保科宗四郎はとある女性隊員の信頼を手折りたい


手折ってしまおうか、安心したように寝息を立て、僕の肩に頭を預け寝ているこの隊員の信頼を──




職場の忘年会。無礼講、という言葉に踊らされ彼女は飲んだ。飲んで飲んで飲みまくり、そして寝た。
 
何人かの男たちが彼女を「送る」と言っていた。それは面倒を見ている後輩が心配だからか。いつも競い合っている同期の珍しい姿を揶揄うためか。それとも下心を持ってか……それが分からぬほど隊員たちのことを見てきてはいない。

「僕が送るわ」

そう声を掛けるのは必然だった。

「よろしいんですか?」
「まぁ、部下の失態の面倒を見るのも上司の勤めやからなぁ」

半分本当。
半分タテマエ。
 
嘘を上手に吐くコツは嘘と事実を織り交ぜること。処世術として身についたそれは、今回も上手く発揮できたようだ。

僕が現れれば散り散りになる隊員たち。

なんや、奪う気概はないんかい!とツッコミたくなったが、そんなことをして「やっぱり俺が!」と言われても面倒だから関西人の血を何とか黙らせる。

まぁ、奪いにきたとしても譲らへんけど。

チラッと酒を飲んで寝ている彼女を見下ろす。

先程「送る」と言った者には彼女に純粋に好意を寄せる者もいただろう。だが、他人の恋心を手伝うようなお人好しな行動をしないのはただひとつ。

とりあえず彼女を移動させなければ。
 
そう考え彼女の体を抱き寄せた──









タクシーはすぐ見つかって僕と彼女を乗せて発進する。僕の肩に頭を預けすやすやと寝息を立てる彼女に満ち足りた想いと、黒い感情が顔を出す。

彼女は一生懸命な子だ。この防衛隊で一生懸命な人間はいないが、その中でもとにかく必死、という言葉が似合う。もがき苦しみ、限界を越えようとしている。だが、努力は常に報われるとは限らない。……己のように。彼女が第一部隊ではなくて良かった。きっと第一部隊だったら彼女はやっていけないだろう。それに……
  
一瞬だけ、髪の毛の端を白に染めている男がチラついた。

『あれ』には一生見つかってほしくないわ。
 
何となくだが嫌な予感がする。だから彼女はしなない程度に強くなって、一生僕の部隊にいればええ。

僕が守ったる。

そう思うのと同時に安心して眠っている彼女の信頼を手折ってしまいたかった。
さっきだって抱きしめて「帰るで」と声を掛ければ「ん〜?保科副隊長は?」と、ふにゃふにゃした声で呼ぶのだ。ドキがムネムネするやろ!!

「僕も一緒に帰るで」
「へへ、それならいいです」

それならいいって、どう言う意味や。あとなんや、その「へへ」って笑いは。それに意識あるなら自分で歩け。ちょ、寝るな。って……あも〜、しゃあないなぁ。
 
と、結局彼女の面倒を最後まで見るのだが、ここまで面倒見て何もない、というのは些かつまらんなぁ。
 
むくり、と意地悪な思いが起き上がる。タクシーの運転手に「次、裏道に入ってください」と言えば「はい」と返ってくる。

『裏道』がどんなところか、分からないほど運転手も野暮ではないだろう。
 
次第にキラキラと光ネオン街に入れば、僕はタクシーを止めた──









ゴロン、と彼女をベッドに寝かせる。ホテル特有の匂いや硬いシーツは得意ではない。だが、それが気にならないほど今の状況に高揚している自分もいる。

ギシッ、のベッドが二人分の体重を乗せて鳴った。両手を彼女の顔の横に付き、上から見下ろす。僅かに開けた口が、すぅすぅと安心したように呼吸を繰り返している。

上下している胸をじっと見つめたのは男なんやししゃないやん、と誰にするでもない言い訳を心の中で呟いた。
 
やっぱり僕が送って正解やったわ。

先ほどの隊員たちを思い出しながらそう思った。やることは変わりないが、きっと彼女も少しは警戒心を持つようになるだろう。

彼女の頬を撫でたのは無意識だった。
 
嫌われたくない、だけど嫌われて意識されたい。信頼しきっている顔を絶望の淵に落としてやりたい。上司としてではなく男として見られたい。理解せてやりたい。その体に心に、君がいつも頼る保科宗四郎という上司が、君にどんな想いを抱いているのか。

「はっ」

嘲笑が漏れた。
 
いつか言った台詞がある。『隊員同士仲良くなるのは程々にしておいたほうがええ』と。
『いつ誰に何が起きてもおかしくない仕事やから』
 
その『いつ誰に』は自分も含めて言った台詞やった。
 
情に絆されるな、距離感を保てと、さもなくば辛い思いをするのは取り残された方や、と自分が一番知っとるのに。
 
これは罰や。
忘年会で酔い潰れたことも。他の男に隙を見せたことも。安心しきったように僕に身を委ねたこと。
 
……罰は受けんとな。
 
ギシッ…
 
僕が動けばベッドは軋む。
彼女の洋服のボタンに手を掛け、そして──












ぶるっ、と体が寒さに震えて目を覚ます。


ここは…?

