今日は水曜日だから右から4番目のマニキュア。黄みがかった綺麗なサーモンピンクはお気に入りだ。上機嫌になったわたしは鼻歌がてらに、椅子を引っ張り出し無造作に座る。

「うわ、すげえにおい」
「ああ、ごめんね、起こしちゃった?」
「いいや、大丈夫。続けて」

 シリウスはつまらなさそうにあくびをひとつ、ベッドの上で上半身を起こした。わたしは鼻歌を再開して、綺麗に彩られた左手を眺める。作られた美しさをこんなにもたくさん装備して、誰と戦うつもりなのかしら?戦うべき敵なんていない。悪魔はまだ来ない。

「ひとより早起きしてお洒落なんて、すごく楽しい。すごく優越感」
「嫌な女だね」
「嫌な女で結構」

 くつくつと笑うシリウスは、愛しい天使だ。サラサラの黒い髪、羨ましい。わたしの髪はパーマをあてすぎてくちゃくちゃだ。ついでに言うと、食べても食べても太らないその体とか、外で遊び回っても焼けない肌とか、高慢ちきな高い鼻とか。シリウスはわたしの理想を全部持ってる。

「クラスメイト。先輩。後輩。先生。全員きっとまだ寝てる。今この瞬間、身なりを整えて美しくなる準備をしてるのはわたしだけなの。今この瞬間、一番美しいのは、わたし」
「仰るとおり、お姫様」

 よし、右手も完璧。両手を広げて眺めると、見惚れる程の出来だ。これでいつでも戦える。でも敵はいない。いるのは天使だけ。

「おー、すげえ爪。俺にも見せてよ」
「綺麗でしょ」
「サーモンピンク。似合うね」
「ありがとう。好きな色なの。嬉しい」

 魔法で爪を乾かしたあと、衝動的に、シリウスの頬をカリ……と弱く引っ掻いた。シリウスは優しく笑って手を添えて、爪に小さくキスしてくれる。本当に幸せな時間。かけがえのない時間。なのに。

「好きだよ。ナマエ 」

 悪魔が来たらわたしが戦う。天使はここにいる。でも悪魔はいない。

「私もよ、シリウス」

 私は悪魔が来ることを待ちわびてる。


いるのは天使だけよ
(110509)afterwriting