!とはしゃいでいたのに怪獣が現れてそれどころではなくなってしまった。

保科さんはそのことを覚えていたのか「それもそうやな……」って一瞬考えて「じゃあその日デートしよか」って頷いてくれた。

わ〜い!

「そしたらこの日のデートは私がエスコートしてあげますね♡」
「何やそれ」

って呆れて言えば「ほな、よろしゅう」って持っていた資料に目を落とす。

その仕草が私との会話はもう終わりだ、と告げていて。

私はもっと保科さんとお話したかったのにな、差し入れでモンブランを買ってきたから一緒に食べたかったのにな、ってちょっとだけ、ほんのちょっとだけ胸が痛くて。

「じゃあこの日楽しみにしてますよ!あと差し入れ持ってきたので食べてくださいね!失礼しました〜」

ドアノブに手を掛けてパタンと扉を閉める。

ケーキ、別々に入れて貰って正解だったな。

モンブランは保科さんの部屋に。
そして、私が食べようとしていたチョコケーキは今、私の手元にある。

多分、こういう弱気なところがいけないんだろうなぁ。同じ箱に入れて貰えれば、あとで保科さんが私の分のチョコケーキに気がついて「一緒に食べんの?」って連絡がくることだってあるかもしれないのに。

もしくは私が「買ってきたので一緒に食べましょう!」って、グイグイ攻めて行けば良かったのかもしれない。

でも、保科さんが「一緒に食べんの?」って言う未来も、私が「一緒に食べましょう!」って言う勇気も、買ったときにWないWと思って……

あーぁ。恋人なのに。
おかしいな。
付き合っているのに保科さんとの距離が近づいてないような、逆に最近遠のいてるような……

でも、それでも良いと言ったのは私だ。

私の告白を「忙しいから、時間作れんよ」

そう言って断ったのは保科さんだから。

「それでもいいです!」
「いや、でもなぁ」
「付き合って邪魔だな、って思ったら別れてもらって大丈夫なので!」
「でもなぁ」
「今生の願いです!!」
「それは重すぎやろ」

私の強引な押しに保科さんが「……ムリや、って思ったらすぐ別れるからな」って、承諾してくれた。

そんなこんなで始まった私たち。

最初は保科さんの恋人になれたことに浮かれて、うれしくて。
でも、ムリって思われたくないから接触も連絡も抑えていたのに。

[今何してるん?]

以外にも連絡を寄越してくれたのは保科さんで。

[お休みなのでカフェに来てます]
[えぇな。今度僕も連れてってや]
[もちろんです!保科さんは何してますか?]
[仕事の休憩中。このあと新人と訓練]
[がんばってください]
[ありがとう、ほな行ってくるな、休み楽しんでな]

他にも休憩のときとかお休みの日はマメに連絡してくれて。

初めてのデートも「デートしよっか?」って言ってくれたのも保科さんからだった。

「え?」
「この前言ってたカフェ、僕も丁度気になってたんよ。この日休み一緒やし、どうや?」

なんて、言われて、浮かれて。

その日は無事デート出来たんだけど、3回に1回は警報が鳴って、デートがなくなったり、民間人の避難誘導をすることになって。

5回に1回は、保科さんの急な仕事でドタキャンされて。

「ホンマにすまんな」
「いいんです!私は保科さんといられるだけ、ううん、見れるだけで幸せなので!」

私にとって保科さんはそれぐらいの存在だから拝んで一礼すれば「僕は教祖か!?」なんて、言われて。

「我の心は保科様のお心のままに」
「いや、乗らんでえぇわ!」
ノリ良すぎ、やろ。

笑う保科さんにホッとした。

だって、もしここでムリって思われたら別れ話されるから。

面倒くさいとか思われたくないからわがままなんて言えない。例え、[今度のお休みいつですか?]って連絡に返信がなくても。どんなにドタキャンされようと、私はどうすることもできない。

