これから家に戻り、一人反省会でも一つしようかという時だった。
 何せ遠征用のバスが故障してしまって電車で往復しなければならないというのだから時間がない。いつもはきちんと反省会をするべきだと考えている自分も、さすがに今日は疲労困憊、反省会を後日に改める案に賛成せざるを得な かった。そうして早々に電車を乗り換え、自宅へと向かっている、そんな時だった。

「あのー……? 大丈夫ですか?」

 自分の口から、こんな言葉が漏れ出たのは、ある意味しかたのなかったことであったと、言えるだろう。夕方少し前の、人の少ない駅のホームで、彼女は一人、たたずんでいた。涙をほろほろと流し、線路に落ちんばかりのホームギリギリの際に、彼女はいた。

「え……?」
「あ、いや、なんつーか。飛び込んじゃいそうに見えたんで」

 こちらを振り向いた彼女はやはりどこか危なげだった。鞄を胸に抱え、髪はぐしゃぐしゃ、普段他人のことなど気に掛けることなどないオレにもわかる。

「そんなこと……いや、そうかも……自分でもよくわかんなくて……」
「あ、とりあえず、もうちょっとこっちに来た方がイイっス。電車来るんで」
「あ、うん。ありがとう、キミ」

 くい、と腕を引っ張ると、彼女は少し怯えたようにしたが、素直にこちらにやってきた。すぐその後ろを特急列車が通過する。黄色い線の内側にお寄りくださーい、間抜けなアナウンスが、構内に木霊する。
 青く安っぽいベンチに腰掛けた彼女は、相も変わらずほろほろと涙を流していた。差し出すようなハンカチなど持ち合わせていないし(汗まみれのタオルなら、鞄の底でくちゃくちゃになってる)、女が喜びそうなものなど、一つもわからなかった。仕方なく近くの自動販売機でお茶を買い、手渡すと彼女は素直に受け取った。ちらりと電光掲示板に目をやると、次の電車は20分後だ。日の暮れかけた駅、あかすぎる太陽が妙に邪魔だった。

「なんか。ごめんね。ありがとう。お茶まで買ってもらって。はずかしいなあ、わたし。ははは」
「別に……次の電車まで暇なんで」
「それでもありがとう。すごく悲しいことがあったの。死んじゃってもいいくらい。だからかな、死のうとは思ってなかったはずなのに、気付いたらあんな危ない場所にいたよ」

 ああ。彼女はうすく笑って、オレに向かってお茶を差し出した。「お茶、ありがとう。キミもどうぞ」
 オレは受け取って、ぐび、ぐび、と飲み干してしまった。喉が異様なまでに渇くのだ。彼女はそんなオレを見てまた微笑み、そして慌てたように鞄の中をがさごそとやった。

「あは。これ、捨てちゃおーっと」

 よく見えなかったが、小さな紙切れを何枚も、ゴミ箱にばらまいていた。オレはその様子を呆けたように眺めるだけだ。

「何か、スッキリしちゃった。今のね、前の彼とのプリクラなの。もういーらないっ、てね。さよーならー」

 彼女はまた微笑む。オレはその顔に少し、ムカついた。そういえばこの人の名前も知らないのに、名前も知らない他人に対してムカつくことができるなんて大したことである。

「キミ、なんて言うの? わたしはね、ミョウジナマエっていうんだけど」

 彼女はまた、きらきらと微笑む。邪魔な太陽はもう居らず、笑顔がすごくキレイだと、思った。電車がちょうどやってきて、オレは思い出した。そう、オレは、涙を流すこの人が余りにもキレイで、声を掛けたのだ。


空に消えていく
(130105/200530タイトル変更)
(title by icca