事前準備が鍵を握る


フーズを完食したその日を境に、イーブイはようやく本来の旺盛な食欲を見せるようになった。
皿に入れたら入れた分だけペロリと平らげるところを見ると、この二週間近くは食べるのをずっと我慢していたらしい。
そもそも一口食べたなら半分食べようが全部食べようが同じだろうと思うのだが、そこはまた別の問題らしい。
生き物とはそう上手くいかないものだと実感するアッシュであった。
これが野生であったなら、小さな小さな一つの油断が命取りになることも珍しくはないが、イーブイは不本意であれどもトレーナー持ちのポケモンである。
普通、人間に飼われてしまえばその野生の本能は形を潜めるものだが、それをこのイーブイはずっと忘れる事が出来なかったらしい。
今まであの少年と暮らしていた半年間でさえイーブイにとっては野生と変わらず危険と隣り合わせな環境であったようだ。
しかし、一度警戒の幅を緩めたら自分に正直になったらしく、今ではブイブイと鳴いてはフーズを寄越せと催促をしてくる。

その日も、寄越せ寄越せとうるさいイーブイにとりあえずフーズを与え、完食したのを見計らってからボールへと戻すとイーブイを連れてカンポウの自宅へと向かった。
アッシュが来ることがわかっていたらしく、鍵が掛かっていない玄関を開けてカンポウへ声をかける。

「爺さん、アッシュだけど」
「おぉ!早ようお上がり!」

居間へと上がると、ラッタのブラッシングをしていたらしいカンポウはポケモン専用のブラシを持ったままこちらへと手招きした。
「お邪魔します」と声をかけてからカンポウの向かいに用意された座布団へと腰掛ける。
丁度テーブルを挟んだ向かい側にいるラッタを見やると、アッシュと一緒にいた時とは違ってとても嬉しそうな顔をしていた。
ヒクヒクと動く鼻の動きに合わせるようにして、ラッタの細い尻尾も左右に僅かだが揺れている。

「それで、どうなった?」

アッシュの腰にあるボールをみてイーブイを連れて来たと気づいたらしく、カンポウは楽しそうにこちらを見やった。
ちなみにこの腰のボールセットはカンポウが若い頃に使っていたという年期物である。
バイトの方に行っていた為、カンポウは知らないここ数日間の変化を伝えると、彼は満足そうにうんうんと頷いた。
イーブイを見せて欲しいというカンポウの要望に答えてイーブイをなるべく隅っこに出してやると案の定、険しい顔をしたまま辺りを見回しそこからなかなか動かない。
愛らしいはずのイーブイのクリクリとした目は釣り上がり、しかしやはりイーブイであるために男らしくとはいかない。
そんなイーブイを暫く観察してから、カンポウはにっこりと笑った。

「やっぱりアッシュはポケモンに好かれるんだのぅ」

ラッタには無視される、イーブイには威嚇されるこの状態をどう見たらポケモンに好かれると思えるんだろうかとアッシュは顔を引きつらせる。
しかしカンポウはうんうん、と頷きながら出てきたイーブイを和かに眺めていた。

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