「携帯? そんなの、持ってないよ。縛られるのは嫌いだからね♥」

 優雅にサラダを取り分けながら、ヒソカはいつもの厭らしい笑みを浮かべた。でも、わたしは知っていた。それが嘘だということ。ヒソカが、わたしに本当のことなど言わないということ。

「そ、そっか。じゃあ、次、どうする? いつ会える?」
「イレギュラーな仕事だから。休みとれたらまた来るよ♥」
「あ、いつお休みか、わからないんだよね。ヒソカって、なんのお仕事してるんだっけ?」
「マジシャン♦」

 わたしは、知っていた。夜の町の路地裏でヒソカを見かけるのだ。奇妙な格好をして、髪を逆立てたヒソカの他にも、数人いたようだった。いつも慌てて走って逃げてしまうから、細かいことはあまり思い出せない。人が倒れていた。赤い水たまりができていた。ヒソカは高らかに笑っていた。ひとつ、ひとつ、思い出しながら、わたしは心地の良い吐き気に身をゆだねる。
 月に2・3回ほどの間隔で、ヒソカはいつも唐突にわたしの部屋を尋ねてきた。ヒソカが作ってくれる料理はとても美味しく、だが料理とヒソカという二つのものが余りにも似つかわしくないため、どこかふわふわとした現実感のなさがそこにはあった。今日はいつもよりも少々豪勢で、普段はつかないデザートまでついていた。わたしたちは飽きるほどの逢瀬に飽きることなく、淡々と食事をした。

「ナマエ、美味しいかい?♣」
「うん。とても、美味しい」

 食事中、わたしたちは会話という会話をほとんどしなかった。どうしてわたしたちが一緒に食事をとっているのか、初めてヒソカが押しかけてきて振る舞われた料理に口をつけたその瞬間からずっと、全くわからない。それでも、好き嫌いの多いわたしが、あれは食べられない、と言えば、次からはその食材を使わないでくれたし、あれが好き、と言えばその料理の登場頻度をあげてくれた。ヒソカは、とても優しかった。でも、優しいヒソカが、怖かった。
 あなたは、一体誰なの? そう聞くだけで、いとも簡単にはがれ落ちてしまいそうな、その優しさが。

「ねえ、ヒソカ」
「なんだい?♠」

 だから、だからこそ、わたしはヒソカとのこんな逢瀬はやめなければならない。

「携帯、本当は、持ってる、よね?」

 ヒソカは答えない。にやにやといつも通りの食えない笑顔を浮かべて、自分の用意したパンナコッタを口に運んだ。

「だから?♥」
「あ……別に、責めてるとか、そういうわけじゃ……」

 見たことがある、夜の町の路地裏で。銀色に光る携帯をポケットから出してヒソカが呟いた言葉。こっちは、終わったよ。

「ふーん、そう♦ ならいいでしょ♥」

 ヒソカは笑ったまま言った。まるで興味がないとでも言うように。

「ヒソカ」
「なんだい♠」
「ねえ、わたし、ヒソカのことが、好き」

 パンナコッタは少し甘すぎる気がして、半分しか食べられなかった。でもヒソカはそれに対してなにも言わなかった。私は久しぶりに料理を残してしまった。

「知ってるよ♥」

 それからヒソカはわたしの所へやってくることはなくなったし、夜な夜な路地裏で踊る奇術師を見ることもなくなったのだった。



gross eater
(111016)afterwriting