※性暴力(同意のない性交渉)表現が含まれます。苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。読み飛ばして頂いても大筋には影響はありません。














 どんな平凡な中学校にも、優秀な中学校にも、劣悪な中学校にも、修学旅行は存在するだろう。並盛中学校もご多分に漏れなかった。本格的な受験シーズンを控えた3年生たちが、バカみたいにみんなで遠方に行ける、最後の機会だ。
 私は相も変わらず、保健委員長として雑務を行っていた。例えば、全員分の検温表のチェック。例えば、班行動時の簡易救急セットの用意。保健委員会のために小さな部屋を用意してもらったので、1人で作業していたらいつのまにか深夜にさしかかる時間になっていた。
 雨の音が聞こえたので、カーテンを開く。やはり雨が降り始めていた。しとしとと、長くなりそうな雨だ。そろそろ自分たちの部屋に帰ろうかな、と考えながら外を眺めていた。ふと、手が届くくらいの位置に、黒猫がいることに気がついた。

「……キミ、ひとりかい?」

 あとから考えれば、この時の私はどうかしていた。話しかけても当然猫は返事をしない。雨に濡れた黒猫を、衛生用品がある室内に入れることなんてできるはずがないのに、私は猫を呼ぶために窓を少し開けた。
 猫は興味がないとでも言うように、ツンとして背を向け去っていった。のを見送った、その瞬間、黒くて大きな物体が、開いた窓の外からものすごい勢いで入ってきて、私にぶつかった。後ろに倒れ混んだ私に覆い被さるようにしているその物体とは、目を爛々と苛立たせた雲雀だった。

「な……、」
「ああ、苛々する。苛々するな。咬み殺してやろうか」

 雲雀は私を見ずに言う。わけがわからなかった。わけがわからず、混乱している私に、雲雀は噛みつくようなキスをした。……ああ、違うな。キスみたいに、噛みついたのだ。

「は?! 痛、な、にしてん、」
「こうすると、苛々が発散できるって聞いたから」

 普段から話の通じない奴だとは思っていたが、こうまでも会話が噛み合わないのは初めてだ。開けっ放しの窓の外では、黒猫が見下すようにこちらを眺めている。

「ナマエで試してみてもいい? セックス」
「セッ、……?! お前、何言って……、」

 言葉は通じない。力では到底敵わない。雲雀は赤子のようなたどたどしい手付きで、しかし力だけは暴君のそれで、私の衣服を乱暴に剥ぎ取った。時折、言い訳みたいに唇や腕や乳房に噛みつかれる。数回噛まれてようやく、ああ、こいつにとってこれは口づけの代わりなのだな、と気がついた。



「……嘘じゃないか」

 渇ききったジャンクセックスを終えて、雲雀はそう言った。後ろを向いているので、表情はわからない。でもなぜか、ありえないのに、私には雲雀が泣いているように聞こえた。

「気持ちいいなんて、嘘じゃないか。苛々が収まるなんて、嘘じゃないか。こんなもの、獣の営みだ。僕には必要ない」

 獣の営みを必要ないと言う、その声は、悲痛に唸る獣の遠吠えのようだった。雲雀は、行為後一度もこちらを向かず、さっさと服を着てさっさと出ていった。わずか15分。段々強まる雨が、開け放した室内を侵し始める前に、全てが始まり、全てが終わったのだった。

 我に返り、私も慌てて服を着る。Yシャツに袖を遠そうとして、思わぬ激痛に手を止めた。

「……まるで、お乳の飲み方を知らない赤ちゃんみたい」

 自分の剥き出しの身体をよく見てみれば、身体のそこかしこに、噛み跡が残っていた。すがる程に餓えているのに、何に餓えているのか自分でもわからないのだろう。歯の生えた乳飲み子は、乳の出ない乳房を噛み千切ろうとするのだ。

(220319)

悪魔と踊る、蛹の子ら