どたどたと、誰かが急いで階段をのぼって来る音がする。間もなくして非道く大きな音を立ててドアを開け入ってきたのは紛れもなくあのシャルで、 彼のそんな"らしくない"姿に、私や団長は目を丸くした。

「団長! 団長!」
「なんだ、なんだ。騒がしいな。そんなに慌てなくてもオレは逃げないぞ」
「冗談言ってるんじゃないんだよ! ねえ、」
「ああ、わかってるよ。お前の言いたいことは」

 団長はさっぱりとした顔で天井を仰ぎ、今し方読んでいた本を閉じた。とは言っても、その本を開いたときから彼は一度もページをめくっていないのを私は知っていたし、 彼も端から読む気などなかったようで、栞も挟んだまま移動させていなかった。シャルはそのやけに緩慢な団長の動作を見届けて、やりきれないように顔を歪ませた。「そんなのって」

「そんなのってないよ」
「何がだ?」
「オレたちはルールから自由であることに拘る余りに、ルール以外のものが見えなくなってしまったってことだよ」
「ふむ。お前にしては、曖昧で具体性に欠ける言い回しだな」
「団長の文学性には負けるよ」

 シャルは歪ませた顔を隠そうともせずに、団長の前へと詰め寄った。私は、二人の行動を目で追うほかない。団長の、机の上で握りしめた拳は、心なしか汗ばんでいるようだった。 遠くで、雨の降り始める音がする。思わず窓を見上げると、二人も同じく窓の外を見ていた。この地域には珍しい、暗い雨だ。じきにここも降り出すだろう。不穏な空の色が、 こちらに向かって熱狂的に微笑みかける。

「あの男を4番に入れるの?」
「当然だ。蜘蛛に入りたければ団員を殺す。これがルールだ。もちろんこれは、やられた団員の方に落ち度があったと考えるべきだし、新たに団員となるあの男を歓迎すべきだ」
「……弔いはしないの?」
「しない」

 団長の受け答えは、些か意固地になっているようにも見えた。握りしめた手を解こうとはしない。それとは対照的に、シャルは諦めたように首を振った。 そのやるせない動作は彼には本当に似合わない。

「……死んだのは、ナマエに落ち度があったからだって言うのか」
「そうだ。シャル、冷静に考えろ。冷静さが取り柄だろう。ナマエは明らかに腕力としては団員の中でも下の方だった。センスもあるし、使える能力だったが、換えが利かないわけじゃない。残念ではあるが、いつまでも我が儘を言うな」

 私は実体のない唇を噛む。全部本当のことだということがわかるからでもあったし、団長が無理をしているということがわかるからでもあった。驕りなどではなく、素直な考察だ。 彼は私を愛していた。私が彼を愛していたように。私はずっと、彼の目の前にいる。すっと彼を見ているのに、彼はわたしを一度も見ない。当然だ。当然なのに、握りしめた手は未だに開かれない。「オレは」

「死者には興味ないんだ」
「嘘ばっかり」
「嘘だよ」

 団長は微笑んだ。雨の降り始める音を合図に、私はそっと口づけをする。唇が離れた瞬間、目が合ったのは、気のせいではないはずだ。

perception
(120416)