情報商材の紹介のため、中学の同級生と再会した。別に、当時特別仲が良かったわけではない。近くにいれば話が盛り上がることもある、という程度だった。ノリが良くて明るいので、彼は男女問わずみんなの人気者だった。なので、記憶の中の彼と今目の前にいる彼を符合させるのに少し時間がかかった。

「ひ、ひい……!」
「一二三、ジャケット着ろって……」

 15年ぶりに会う彼は、その整った顔立ち以外、全て変わってしまっていた。

「ああ、子猫ちゃん! マイハニー!」
「一二三、ミョウジさんだよ。中学で同じクラスだったろ……」
「勿論、覚えているとも! こんな美しい女性を忘れるわけがないからね」

 一緒にくっついてきた観音坂くんは、ごめんごめんと言いながら、ざっくりと事情を説明してくれた。ある女のせいで女性恐怖症で、今はジャケットを着ればシンジュクNO.1ホストなのだと。

「今夜も、沢山の子猫ちゃんが僕を待っている……!」

 と、目を輝かせて言う彼を、直視できなかった。

「……それが、伊弉冉くんにとっての女への復讐なんだね」

 傷つきを抱えきれずに分裂してしまった彼を、慰める術を私は持っていないのだ。

傷守り(一二三)
(210412)
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 死のう、と思って家を出た。どこか遠いところに行こう、と思って来た電車に飛び乗った。熱海行きの東海道線。と、思ったら、変電所のトラブルで全線運休になり、私の乗る熱海行きは急遽横浜止まりになってしまった。仕方なく、横浜駅で降りる。仕方なく。仕方なく、ふらふらと街を歩き回る。

「……お前、こんなとこで何やってんだ」

 驚いた声で、声をかけられた。もう二度と会わないと思っていた人のいる街に、私はやってきてしまったのだ。仕方なく、仕方なく、私は振り向く。そこには案の定、左馬刻が呆け顔で立っていた。

「二度と俺様には会わないんじゃなかったか?」

 意地悪な笑顔で言う。煙草を吸い、煙を吐く。

「仕方なく、仕方なくね」
「何だよ」
「仕方なく、会いに来てあげたよ」

 ばーか、と言って彼が私を引き寄せる。仕方なく。仕方なく。彼の腕の中に収まってあげる。

二人でいる為の言い訳(左馬刻)
(210419)
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「ちょ、ちょっと待っ、て、」
「……どうかしたか?」
「えっと……でも今日は、ちょっと、なんか、むり、なの。何でだろ」

 我ながら、この状況でよくもまあそんなことを言えたと思う。はだけたYシャツ、捲り上がったタイトスカートのそばで、私の両足の間には銃兎の片膝が置かれている。

「そうかよ」

 銃兎の返事はこれ以上なく短く、簡潔だった。代わりに噛みつくようなキス。吃驚して歯を食いしばってしまったわたしを優しく撫でながら、銃兎はまた短く言う。「口、あけろ」従順に顎の力を抜けば、たちまち腔内を侵され、蠢く遺物にこそばゆい違和感が背筋を降りる。

「怖いか?」
「そうやって聞くのは、ずるい」
「ふむ」

 思案するように、彼は上半身を起こし、ついでに私のことも引っ張り上げた。私が慌ててブラウスのボタンを留め直す手つきを眺めながら、銃兎はひとつ欠伸を噛み殺す。

「ごめん、なんか……」
「いや、気にしていない。お前も気にするな」

 もしここが安っぽいラブホテルの趣味の悪いベッドの上なら、何も考えず流れのままに致していたかもしれない。しかしここは銃兎が私と銃兎のために取った豪奢なスイートで、趣味の良い壁紙に囲まれ、煌めくシャンデリアの揺れる、二人だけの空間だった。

「ほんとごめん、銃兎のことは好きだよ、ただ……」
「だから」

 銃兎は苛ついたように再び私を押し倒し、深く口付けた。何度も角度を変えて、深く、深く。

「気にしないって」
「……気にしてるじゃん」
「じゃあ言い方を変える。気になる。けど、気にしない」

 銃兎は美しく笑った。これが愛でなかったら、何を愛と呼べるのだろう。

情交夜半(銃兎)
(210424 銃兎の大人の話/リクエストありがとうございました〜!)
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 どうしてもお願いと女友達に頼まれて、数合わせで合コンに参加することにした。どうせつまんねーだろう合コンに行くなんて、全く気乗りしなかったのだけれど。高くも安くもない、薄暗いチェーン店の席につくと、そこにはあの飴村乱数がいた。

「やほやほ〜☆ 飛び入りで入れてくれてありがとねん! らむちゃんだよ〜! みんな元気?」

 はじめこそみんな驚いたが、乱数さんはすごく気さくだった。みんな乱数さんに惹かれた。連れてきた男の子はひどく後悔したようだった。

「あはは! その話、ちょー面白い! お姉さんのこと、もっと知りたいなぁ〜」
「乱数ちゃんこそ! ほんと楽しー!」
「ねえねえ乱数ちゃん、みんなでもう一件行こうよ〜」
「もっちろん! みんなで行こうねぇ☆」

