「噛み殺すよ」

 と言った。目の前の黒い人。公園で、みんなでお喋りしてただけなのに。数人で、輪になって、相づちや、ツッコミを入れながら。雨が降ってきたからそろそろ帰ろー、なんて、言っている所だったのに。

「群れるから、悪いんだよ」

 その人は、わらっていた。足が痛くて動けない。雨が強くなり、遠くで雷が鳴っているのが聞こえた。

「だから雨は嫌いなんだ」

 その人は、倒れている私のことを、よいしょと持ち上げ、肩に担いだ。

「……だ……れ……なの……」
「キミが、群れてたからだよ」

 雨が降り出しても、男は御構いなしというように、一層わらった。

「群れてたから、噛み殺すんだ。キミが、悪いんだよ」

雨を疎う人(雲雀)
(200614)
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「君には関係ないでしょ。僕には関わらないで欲しい」

 と、言われた。おかしい。だって私は風紀財団に雇われている看護師だ。ごく普通の病院で働いていただけなのに、突然やってきた中学の頃の同級生の不良に脅しと法外な値段の契約金をちらつかされ、なかば無理矢理ここに連れてこさせられた身なのだ。そんな私が当人であり財団のトップである雲雀の怪我の手当てをするのは当然だし、無理矢理拐ってきたそちらが『関わらないで』と言うのはあまりにもおかしくないか? 怪我を見たら手当てをしなくちゃと思うのは医療者として当然のことだし、中学の頃最強として君臨していたあの雲雀が、毎回傷だらけになって帰ってくるのは、言い知れない恐怖と寂寞が入り交じるのだ。

「君が、きらいだよ」
「どうしてそんなこと言うの。私をここに連れてきたのは、あなたでしょ」
「君がきらいだからだ」
「そんなに怪我をして、関わらないでなんて、矛盾してるよ」
「あまり煩いと、噛み殺すよ」
「……あなたがそうしないの、知ってるよ」

 雲雀はそっぽをむいて、すんと鼻を鳴らした。

「……まあ。……ぜんぶ、嘘だけどね」

 ぜんぶ、って。どこからどこまでが嘘なのか、知りたいけれど。それを知るのも怖いのだ。

うん、まあ、ぜんぶ嘘だけど。(雲雀)
(200719)
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 私には夢がある。好きな人に噛みついて歯形をたくさん残したい。好きな人を瓶詰めにして眺めたい。死ぬときは好きな人の手で殺されたい。死んだら妖怪になって惨い物語として語り継がれたい。全て、叶うはずのない妄言だけど、骸だけは、うんうんと頷いて聞いてくれるのだ。一度だけ、私は骸に聞いてみたことがある。

「こんな痴れ言をそんな本気で聞いてていいの?」

 すると骸は、

「あなたこそ、いいんですか? 僕に言えば、痴れ言ではなくなってしまうというのに」

 と言った。それから、特に夢が叶う様子もないが、ただ一つ、好きな人の手で殺されるという願いだけは、本当にしてくれそうだ。

こんな痴れ言をそんな本気で聞いてていいの?(骸)
(200719)
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 優雅にソファに寝そべり、本をめくる。左手にはティーカップ。骸様はよく、下らない物語を好んで読んでは、読み終えると燃やして捨てていた。きっとその本も、そういう類いの物だろう。この空間の中で、私達はそれぞれが思い思いに過ごしている。何にも縛られず、誰のためでもなく、自分のためだけに生きている。唯一、凪を除いては、だが。彼女だけが、一生懸命、誰かと自分のために生きているように見える。私にはそれが少し、眩しかった。

「……ねえ、骸様。何だか凪を見てると、誰かのために一生懸命生きるのも悪くないって思うよねぇ」
「? 何故ですか?」
「何故って……いつか死ぬってわかっててもさ、いやわかっているからこそ、今を大事に生きよう……とかなんとか云々かんぬん、そんな感じで」
「クフフ。あなたも良くわかってないんじゃないですか」
「んー、改めてそう聞かれると言語化が難しいんだよ」
「言語化できないということは、自分でもよくわかっていないということです。大体、タイムリミットがないと今を大事に出来ないなんて、まるで甘えた思考だ。終わりなどあろうとなかろうと、大事にすべき物は大事にすればいいし、唾棄すべき物は唾棄すればいい。それだけですよ」
「……輪廻が前提の人とは考え方が違うみたい」
「終わりがあろうとなかろうと、あなたは今ここにいるし、僕も今ここにいる。これ以上のことがありましょうか」

