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翌日、昨日と同じお昼過ぎあたりにまた湖の場所へと向かう。ちょっと遅かったかもしれない。でも時間指定なかったしな。
「マグルの作った食べ物なんて要らない」
「そう言わないで……美味しいよ」
太い幹に寄りかかり腕を組んだマルフォイ君は、危惧していた通り、大変にご機嫌斜めだった。口をへの字にして返された、一字一句違わぬ予想通りの文句に思わず苦笑する。
なんとか宥めかして勧めてみるが、マルフォイくんはぶすっとした顔でそっぽを向いてしまった。私が彼より遅れて来なければ一口くらいは食べてくれたのだろうか。なんて考えてももう後の祭りだ。
「……せっかく作ったのに」
チェック柄のハンカチの上に山積みされたクッキーを見つめる。夜更かしして母親と今世初めて作ったクッキーは全て自分の胃に収めなくてはならなそうだ。虚しさからぽつりと心の声がでてしまった。分かっていた結末ではあるが、それでもやりきれない気持ちで一枚つまみ上げ、口へと運んだ。
「まっ待て!」
「え?」
あと数センチ、というところで慌てたような声をあげたマルフォイくんに動きを止められる。顔を俯かせたまま私の腕を掴む彼はぷるぷると震えていた。表情は伺えない。
「……お前が、作ったのか?」
「うん、お母さんと一緒にね」
「……そうか」
そういうと再び黙り込んでしまう。どうしたんだろうか。……もう食べてもいいかな。手を動かせば、腕を掴む力がぎゅっと強くなった。
「……マルフォイくん?」
「それを、置け。今すぐに」
「えっあ、はい……」
低い声と、彼の放つ威圧感に畏まった口調になってしまう。素直にクッキーを戻せば彼は満足げにほう、と息を吐くとテキパキとハンカチを包んでいった。そしてしっかり結ぶとその包みを自分のポケットの中へと仕舞い込む。
「え、なにしてるの?」
「僕のために作ったなら、僕が食べるのが当然だろう。なにか文句でもあるのか?」
「ないよ、ないけど!」
さっきまでは全く違う、手のひらを返したような彼の言葉に目を白黒とさせた。別にいいんだけど。貰ってくれるなら嬉しいんだけど!
どことなく腑に落ちない気分でいれば「おいなにしてる。今日は行きたいところがあるんだ」と呆れたように言われてしまった。なんてゴーイングマイウェイ。さすが貴族様。
「行きたいところって私に案内してほしいの?」
「違う、いいから着いてこい」
そういうとマルフォイくんはさっさと歩き出してしまうので慌ててその後をついていく。この辺りに来るのは初めてなんじゃなかったのだろうか? 避暑地だとか、旅行だとかで……迷いない足取りで山道を進んでいく彼の背中に、内心でこっそり首を傾げた。
どれくらい歩いただろうか。空はもう濃紺に染まる準備を整え始めていた。一番星が存在を主張したことでいよいよ私は耐え切れなくなり、彼に話し掛けた。
「ねえ、マルフォイくん」
「……」
「……あのさ……もしかして、迷っ」
「てない!!ちょっと黙ってろ!」
いや百%迷ってるよね。
吼えるように叫んだあと、マルフォイくんは「こっち……いや、確かここの道を……」とかなんとかと、ブツブツ呟いている。大丈夫なのかな、ほんとに……。
山によく来る私でさえ見たこともないような木々の並びに、次第と不安になってくる。
「っあった! おい見ろ!!」
「なに、……わあ」
不意に嬉しそうな声で私を振り返った彼の顔には、疲れに負けないくらいの歓喜の色が滲んでいた。それに誘われるように視線の先を覗き込む。木々の合間からは色鮮やかな花々が咲き誇っていた。二人同時に顔を見合わせ、駆けていく。
ゆっくりと最後の一歩踏み出せば、その瞬間視界が一気に拓ける。そこには色とりどりの花が辺り一面に広がっていた。前と後ろでは景色が全く違う。異世界の境目みたい。青や黄色、赤に紫……言葉で言い表すことができないような幻想的な色彩の海原に、呼吸も忘れて見惚れる。花々はどこまでも無限に咲き乱れ、その一輪一輪が仄かに光を放っていた。柔らかな月光のベールの中で、花は涼やかな夏の夜風にそよそよ儚く、そして愉しそうに笑っていた。
「きれい……」
「ああ。魔法界でも貴重で、特別な花なんだ」
彼はそう軽く説明すると大きくため息を吐いてその場にどっかり座り込んだ。「その」マルフォイくんは気まずそうにこちらを下から窺う。
「実は、こんなに迷うとは思ってなかったんだ」
「体力だけはあるから平気! それより、すごいなぁ……」
「珍しい花なんだ。僕もこんなにたくさん群生しているのは初めて見た──父上が言ってた通りだ」
穏やかな、皮肉のこもってない彼の声色に自然と頬が緩んだ。ゆっくりと隣に座った。結構近い。しかしそれでも距離を開けられるようなことはなくて、思わず笑いが深くなってしまう。
「なんだ締まりのない顔して」
「えへへ……ねえ、私、今日のこと絶対忘れないよ」
「……ああ、僕もだ、……エレナ」
「えっ今……」
「なんだよ」
マルフォイくんはなんでもないような顔をしているが、目元も耳もうなじもしっかり赤い。嬉しくなって身を乗り出した。
「もう一回! もう一回呼んで!」
「断る!」
「ええ、マルフォイくんのケチ」
「ケチじゃ……それなら、お前も呼べ。そしたら考えてやらなくもない」
「えっ」
彼は私のアンコールを鬱陶しそうにしていたが、突然にやりと笑った。意地の悪い、何かを企んでいそうな顔付きだ。でもこちらとしては願ったりな提案だ。むしろ呼んでもいいんだね。
私はコホンとひとつ咳払いをする。……なんだかいきなり照れくさくなってきた。変な緊張感が漂っている気がする。
「……ドラコ?」
「……なんだ」
「…………よ、呼んだ! 呼んだから、ほら──ねえ、ドラコは?」
「そうだな、それで?」
「そっ……や、約束したのに!」
「僕は考えるとしか言ってない──馬鹿なやつ!」
ズルだとそう喚く私に彼は声を上げて笑った。その顔にギュッと唇を嚙み締める。そんな楽しそうな顔こそズルだと思ってしまった。そんなんじゃ怒るに怒りきれない、私の負けじゃん。意地悪されたのに許したくなっちゃうじゃないか、もう。
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