保科さんに八つ当たりも「寂しかった」って言うことも目の前で泣くことも。

出来ないから、私は冗談を言うしかなくて。

いつしか、

「ほな、またな」

って、言葉も。

本当に『また』があるんですか?って
疑うようになって──






そんなうじうじした自分の思いに区切りをつけるため、私はデートに誘うことにした。しかもただのデートではない。
この♡マークを付けた日。
この日は私の誕生日だ。

保科さんは知らないと思う。
逆に知らないでいてほしいと思った。

だって休みの申請のときこの日は普通に出勤可にしていたから。

恋人の誕生日を知っていて出勤にしている方がダメージがデカい。

それなら知らないでいてほしい。

でも。

「彼女の誕生日を知らない、か」

ハハ、と乾いた声が漏れる。

あー、保科さんって私に興味がないんだな、って。
優しくて真面目な人だから『彼氏』の振る舞いをしてくれてるだけなんだな。

それでも良い、って言い聞かせるのはいつまで持つんだろうな、って。

せっかくデート出来るのに、私の心は暗いままだった──










誕生日当日は早くから目が覚めて。
朝ごはんを食べて歯磨きして、メイクもいつもは適当なのに、マッサージして保湿して、下準備から気合い入れて。

今日のために美容院を予約して向かって。

「デートですか?」

そう美容師さんに言われて恥ずかしくなる。

「……気合い入れすぎですか?」
「デートなんて気合いが入って当然ですよ。あと、緊張と楽しみってのが伝わってきて。良い日になるといいですね」

鏡越しに笑みに本来なら肩の力が抜けるはずなのに。
念の為[今日楽しみですね!]って送った連絡に返信はなくて不安だったけどその表情に少し落ち着いて「…はい」って頷いた──












待ち合わせの場所に少しだけ早く着いて、スマフォを握りしめる。

いまだに保科さんからの連絡はない。

でも、大丈夫。来てくれる。
保科さんの職場のカレンダーに♡マークだって付けたのだ。

例え保科さんが職場に来たとしてもカレンダーを見て♡マークに気がついて[すまん!仕事してた!遅れる!]って、連絡がくることだってあるはずだから。

だから、大丈夫。

って、そう信じて、待ち合わせの時間から30分が過ぎて。1時間が過ぎて、また、30分が過ぎて。

いつもなら、私も諦めて帰るんだけど今日は、今日だけは絶対に諦められなくて。
スマフォを握りしめる力が弱くなる。

何度もニュース記事を更新しても怪獣が現れた、なんてニュースはなくて。

だから、保科さんが討伐してる、ってわけでもなくて。

もしこれで。
警報が鳴れば、簡単に諦めることが出来たのに。
怪獣が来たから仕方がない、って。でも、警報は鳴ることなく。
平和な日常が続いている。道ゆく人は友達と恋人と家族と笑って。

今日はどこに行こうか、とか。ライブが楽しみだね、とか。ガチャUR引けたー!!とか、みんな楽しそうで。

あぁ、今、怪獣が来ればいいのに……

って、そう望んで、ハッとなった。

私今、何て……怪獣を討伐し、市民を守るべき職についてる私が『怪獣が来ればいいのに』って。

それは絶対に思ってはいけないことなのに。

スマフォを持つ手が震えている。

自分に酷く失望した。
弱いと思った。
結局私は、自分のことしか考えていない。

こんなんじゃ保科さんの隣にいる資格はない。命がけで戦ってるあの人に、戦場が増えることを一瞬でも望んだ私に……

もう、待つべきではない。
そして、この気持ちも、もう持ってはいけない。

ずっと好きだった。
保科さんの背中に追いつきたいと思った。
この人を守りたいと烏滸がましくも思った。
隣に立ちたいと。
私はまだ弱いままで、それでも恋人という形で隣に立てて嬉しかった。
恋人になれた。その事実だけで私は今後生きていける気がする。

今までのメッセージアプリのやり取りをひとつひとつ遡る。

保科さんはマメだった。
短い休憩中も連絡くれたし、モンブランとか珈琲とか、あと新人と飲み会したときの写真とか送ってくれた。

返信がないときもあったし、電話はしたことがなかったけど、それでもひとつひとつが幸せで。

スクロールする度に、思い出とか好きって想いが溢れて。

だけど、それももう終わり。

[今日楽しみですね!]

って、数時間前の私のメッセージは返信も既読もなく。

あぁ、私ひとりだけ浮かれていてバカみたい。

最後の連絡が、そんなバカで哀れで悲しいメッセージで終わらせたくなかった。

だから、消した。

[メッセージを削除しました]

間抜けなメッセージがそこにはあった。

メッセージと一緒に、私の想いも消してくれたら良いのに。

[好きを削除しました]

なんて、そんなメッセージが出れば良いのに。

早く忘れよう。保科さんのことは。
好きって気持ちを憧れに変えよう、って思って私は基地に戻った──












[メッセージ消えとったけど何かあったん?]
 