 一次会の店を出ると、私を除いた女子はみんな乱数さんに群がった。

「あ、」

 乱数さんが振り返って、後ろにいた私を見る。笑っている。触ればどろどろに溶けてしまいそうな、甘ったるい笑顔で。

「キミのことは、連れてってあーげない。一番つまんなそーにしてた罰だよ」

 もし私が楽しそうにしていたって、きっと彼は私を連れていかないだろう。甘い毒は、虫歯みたいに私を溶かしてしまう。彼も私も、それを解っている。

そして悪役にエンカウント(乱数)
(210428)
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 夜中にふと、目が覚める。見慣れぬ布団、見慣れぬ壁紙、見慣れた横顔。夢野さんは、私がバイトしている喫茶店の常連さんだ。いつも、挨拶を交わす程度。以前夢野さんが注文して品切れだったコーヒー豆が昨日入荷されていて、それを彼に伝えた。それをきっかけに少し会話が弾んだ。私のバイト後にお茶をすることになって、それから、それから、……どうしたんだっけ。まあ色々あって、これだ。混濁した記憶の中を泳ぐ。つまりあれだ、合意の上のワンナイトというやつ。夢野さんに対しては、格好いいなぁとか適当なことを以前から少なからず思っていたので、別に後悔もしていない。

「……どうしました?」
「あ、すみません。目が覚めちゃっただけです。起こしちゃいました?」
「ふふ。いえ」

 夢野さんの態度も、私の態度も特に変わらなかった。まるで何事もなかったみたいな、まるで、ただの喫茶店のバイトと常連客みたいな。

「……まさか、夢野さんとこうなるなんて、想像もしてませんでした」
「現実とは常に想像を上回る物ですよ」

 上機嫌でも不機嫌でもなく、夢野さんは言った。きっと慣れているのだろうな、と直感的に思う。こういう刹那的な逢瀬にも、その後に不必要な感情を抱かれることにも。

「……あは、これって、ほんとの恋人候補からは除外ってことですよね」

 まっすぐ聞いてまっすぐ拒絶される勇気など私にはなかった。

「ふふ、そんなことないですよ。……まあ、嘘ですけどね」

 夢野さんはまた目を閉じ、すぐに眠りについた。私はまだ眠れない。嘘でもいい、嘘でもいいから、もっと長く騙してくれればいいのに。ちょっとでいい、ちょっとでいいから、もう少しだけ、長い夢を見させてくれればいいのに。

人差し指の導く夢とその欲(幻太郎)
(210503)
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 私が中王区に戻ると言ったら、彼は「なんで、」と言って目を伏せた。

「泣かないで」

 なんて勝手すぎるとわかっているけれど。

「……泣いて、ないよ。僕、人の心ないもん。クローンだもん。ロボットみたいに、哀しみなんて、感じないんだよ」
「ううん、乱数は、ロボットじゃないよ。だって、こんなに、哀しそうに」

 石竹色の髪がかかる、頬を撫でた。冷たい水滴を親指で拭う。

「もし貴方がロボットだったら、きっと涙で錆び付いてしまう」

 乱数は寂しそうに笑って、私の手を優しく払いのけた。貴方がロボットでなくてよかった。最期にこんなにも美しい涕涙を見られたのだから。

君の涙に映る世界だけは美しい(乱数)
(210507)
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「牛丼もあるし、アイスもあるよ。ステーキもあるし。帝統の好きなハンバーガーもあるよ、ダブルのやつ」

 次々にテーブルに食べ物が広げられていく光景を前に、帝統は目をきらきらに輝かせていた。

「うおおー! まじか! これ全部食っていいのかよ!?」
「もちろんだよ」
「いっただっきまぁーす!」

 がつがつとがっつく姿を見ていると、まるで大型犬を見ている見たいで、母性本能で胸がきゅうっとなる。帝統が好きそうなものはまだまだある。たくさんある。だからお願い、この部屋から出ていかないで。外は酷い戦争で、貴方や私はここから出たらその戦いに参加せざるを得ない。ここだけが、私たちが敵でなく、味方でなく、平穏でいられる、唯一の揺りかごなのだから。

乳母車(帝統)
(210509)
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 実際のところ、こいつが中王区のスパイだということは重々承知の上で組織に引き入れたのは俺様だった。だからいつかこういう日が来るとは思っていたし、驚かない。はずだった。何故、こいつは今、俺の目の前で血を吐きながら、息も絶え絶えに、「逃げて、」と言う?