と、辺りを見渡せばホテルの一室のようで一気に血の気が引いた。

まっ!!!?
えっ!!??
 
何が起きたのか理解出来ずとりあえず昨日の記憶を呼び覚まそうとするが……

お、覚えていない……忘年会があったことぐらいしか記憶にない!
 
あ、でも保科さんに声をかけられ記憶はあるけど…そのあとの記憶はない!
 
どうしよう!!
 
そう焦る私の後ろからガサッと音がした。
 
ヒッ!
 
叫びそうになって口をを抑えた。
どうやら後ろにいる人物は寝返りを打ったらしい。
 
と、いうことは此処にはひとりで来たわけじゃない…!
 
一体相手は誰だ……?どうか知らない人であってほしい…!出来ればイケメン!!そう思い恐る恐る振り返れば。

「へ?」
 
見間違い?
 
目をゴシゴシ摩るが、現実は変わらない。

「ほ、しなさん?」
 
え??まじ??え????なんで、どうして?もしかして……

「私が、襲った…?」
「いや、なんでやねん」
 
ひょえ!?
 
独り言に返事?ツッコミ?が返ってくるとは思わず。

「思わずツッコんでしもうたわ…おはよーさん」
「お、はようございます…」
 
一体何が起きているんだ……?

隣にはシーツを被って寝っ転がっている保科さん。

何も分からない…!分からないがとにかくやることは分かる!!

「保科さん!!」
「ん?何や?」
「迷惑かけてすみませんでした!!」
「え?」
「私が酔い潰れたんですよね!?それで保科さんにご迷惑を…!」
「あぁ、まぁその通りやけど僕としても役得だったからそんな気にせんでえぇよ」
「役得?」
「でも警戒心はあった方がえぇな、こうやって朝迎えることになるから」
「そ、ですね」

Wこうやって朝迎える。W

その台詞がやけに生々しくて昨夜の記憶がないからこそハッキリさせないといけない!と思い「あの、保科さん」と声をかける。

「ん?どうしたん?」
「昨日って、その…」

ヤりましたか?

と、言おうとしたけどもっと言い方があるんじゃないか!?と思い口を噤む。

「あの、その」とハッキリさせたいのに、私の口はハッキリと言葉を紡ぐことはできなくて。

私の態度に保科さんは「あぁ」と何やら分かったように呟いた。

分かってくれましたか!?私の言いたいこと!!

期待するように保科さんを見れば「チェックアウトそろそろやから着替えんとな」と。

違う!!
違います!!
チェックアウトの時間が気になってたわけじゃないんです!!
私が気になるのは…!?

まごまごしている私を尻目に保科さんはむくり、と起き上がり、私の思考が止まった。

…え?
なんで上半身裸なんですか?

驚きで固まる私。
そして保科さんはそれはそれは優しく甘く言った。

「早よ、君も起きんと。あぁ、昨日のせいで体辛いんか?延長する?」
「だっ!大丈夫です!!」
「そう?ほな、着替えはそこに置いてあるから」

保科さんが指を指すその先は昨日着ていた服が畳んであった。

わぁ、綺麗な畳み方。

そう感動して思った。

なんで服が畳んで置いてあるの?

ピチッ、と角を揃えて畳まれている服たち。
そこに服があるということは私は今、服を着ていないわけで。それはつまり裸ってわけで。

サァァァッ!!

私の顔は一気に血の気が引いた。

え?え??えっ???

昨夜のこと、いっさい覚えてない。
保科さんに聞こうともなんと聞けばいいのか分からず。

私は呆然とするのだった──









後ろで呆然としている気配を感じて思わず笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。

小さな声で「えっ?まじ???」と言っているのも聞こえた。

ほな、どうしてやろうか。

ここで「体は大丈夫か?」とまた聞いてみようか?きっと彼女は目を丸くして「え!?」と言うのだろう。

本来は何もしなかったのに。

出来心で服は脱がしたが、それ以降は何もせんかった。

人一倍、自制心が効く人間で良かったなぁ、と思いつつ、人一倍、自制心なんか効く人間は損やなぁ、と思った。

強引にでも奪ってしまえばえぇ。彼女の反応からして全てを受け入れてくれるだろうから。

そう思いつつも欲しいのは体だけじゃないのは分かっていて──


早く僕のとこまで堕ちてこんかい。


自分と同じの想いを深く彼女に植え付けさせたいと思う僕は罪やなぁと思った。



おわり

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