連絡が来たのは次の日の朝。

ズキッと傷んだ胸に、どうすれば良いか分からなくなる。

昨日デートなの忘れてましたよね?
昨日私の誕生日だったんです。
保科さんに祝ってもらえなくても一緒に過ごしたかったんです。何で忘れたんですか?
何で連絡くれなかったんですか?

感情のままぶつけたかった。
後悔してほしかった。

でも。

[友達に送るのと間違えちゃって!ごめんなさい!]

嘘をつく。

[そうか、そんなら別にええで]

ポンとすぐに送られてきたメッセージ。
早く、早く次のメッセージを送らないと。

[本当にすみません!あと急で申し訳ないんですけど別れてください!]

考えてた期間数ヶ月。
文字を打つのに5秒。
保科さんに届く時間、一瞬。

いつもなら送る前に誤字を確認するし、送ったあとも既読になったか確認する。

でも今は怖くて出来なくて。

今から仕事だから、そう言い訳をしてベッドにスマフォを投げた。

簡単な身支度をしていればピコン、ピコン、とメッセージが受信される音が続くから心臓がキリキリ痛かった。

ピロロロロロッて、今度はコール音が鳴ったけど私はそれを無視して、自分の部屋を出た──











「今日スマフォ持ってないの?」
「え、何で?」
「休憩時間はニヤニヤしたり顰めっ面したりしながらスマフォ見てたじゃない」

そんな顔してない。

そう言いたかったけどきっと保科さんから連絡があればニヤニヤして、連絡がなかったら顰めっ面してたんだろうな、って思えば言い返すことは出来なかった。

「部屋に忘れた」
「へ〜、珍しい。それなら連絡知らない?」
「何の?」
「保科副隊長、昨日から第六部隊に駆り出されてる、って」
「えっ!?」
「確か1週間くらいあっちにいるみたいよ。元々実家も向こうだし、仕事がひと段落したら実家に顔出すつもりなんじゃない?」

え、待って……昨日からって。昨日ってデートの日で……
私知らない、どういうこと?

「昨日って、急じゃない…?」
「まぁね、本当に急に決まったみたいよ。何でも人手が足りない、とか。それで元第六部隊だった保科さんが緊急で呼び出されたらしいけど」

だから昨日来なかったんだ。来れなかったんだ。

きっと職場のカレンダーだって見る暇もないくらい慌ただしかったんだ。
私が書いた♡も、見ることがないのなら意味はなくて。

……だとしても。
私はもう、保科さんのそばにいられるような人間じゃない。

怪獣が来ればいい、なんて願った私には──














保科さんがいなくて3日目。
私はいまだに保科さんからのメッセージを見ることは出来ないでいる。

保科さんが1週間いないことに最初はどうしよう、って思っていたけど別れ話をした手前、会えないというのは私の精神的負担を軽くしていた。

基地の廊下を歩きながら、さて、どうしようか、と考える。

あと4日ある。
それまでに心の整理をつけておこう。

保科さんを見ても何とも思わないように、別れたい理由をはっきり言えるように。

……別れたい理由、か。
やっぱり無難に。

「仕事が忙しくてなかなか会えないから別れたいです、ってところかな」
「それで納得するとでも思っとんのか?」
「え?」

幻聴かと思った。
でも後ろを振り向こうとした瞬間、強い力で腕を掴まれ近くの部屋に引きずり込まれて。

パタンって音とガチャって音がして。

ドアを背にして立っていたのは保科さんだった。

「な、んで?」

帰ってくるまであと4日はあるはずなのに、何でいるの!?

「『何で?』何で、は僕の台詞なんやけど」

見下ろす瞳が冷たくて背筋が凍った。

「どんな気持ちで3日間向こうにいたと思っとるん?」
「…ぁっ」
「寝ずに爆速で仕事終わらせて帰って来たんやけど誰のせいやと思う?」
「わ、たしのせい、とか?」
「他に誰がおるん?」

ひっ!!

「何や、別れたい理由が仕事でなかなか会えなくて、って。毎日会っとるやろ」
「それは上司と部下としてで」
「そんなら僕の部屋来ればええやん」

なっ!?
何を言っているんだ!?この人は!?

