「……あ、お天気雨」
「狐の嫁入りだよ」

 イルミはお天気雨のことをそう表現する。普段は情緒も文学性もへったくれもない陶器人形の癖に、明るい空に雨がぱらつくと彼は少し顔を歪めて、そう言うのだ。随分前にわけを尋ねたけど、その時にはもう普段の無表情に戻っていて、「別に」と膠なく言うだけだった。イルミにとっては、特に理由のないことなのかもしれない。でも、わかる気がするのだ。家族という縛りの中で、自身のなにもかもを犠牲にして澱んでしまったこの人が、化け狐を生け贄に雨乞いをしたという謂れに、顔をしかめるその意味が。束の間の狐の嫁入りに、傘を差さずに濡れているこの人が、

「ねえ、キミがお嫁に来てくれたらいいのにね」
「嫌だよ」
「そう言うと思った」

 こうして私を求めるその意味が。

お狐さんのお嫁入り
(200614)
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「キミは、俺を選ぶべきだよ」

 妙にはっきりとした口調で、イルミは言った。なのにその表情はとても不安げで、イルミらしくない、と私は思う。

「キミには俺しかいないんだよ。……なんて、けっきょく戯れ言だけどね。ああ、鍼を刺して君を操ることなら、何と簡単なことか。でも、それでは意味がないと気がついてしまったんだよ。それでは意味がないと、気づかせたのはキミだよ」

 あなたが鍼で私を操ってくれたら、何と簡単なことか。私に有無を言わせず、あなたの意のままにしてくれたら。そうしたら私は、抵抗などせずに済むというのに。

なんて、けっきょく戯言ですよ。
(200719)
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「ああ、嬉しいな、こんな所で愛しの婚約者殿に会えるとは。嬉しくて高揚しちゃうよ」
「すっ転がして足蹴にしながらゆーな!」
「ここでウッカリ殺せば結婚なんてしなくて済むんじゃないかと思って」
「ウッカリじゃないよな?! 故意だよな?!」
「ええ? もしかしてナマエ、オレと結婚したいの?」
「んなわけねーだろ! まず喉に掛けてる手をどけろ!」
「アハ、絞め殺そうとしてるのバレた?」
「バレるに決まってるだろ!」
「だってキミしぶといから……どんだけオレと結婚したいのさ?」
「私だって結婚したいわけじゃない、けど命は惜しいの!」
「あはは、ナマエって面白いよねぇ、こんなに弱いのにさ、オレと結婚したいなんて」
「お願い話聞いて」

愛だけじゃ生きてはいけない
(210417)
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