「……テメェは、誰なんだ。何なんだ?」
「私は、あなたの部下、ですよ。お頭」
「……」
「私は私の、落とし前をつけた。あなたはあなたの落とし前をつけるためには、まだ死ねないんじゃないですか?」

 だから、今は逃げてください、と、掠れてほとんど聞こえない声で言った。

「任侠とは斯くあるべきでしょう?」

 と嘯いた、彼女の目蓋をそっと指で閉じた。

どうしようもなく理解している(左馬刻)
(210510)
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「スミマセンっっ! あと1日だけ……あと1日だけ待ってくれませんか!」

 お父さんの持ちビルはそう大きな建物じゃないけど、色んなテナントが入っていて、私は基本的に雑務を手伝っている。滅多にないのだが、一郎くんはこうして時折直談判にやってくるので、私も慣れっこになっていた。

「うん、全然大丈夫だよ。ていうか、1日だけでいいの?」
「はい! 今やってる案件片付けたら、とりあえず収入があるはずなんで……」
「でもさ、一郎くんたち、ほら……あの……大変そうだし。」
「大丈夫です!」

 一郎くんたち、ほら、子どもだけで頑張ってるでしょ。そう言おうとして、飲み込んだ。3兄弟の長男である一郎くんは、すごくしっかり者に見える。年齢が一回り違うはずの私から見ても、大人っぽく見える。でも彼は19歳だ。19歳は、子どもだ。私は19歳の時の頃なんて、親の金で大学に行って好きな勉強をしたり、遊んだり、ちょっとバイトしたりみたいな、そんなお気楽な生活だった。比べものにならない、比べるなんておこがましい。それでも、思わずにはいられない。彼はちゃんと、『19歳のお気楽な子ども』を味わえる瞬間があるのだろうか、と。

「一郎くん」
「ハイ!」
「……無責任なこと言うようだけどさ。困ったことがあったら大人に相談するんだよ。意外と捨てたもんじゃないよ、大人。私だって、何もしてあげられないけどさ、お父さんに口利きするくらいだったらできるし」
「……? ハイ、ありがとうございます!」

 私はマジで何もしてあげられない。彼をまるごと助けてあげることなんて、ましてや兄弟たちを救おうだなんて、そんなおこがましいことは考えるだけでも罪だ。だからせめてもの罪滅ぼしに。彼が『19歳のお気楽な子ども』を味わえなかったという事実を、その一瞬一瞬を、目に焼き付けて、生き証人になれたらいいと、そしてそれが、彼にとってのお守りになればいいと、願っているのだ。

思うことすら罪深い(一郎)
(210512)
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 この男が、妙に話しかけてくるようになったのは、いつ頃からだっただろうか。

「おや、また川なんか見ているんですか。随分な暇人ですね」
「そういうあなたも暇人じゃないですか。毎日毎日私に話しかけて、他に友達いないんですね」
「ほら、動物にエサをあげると嬉しそうにすり寄ってくるのって愛らしいじゃないですか、あれに似た感覚ですよ」
「なるほど、人間の友達はいないわけですか」
「困ったことにまあ、いるんですよ。とはいえ、人間の友達も動物の友達もいないあなたには嫌味に聞こえてしまいますかね、すみません。ふふ」

 こうして、何の意味もない嫌味の応酬をしたのちに、「ではまた」と言って去っていく。多分、何の意味もない。私にとっても、あちらにとっても。

「よくもまあ、飽きませんね。毎日川を見るだなんて。察するに、他に娯楽がないのでしょうね」
「この風情がわからないなんて、可哀想な感性の人ですね」
「もちろん小生も、豊かな自然の中にある川には感じ入るところがありますがね、ここは渋谷のどぶ川ですよ。きっとどぶ川にお似合いの薄汚れた感性を持っているのでしょうね。ああ、素敵な感性で、羨ましいですよ。嘘ですが」
「シブヤ全体がどぶみたいに汚いんだから、川一つでぎゃあぎゃあ言わないでくださいよ」
「……それはまあ、一理ある」

 その人は、領いて、私の隣に来た。「何度も聞きますけど」彼は橋の桟にもたれかかり、一緒に川を眺めるような形になる。……こんなことは、初めてだった。誰だか知らない、この人が嫌味の酬以外のやり取りをしようとするのは。

「毎日、ここで、何をしているんです?」
「……だから、川を見てるんだって、言ってるじゃないですか。何度も言いますけど」

 私は川を見ている。ただそれだけだ。毎日、川を見ている。川はいい、毎日違う表情を見せてくれる。きらきらと誘うように光る日もあれば、ゴミと塵と屑と殿が入り交じり、吐き気を催すような眺望を呈す日もある。それをただぼんやりと眺めて、時折空腹を感じればサンドイッチを少しかじって、日がな一日過ごしている。夜になって肌寒さを感じたら家に戻り、そのまま空虚な夜を眠って過ごす。その繰り返し。貯金や、命や、時間を、ただ虚ろに食いつぶしながら、漫然と生きている。

「試しに聞くだけですけど」
「何ですか」
「死のうとしてるんじゃないですか?」
「……そんなわけないじゃないですか」
「ならいいのですけど」

 その人は、向こうの方を見ていて、川なんて見ていない。多分、どこか遠いところを見ている。

「命を粗末にする行為は、許しませんよ」
「……粗末になんて、してませんよ」

 風が吹いた。びょう、と街全体が鳴っている。いったい誰だか知らないが、この人は多分、シブヤの街に私を繋ぎ止めてくれている。

涙だよ、それは(幻太郎)
(230113)
(title by 温度計
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