しくじった、なんて思う頃には遅かった。四肢がベッドに縛り付けられ、視界は布のようなもので覆われていた。
「ようやく、摘み取ることができたよ♠」
吐き気を催すほどの嫌悪感が、身体中を駆け巡った。べったりと粘着質なオーラが、足元から舐めるように貼り付いてくる。
「大丈夫、すぐ済むから♥」
「……お前を、殺してやる」
「キミは、何も心配しなくていい。終われば、全て忘れるよ。大丈夫、夕立だとでも思えば良い♦」
激しい夕立に曝された野の花は、根から、土から、流されて、やがて粉々になり維泥になるというのに。
花に夕立
(200614)
(title by icca)
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珍しく、本当に興奮した様子のヒソカが饒舌に喋っている。青い果実を見つけたとかなんとか。今はまだ摘むのは早いとかなんとか。熱心に聞いているフリなどとうに止めて、興味のない態度を全面に押し出しながら食事をつつく。ヒソカは本日何度目かの恍惚とした表情を浮かべたあと、ようやく自分がほとんど食事に手をつけていなかったことに気づいたらしい。すっかり冷えてしまった子羊をナイフで器用に切り分けながら、それでも尚ヒソカは喋り続けていた。イルミの弟がなんとかかんとか。天空競技場がうんぬんかんぬん。
「——でね♥ その時見たんだけど、オーラの使い方もまるで知らない子どもが……」
「ねえ、ヒソカ」
自分が思っていたよりも、何倍もイライラした声が出た。ヒソカは楽しそうな表情を微塵も崩さず、「うん?」と首をかしげた。
「あのさぁ。そのありがたいお話ってそろそろ終わるわけ?」
ヒソカは目を大きく大きく見開いた。口元は毒蛇のようにわらっている。気づけば私は震える自身を止められなくなっていた。ああ、これは、この話は、
「うん、終わるよ♣ 今すぐにね♥」
私よりも有望な私の代わりを見つけたから、私はもう用済みだ、という話だったんだ。ありがたい話が終わると同時に、ぷつん。と意識を亡くした。
ねえねえ、そのありがたいお話そろそろ終わる?
(200719)
(title by icca)
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「何してるの?」
「何って、仕事♣」
「そうじゃなくて」
ヒソカが手に持つのは、今回のターゲットだったAさんとBさんの右手と左手だった。比喩ではない。「それ、」と視線を送ると彼は目を丸くして、自分の両手を交互に見た。
「……ああ、間違って持ってきた♠」
「間違って……?」
「ボーッとしてたみたい♦ ああ、キミとの仕事はなんだか調子が狂うな♥」
「……そうなの?」
「ウン♠ ナマエに見とれてしまうんだよ♣ キミに比べれば仕事上のターゲットなんてごみくず同然さ♦」
聞きようによっては甘い口説き文句かもしれないが。ヒソカが舌なめずりしながら言うその台詞は、一般的なものとはまるで違う意味を帯びている。
「こんなふうに、キミの両腕を削いでみたいよ♠ 苦痛に悶えているときのナマエの血は、どんな味かなぁ?♥」
熱っぽい視線を投げられて、私は愛想笑いをするしかなかった。
口を噤むのに笑顔は都合好い
(210411)
(title by icca)
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生まれて初めてだと思う。ぎこちなくも、膝をつき、両手の指を絡め、首を垂れる。
「ねえ、それって何かの冗談?♦」
「神様にお祈り、してみました」
あはは! とヒソカは楽しそうに笑った後、「下らないねえ」と乾いた声で言った。
「祈りの言葉なんて知ってるの?♠」
「知らないけど……天にまします……アーメン……とか……」
「ああ、南無阿弥陀仏とか♣」
「それって何か違くない?」
「違くないって♥」
「どうでもいいよ」
「そうだね、すごくどうでもいい」
心底どうでもよさそうに、ヒソカは欠伸をしながら伸びをした。ああ、たしかにどうでもいいな、と私も思う。この人のいる世界にはきっと神はいないだろうし、いたところで言葉が通じるとも思えない。
「神様、どうかお願いします」
「まだやってる♦」
「この人を殺さないでください。なぜなら私がこの人を、愛してるから」
「ねえ、それって祈りの言葉?♠」
「たぶんね」
神なんて、たぶんいない。だから祈りの言葉は、この人と私に届けばいいのだと思った。私は両手を固く握り、必死に祈っている。でも果たしてこれで、祈れているのか? これでいいのか? これで神や、私や、ヒソカに、届くのか? わからない、わからないから祈る。祈るけど怖い。祈るから、怖い。
祈りの言葉セルフチェック
(230417)
(title by 温度計)
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