雪の降りそうな、曇り空だった。彼の一言目はこうだ。「あのさ」。どこかかったるそうに、うつろな目で遠くを見ながら。もしかすると、彼にとってはどうでもいいことだったのかもしれない。だけど、私にとっては、違った。

「ミョウジさん。前から可愛いって思ってたんだよね。俺と付き合わない?」

 後で思えば、あれは破滅の言葉だったのだ。冷静に考えれば、おかしなことだらけだ。まず第一に、かの有名なシリウス・ブラックが私なんぞを呼び出して告白だなんて、あり得るはずがない。しかしこの時の私はもちろん冷静に考える頭など持ち合わせておらず、気付けばそれはもう大袈裟に、首を縦に振っていたのである。

「ん、じゃあ、そゆことで。これからよろしく、ナマエ」
「うん、うん、私なんかで、いいの? 私なんかの、どこが、」
「あー。ごめん」

 息巻いて問う私をシリウスは気怠げに制して、肩に腕を回し髪を撫でた。はじめて間近で見たシリウスの白く輝く肌は眩しく、目を背けたくなるほどだ。互いの息づかいしか聞こえない、一瞬の濃密な沈黙、そして短いキス。

「そうやって聞いてくるの、ウザいんだよね。言わなくても、わかってくれる子が好きなんだけど」

 シリウスは、さらりと髪を風になびかせた。首が取れそうな程頷くわたしを、滑稽そうに眺めている。

「そうそ。可愛いな。そうやって、俺に合わせてくれたりなんかして。そういうとこ、女の子らしくて可愛いと思う。そういうとこ、好きだな」

 とろけるほど甘い笑みを惜しむことなくこちらに向けて、彼はわたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。髪を超えて頭に脳に直接伝わってくる彼の大きな手の体温は、私を麻痺させるようにゆっくりと確実に染み込んでくる。

「私、頑張るから。シリウスに釣り合うよう、努力する」

 その言葉がシリウスの求めるものではないと知っていても、私は自分を卑下するのをどうしてもやめられなかった。シリウスはそれには答えず、私の顎に手を添えくいっと上を向けさせた。

「あ……」
「ちょっと黙ってくんない? 喋りすぎ。」

 侵入してくる舌が、私の呼吸も大きく阻む。空気を吸おうと必死に口を開けても、シリウスの唾液が腔内を満たす。

「はあ、はあ、」
「そう、その顔。その顔が、すき」

 と言うシリウスの顔は、悪魔そのものだった。悪魔。悪魔を、好きになってしまった。

つめたいあくま
(200605)