「付き合っとるんやから、別にええやろ」
「いや、でもそれは…っ、」
「何や言いたいことあるならハッキリせぇ」

圧が、すごい。
一体何だって言うんだ。
だって、そもそも。

「だって、」
「おん」
「保科さんに『ムリ』って思われたら別れる、ことになっちゃうじゃないですかぁ……」

そうだ。
『……ムリや、って思ったらすぐ別れるからな』って言ったのは保科さんで。

だから、彼女らしい我儘もデートも連絡も控えていて。

それこそ保科さんの部屋に行くなんて、夢のまた夢で。

それなのに、急に何なんだ、って思えば「はぁ!?」って大きな声で言われてビクッと体が跳ねた。

「いつもあんだけグイグイきて、いまさら『ムリ』なんか思うわけないやろ!」
「で、でも」
「ところ構わず『わ〜!保科さんお疲れ様です』とか『今日もかっこよかったです!』ってアイドルみたいに声掛けられるし、この前は拝んで一礼されるし、意味分からんくらいノリええし!」

うっ、なんかそう言われると自分の行いが恥ずかしくなる。

「人の職場のカレンダーに勝手に♡書くから来る人来る人『デートですか?』ってニヤニヤしながら聞かれるし!」

ひぇっ。

確かに保科さんのところには上から下まで色んな人が訪れる。

保科さんに忘れられないように、と思って書いただけなのに、多くの人に見られていたなんて!!

「ニヤケ面されるのは癪やったけど、それに悪い気なんかせん自分もおったのは事実やし」

ん?、……え、?なに、それ?

「それに人の休み勝手に調整したの気付かんと思っとたんか?」
「えっ」
「隊長にお願いしたらしいなぁ、この日休みにしてください、って」

っ!?
それも気付かれてたの!?
亜白隊長には言わないでって、口止めしたのに!!

「そんなんされたら本来やったら『ムリ』思うけど、何や君やったら別にええかって。しかもデートするために休みにしたいって分かって……」

って、そこまで言って保科さんは止まった。何やら考える仕草をして。

「そういえば、この前デートやったな……すまん、すっかり忘れてた」
「あ、いえ。もう良いんです」
「よくないやろ、そういう不満から別れるに発展したんやから」
「いや、本当に大丈夫なんです」

あぁ、本当に忘れていたんだな。
でもそれは仕方ないことで。
それに、あの日のデートは。

「あかんやろ。埋め合わせするから、いつに」
「いつ、とかじゃないんです……あの日じゃないと、意味がなかったから」
「あの日じゃないと、って…記念日とかやったっけ?」
「……誕生日だったんです」
「……誰の?」
「……私のです」

蚊の鳴くような声で弱々しく言えば、保科さんはフリーズして。

1秒、2秒と時間が経って。

「何でそういうの言わんのや!!」

って、訓練のとき以上の大声が部屋に響いた。

「言えや!ホンマ、くだらないことはポンポン言いよるくせに!もう!!僕、最低な彼氏やん!!」
「でも仕事で」
「だとしても当日電話して祝うとか出来るやろ!そもそもそういうのさせろや!付き合っとるんやから!!」

ブチ切れである。

ここまでブチギレられると逆にこっちが冷静になってくる、というか。

「あの、ごめんなさい」
「ホンマも〜、お願いやから、堪忍してや。別れるとか言わんといてな」
「……別れたく、ないんですか?」
「当たり前やろ。じゃなかったら連絡もマメにせぇへんしデートなんかせんしカレンダーに♡マーク付けさせんし、休みも調整させんわ」

そんなこと言われたって。

「わ、分かりにくいですよぉ」

こっちは『ムリって思われたら別れる』って条件があって。
私だけが好きで成り立ってる関係だって、思ってて。

でも、保科さんの話したことぜんぶ、ぜんぶ、まるで。

「ほな、これからもっと分かりやすくしたるわ」
「分かり、やすく?」
「そうや。これから君と僕の休みが一緒なら絶対デートすること、会いたくなったら僕の部屋に来ること、それから」

『ムリって思われたら別れる』って条件だったのが、今度は全く別の色をした条件が付け加えられる。

聞くだけで甘い条件に口を挟むことなんて出来なくて。

「毎年、誕生日は一緒に祝うこと」

保科さんの薄く開けた瞳が、甘い色をしていたから腰がゾワッと震えた。

な、にそれ……
だって、そんなことあっていいの?
毎年?
毎年、祝ってくれるの?

「なぁ、遅くなってごめん。誕生日おめでとう、それから」

内緒話をするように保科さんは私の耳元で「好きやで」と囁いた。

「来年こそは一番に祝わせてな」

絶対に聞けないと諦めていた言葉たち。それをこんな短時間で浴びせられ、しかも保科さんの雰囲気が甘くて。

あぁ、私の誕生日に私は世界で一番幸せになるんだろうな、ってそう確信したの──



おわり


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