ナマエは、今にもスキップし出しそうな雰囲気なんか携えて、僕の前に現れた。にんまりと笑うその笑顔の意図を、僕は、知っている。その言葉をナマエの口から聞くのが辛くて、僕は先回りして言った。

「おめでとう」
「わ。ジェームズ、情報早いなあ」
「まあね」

 ニッと口角を無理矢理上げて、笑顔を作る。大丈夫かな。自然に笑えてるかな。でも、例えぎこちなくったって、今の彼女はきっと気付かないだろう。

「やっぱり私の方が早かったね。次はジェームズの番だよ、頑張ってよ色男〜」
「アハハ、できるかなあ」
「大丈夫、いけるよ!」

 長いものだった。ナマエが僕に『ジェームズにしか言えない相談ごとがある』なーんて切り出してきてから。お互いに励まし合って。夜中二人で泣いたりしたね。ナマエの思い人はレイブンクローの一つ上だ。君のおかげで僕はその人にとても詳しくなっちゃったよ。二人で、その人に渡すプレゼントを選びに行ったりしたね。その様子をシリウス達に見られて、からかわれたね。その時僕は、顔から火が出るくらい恥ずかしくて、でもすごく、嬉しかったんだけど、ナマエはどうだったかな。友達でもない、恋人でもない、そんな二人の関係が心地よくて、僕はついに自分の思い人の名前を言い出せなかった。もしかして気付いてたかな? ねえ、気付いていたらいいのに。

「今度、ジェームズに紹介するね」
「レイブンクローの彼?」
「そう。ジェームズは一番の友達だからね!」

 もし、今言ったらどうなるだろう。ナマエはどうするだろう。きっとすごく傷ついた顔をして、『ごめん、』って、優しさの塊みたいな言葉をくれるんだろうね。ナマエが僕のために傷ついて流す涙。なんて、甘美な響きだろうか。そうして僕らは人知れず、その傷を後生大事に温室で育てていくのだ。なんて、甘美な、響きだろうか。

「ごめん」
「ん?」
「ちょっと、僕、用事があるんだ。シリウスに呼ばれてる」
「残念。じゃあまた今度ね」
「うん。ごめんね」

 ……そんなこと、実行できっこないって、自分が一番良く分かってる。どうせ僕はそんな勇気は持ち合わせていないのだ。鼻歌なんか、歌い出しそうなナマエをおいて、僕は自分の部屋へ走り出した。談話室から目と鼻の先にあるはずの男子寮へと、急に走り出す僕を見て、ナマエは驚いただろうか、それとも僕のことなど、もう見てはいないだろうか。

「あら、ジェームズ。どうしたの、そんなに慌てて」

 勢いよくドアをバンと開ける音に、リーマスが振り返った。悪いけど僕はそれを無視し、自分の机に向かった。ああどうして机の周りを片付けておかなかったのかと今になって小さな後悔がよぎる。(こんなもの……!!!)
 引き出しの2段目を乱暴に開けると、たくさんの2つ折りされた白い紙が散らばった。空になった引き出しは、その上にガランガランと音を立てて落ちる。そんな僕を見て見ぬフリをしてくれるリーマスは本当にいい奴だなんて、頭の端で考えた。

「片付けておいてよね」

 そう言って部屋を出て行くリーマスを横目に、僕は文殻を踏みつける。ついぞ彼女のもとへと届くことのなかった紙切れは、僕にとって意味があっても彼女にとっては無意味であると知ってはいるけれど。



文殻
(111127)