このカフェの一押しであるらしいミントティーを一口飲み、白澤様は思いっきり顔をしかめた。

「何コレ、超下品な味」
「え、美味しいよ」
「ナマエちゃんは味音痴なんだから黙っててよ。僕が作った方が確実に美味しいんだから」
「んー、確かに白澤様のミントティーは美味しい。」
「一番のオススメ商品でこれなら、このカフェには期待できないか……」
「ええー、私は美味しいと思うけどなぁ」

 私たちがいるのは、最近地獄で話題のカフェだ。雑誌に載っていたのを見て、白澤様が二人で行こうと言ったのだ。
 ここでお茶をした後は、映画を見る予定になっている。確か主人公の女の人が、正体不明の幽霊に立ち向かうホラーものだったと思うのだけれど、私は正直乗り気ではなかった。幽霊のひとつやふたつ、ビクリともしない私を見て、白澤様は言うに違いない。『ちょっとはキャーとか言ってくれないと、全然可愛げないなぁ。ナマエちゃんて本当に女の子?』

「ねえ、今日本当にホラー見るの?」
「え、もしかして怖いの? なぁんだナマエちゃんにも可愛いとこあるんだ」
「いちいち失礼な人だなぁ。ていうか別に怖くはないからね」
「そうだよねぇ、お化けを怖がるナマエちゃんなんて、逆に気味悪いもん。どっちかっていうと、『幽霊なんて素手で殴ってやるからどっからでもかかって来いやぁ!』って感じだもんねぇ」
「白澤様って本当ムカつくよね」

 顔を見合わせて、笑う。私たちは、周囲からは恋人同士に見えるだろうか。仲睦まじいデートに、見えるだろうか。どうして私はこんなことをしているのだろう。どうして私は、こんなところにいるのだろうか。

「よし、よし。ナマエちゃんのお陰で決まってきたぞ。今狙ってる女の子を連れてくデートコース」

 白澤様は、どんなに近くにいても手に入らない。どんなに近くにいても、私のものにはならないのだ。

「このミントティーがダメだとすると、どうするの?」
「ん、このカフェ連れてきてぇ、ミントティーちょっと飲んでぇ、こんなミントティー飲むくらいなら僕がもっと美味しいの作ってあげるよって言ってぇ、そんでウチに連れ込む」
「さいてー」

 白澤様はニヤ、と笑い、ミントティーの氷をくるくるかき混ぜた。白澤様がこんな表情をするなんて、知っている女はどの位いるんだろう。白澤様が、毎回こうやってその子に合わせたデートコースをいちいち計画し、下見までしているなんて、知っている女はどの位いるんだろう。

「よし。んじゃそろそろ映画行こう。」
「ホラーかぁ。ていうか、デートなのにホラー?」
「デートの時はホラーじゃない奴見るの。定番恋愛物に決まってるじゃん。だから、今日は見たいやつ見るんだー」
「え、てことはわたしは白澤様の趣味に付き合わされるだけってこと?」
「そゆこと〜。ま、いいじゃん、親友なんだからさ。僕の映画の趣味に付き合ってよぉ」
「それこそ彼女と行けばいいじゃん……」
「彼女と行くより、ナマエちゃんと行く方が楽しめるんだって。」

 白澤様は柔和に微笑んだ。私は思う。いつから、親友は彼女よりも上になったんだろう。ホラー映画なんて見られなくていいし、デートによく似たお出かけをたくさんできなくなってもいい。そんなの、いらない、いらないから、彼女になりたい。キスしたい。ハグしたい。セックスしたい。親友じゃ、手に入らない物ぜんぶ、欲しい。(……なんてね。)

「そろそろ行かないと、良い席取れないかも」

 そう言って、立ち上がる。私も倣って立ち上がった。白澤さまは、苦い顔をして腕時計を見た。

「あ、あー。ヤベ。時間間違えてた。ちょっと走るけど、いい?」
「うん」
「ていうか、結構ギリギリかも。ギリアウトかも。全速力、ダッシュで行くよ」
「おっけー」

 白澤様はきっと、デートなら時間を間違えたりしない。デートならちょっと走ったりしないし、もし走ることがあってもきっとダッシュなんかしない。手を優しく握って、女の子と隣り合って柔らかく走るだろう。『ちょっと走るけど、いい?』そう言って、手を伸ばしてくれたら、なんて夢想する。せめてその手を握れたら、せめて隣を走れたら、せめて、もう少しあなたに近づけたら。



彼方にはもう探さない
(141005)