「いいなあ。幸村様。ずるいです」
「……私のなにがずるいと言うのです? ナマエ殿?」
「わたしも武士になりたいです」
「はあ。」

 幸村様は鍛錬の手を止め、困ったように少し微笑んだ。わたしを見つめる。やさしい人だ。通り抜けるそよ風が頬に当たり、わたしは心地良いようなそうでないような、収まりの付かない気分だ。

「わたしも戦いたいな。もしかして、意外と活躍するかもしれないと思いませんか?」
「いやあ。どうでしょう。ナマエ殿にはきっと向きませんよ」
「あら。これでもわたし、武士の娘ですよ。可能性を潰すのはよくありません」

 縁側から垂らした足をパタパタさせ、嘯く。そんなわたしを諫めるかのように、幸村様は一度だけ槍をぶんと素振りをした。

「ほら。信之様の所の。稲姫様だって戦場に出てるじゃあありませんか。あら、お市様もだわ。どうしてわたしはダメなんです」
「あの方達は武人として日々鍛錬を受けているのです。ナマエ殿はそうではないではありませんか」
「では、今から鍛錬も積もうというものです」
「はは……。決心はお堅いようでいらっしゃる」
「当然です」

 耐えきれずわたしはぷっと吹き出し、それにつられてか幸村様も吐き出すように笑った。

「でも、やっぱりやめておきます」
「ほう。それは何故です」
「鍛錬は辛く厳しいと聞きます。己を鍛えたいのは山々ですが、着物が汚れれば母上が悲しみましょう」
「なるほど。ナマエ殿らしい理由でございますな」

 ざぶんと井戸からの水を浴び、汗を流す幸村様をじっと見つめる。多くの傷が背中にあるが、それは全て過去の物だ。今は幸村様がいれば、それでいい。

「やはりナマエ殿にはここの屋敷と庭が似合います」

 槍を丁寧に扱いながら、幸村様はこちらに歩みつつ言った。

「馬に跨り、戦へと駆けていくのが私の仕事です。その私をここで待つのがナマエ殿の仕事でありましょう」
「そうですね。でも待つのがわたしの仕事なら、幸村様の仕事は、此方へ帰ってくることです」
「はは、その通りだ」

 隣に座った幸村様に、そっと寄りかかる。わたしはこれからも、ここでのうのうと生きていくだろう。幸村様が戦場で苦しい思いをしているそのとき、わたしはここでお茶を飲んでいるかも知れない。でも寄りかからずには生きていけないのだ。

「幸村様。ごめんなさい。わたしはこのようにしか生きられないのです」
「謝るのは私の方だ。私も、あなたに寄りかからずには生きていけない」

 ふと、頬をなぜる風。この風が幸村様にも触れたかと思うとわたしは少し嫉妬して、背を伸ばし幸村様のお顔に手を掛けるのであった。

騎士の話
(110515)afterwriting
(title by ロメア)