 何でもないように、骸様はそう言って、また本を燃やした。何故だかその言葉は、私には愛の言葉に聞こえたのだけれど。

愛が始まって物語は終わる(骸)
(210414)
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「……何、その髪」
「あは、バレちゃいました? 一応、インナーカラーにしたから大丈夫かと思ったんですけど……」
「それにその指、」
「あー、指輪はずし忘れた」
「爪も、何それ、酷いね、下品だ」
「ジェルネイルです」
「……風紀を乱すなら、噛み殺すよ。わかってるはずだけど」
「あは、わかってますよ、全部、全部」

グッドガールの悪巧み(雲雀)
(210421)
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 コンビニでのバイトには、少し続けていたら慣れてきた。嫌な客もいれば優しい客もいる。初めて見る顔の客もいれば常連の客もいる。特徴的な行動を取る客には、自ずと裏での呼び名が付いてくる。

「あ、また来てたよ、マシュマロマン」
「ああ、あのマシュマロ爆買いイケメン」
「イケメンなのにねー」

 マシュマロマンは、決まって月曜日の朝の時間帯に来て、大量のマシュマロを購入した。他の曜日や時間には来ないらしい。私は大学の講義の都合で月火木金の朝番固定シフトなので、彼との遭遇率はかなり高い。

「ミョウジさん、そろそろ上がりでしょ? これから大学?」
「あ、いえ、今日は教授の都合で休みなんです。だから家帰ってのんびりしようかなーって」
「いいねぇ。お疲れ様」

 店長に声をかけてもらい、定時通りに退勤する。簡単に着替え靴を履き替えて、店内を通って外に出た。

「はろー、ナマエチャン」
「あ……」
「マシマロマンだよ♪ 悪い怪物が、キミを拐いにきたんだ」

スイートフィオーレ(白蘭)
(210428)
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 念には念を入れて、学区を出て2つ隣町まで足を伸ばしてきた。だから、もう大丈夫だろう、と思って油断、していた。

「……あ?」

 はじめはただ単に、ジャラジャラと趣味の悪いファッションの不良だ、と思った。次に脱色され明るく青みがかった髪色に目が行った。その時にはもう遅かった。

「お前、風紀委員のやつじゃね?」
「あ……獄寺、隼人」

 手に持つ煙草を隠す術は最早なかった。獄寺は風紀委員の中ではブラックリストの中のブラックリストメンバーだ。本来なら取り締まられる側であるはずの獄寺に見つかってしまうなんて。やば、どうしよ、と軽くパニックになる私を見て、獄寺は「ぷ」と吹き出した。

「お前も煙草吸うんじゃん」
「……学校では吸ってない」
「未成年だろ」
「そっちだって」
「お互い様か」
「そうだね」

 ふう、と吐き出した煙の色は、彼の髪と同じ色だった。

「……じゃ、お互い、雲雀には内緒な」

 獄寺は大人びた顔で笑った。

そう簡単に嵐は来ない(獄寺)
(210502)
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「お兄さん、一時不停止ね」
「はい……」

 反則金を支払う姿はきっと見られたくないだろうと、あえてそっぽを向いたのだが、高級そうな財布から7000円を取り出す姿がウィンドウにばっちり映っていたので無意味だった。すっかりしょぼくれてしまったディーノさんに何と声をかけていいのかわからなくて、「ドンマイ」と超安っぽい言葉をかける。ディーノさんは力なく笑った。

「ロマーリオたちといるときは、こんなんじゃないんだけどな。何でだろうな……」
「うん、知ってるよ。格好いいディーノさんも、格好悪いディーノさんも」

 前に、リボーンさんに『お前がキャバッローネに入ればいい。ディーノの部下になれば、格好いいディーノをずっと見てられるぞ』と言われたことがあった。でも私は……その考えは、承服しかねる。だって、このへなちょこのディーノさんこそ、愛おしいと思っているのだから。

恋は人を役立たずにする(ディーノ)
(210505)
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 たまたま、テレビを付けた。どこかの誰かが、大切な人が死んだので後を追うと言った。毒を飲んだ。死んだ。そうしたら、その大切な人とやらが生き返り、しかしやはり大切な人が死んだので後を追うと言って、死んだ。クソ下らん喜劇を見せられて、僕は最悪の気分だ。不気味な喜劇だった。大切だと思うなら、守ればいいのに。大切だと思うなら、殺せばいいのに。自分の中の、庇護欲と支配欲をごちゃまぜにして、ミキサーにかけてしまえばいいのに。ふと、ナマエの顔が脳裏をよぎった。僕はナマエを殺せるし、いつか殺すだろう。でも弱い人間は、きっと大事な人を殺せない。庇護欲と支配欲が分離して、ばらばらになって、きっと自分もばらばらに裂けてしまうのだろう。だからきっとそうなる前に、自分を殺すのだ。もし万が一、ナマエが僕以外のせいで死んでしまったら、その時は試してみようかな。

恋する男はかく語りき
(210514)
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