※高校生






「ねえねえ。三成くんってさ、初恋はどんなだったの?」
「…………は?」

 俺は突然の質問に、ここ20分ほど教科書に向けていた視線を彼女の方に向けた。外では鳥がぴーちくぱーちくうるさい限りである。誰もいない進路相談室は静かさがウリなんじゃないのか? だいたい何でこの寒いのに鳥なんか鳴いてるんだ。冬眠しろ。そして何を言っているんだこいつは。そもそもこいつの名前はなんだったか? それよりも今は授業中では? 授業に出ろ。

「私さぁ、小学校1年生の時に、担任の先生を好きになっちゃったんだよねー」
「そうか。というか、」
「そのこと突然思い出しちゃって。だから三成くんのも気になったの」
「今授業中だぞ」

 俺がなんとか彼女の言葉の合間に言葉を挟みこむという荒技を成し遂げると、少しビックリしたようにミョウジ(ああ、そうだ。こいつの名前は確かミョウジと言った。多分)はこちらを見た。さも、そんなことを言われるとは思ってもいなかったという顔で。しかし彼女はそれについて何も言わず、少し経つとまた元の話題に戻るという無茶苦茶ぶりを見せた。

「私の初恋はとうとう伝えることも出来なかったの」
「…………そうか」

 俺は、ミョウジを授業に出すことを諦めた。諦めるべきことではないとは解っているが、これ以上こいつと対等に会話することは不可能だと、判断したのだ。

「で、三成くんの初恋は?」

 ……ああ、しつこいな。だいたいこいつは何で授業に出ないんだ(堂々巡りだ)。しかもよく考えてみれば、確かミョウジは2年生だ。俺はもう3年なので選択授業であるからして今の時間は授業がなく自習にあてているわけだが、2年生と言ったらほぼ全ての時間割は埋まっているわけであり、今ももちろん授業中の筈だ。(というか気付いたらタメ口・くん付けで話されているではないか。腹立たしい)

「そんなものはない」
「えー、嘘だー。絶対嘘。初恋がまだなんて絶対うそだね」
「嘘ではない。そんなことはどうでもいい。貴様は今からでも授業に出るべきだ」
「初恋これからなんて、重いなあ。わたしたちもうコーコーセーですよ」
「うるさい」

 ミョウジは俺が2年、奴が1年のときから委員会が同じで、なんだかんだと付きまとわれて今に至る。ん? つまりミョウジも学級委員ということか? 解せぬ。とにかく俺は今勉強をしていて、ミョウジは邪魔だ。しかもこいつ、授業をサボっている。学級委員のくせにだ。考えれば考えるほど、ミョウジを追い出す口実はたくさんあるのに、俺は実行に移さない。いや、移せないのだ。それはなぜならミョウジが強情で、俺の言うことを聞かないからだ。俺は十分、ミョウジを追い出す努力をしているはずだ。

「じゃあ三成くんって、これから好きになる人が初恋なんだねー」
「だからそんなことはどうでもいいと言っている。だいたい、俺は一人の人間に固執するような愚かな感情は持ってない。それよりも授業……」
「もー、そんな寂しいこと、言わないでよー」

 どうしてこうも、俺の本当に言いたいことだけを華麗に無視するのだろう。さっきからこいつにはずっとイライラさせられっぱなしだが、さすが心の広い俺だけあって、もちろん寛容に許してやる。しかし外でピーチクうるさい鳥に関しては苛立ちが収まらなかったため、俺は席を立ち窓を閉めた。

「わー、3年って勉強こんな難しいんだ。数字ばっかじゃん。きもっ」

 ……その隙にいつのまにやら俺の座っていたところにミョウジがやってきたらしい。ところで俺の座る場所がない。全くはた迷惑なものだ。

「邪魔だ。どけ。授業へ戻れ」
「妬けるなぁ。どんな人なんだろ。三成くんが大人になっても懐古するひと。いくつになっても思い出して懐かしむひと。三成くんの一生の宝物になるひと」
「フン、そんなものは一生いらん」

 俺はこの、ミョウジの人懐っこい感じが嫌いだった。どうでもいいことを喋り立てるくせに、人の話はちっとも聞かない。そのくせ反省もしないし学習もしないし、どう考えても近づきたくないタイプのバカだからだ。初恋なんて、どうでもいい話にうつつを抜かして、もう2年生の冬だというのにまだ受験勉強の準備もしていないに違いない。

「あーあ。そんなこと言っちゃって。でもさ、三成くんはわたしのこと大人になっても思い出してくれるでしょ?」

 だから、こういうところが嫌いなのだ。


蛍光灯の子ども
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