「ふう」

 意味のないため息は、これで何度目だろう。ため息つくたび幸せ逃げちゃうんだっけ? ああん? うるせー、知らねえ。そんなことで逃げ出す幸せなんてさっさといなくなれ。けっ。……我ながらやさぐれすぎじゃないか。またため息が出た。「ふう」

「どうしたの、ナマエ。ため息なんかついちゃって。何か嫌なことでもあった?」
「うーん……嫌なこと、ねー……」

 嫌なことなんて一つもない。天気もぴっかり晴れてるし、今日はめずらしく課題もない。朝食に嫌いなものが出てきたワケでもないし。特筆すべきことは何もないはずだ。だのに、何故か気分が晴れないから困っているのだ。何か嫌なことがあるのなら、改善策の見つけようもある。

「嫌なことは、特に、ない、はずなんだけど」
「じゃあどうしたっていうの。こんなに平和なのに。紅茶のお代わり、いる?」
「……ありがとう。頂きます」

 平和なのは嫌いじゃない。寧ろ好きだ。いつも授業だ成績だなんだと追われる日々を送っている身としては、こんなにも静かで優雅な午後は貴重でありがたい。今の私には、それを素直に享受する余裕が何故かない。何か、足りない気がしてしまうのだ。

「……ああ」

 紅茶を注ごうとしながら、リリーが何か思いついたように手を止めた。

「平和といえば、今日はシリウスを見てないよね」
「……シリウス? ああ、そういえば、そうだけど。それが?」

 シリウスの存在など、すっかり忘れていた。確かに朝から一度も姿を見ていない。いつもは少なくとも午前中に2、3回は談話室ですれ違ったりして、なんやかんやと会話をするのだが。

「…………」
「な、なにさリリー」

 じっ、とこちらを見てくるリリーの手は、止まったままだ。私、早く紅茶飲みたいんだけどな。(って言ったら怒られるかな)

「ううん、別に……。ねえナマエ、私たった今思い出したんだけど。シリウスは今日、風邪でダウンしてるらしいよ。ジェームズから聞いたから本当だろうね」
「だ、だから?」

 意味がわからない。だがリリーの瞳は真剣だ。

「だから。お見舞いでも、行ってきたらどう? って言ってるの。ナマエ、どうせ今ヒマでしょう」
「ひ、ヒマじゃ! ……ヒマだけど……何で私がお見舞いに」
「ほら。早く行かないと、トロフィー磨きに行ってるジェームズが帰って来ちゃうよ」
「…………」

 だ、だから、なんで私が! と言おうとしたが、にこにこ(にやにや?)しているリリーに戦意喪失してしまう。

「……はいはい、行けばいいんでしょ、行けば!」
「あら? 行きたくないなら別に行かなくていいんだけど?」
「……腹黒」
「別にそれで結構」
「リリーは純粋だって信じてたのに」
「妙な意地を張り合う友人を見てるの疲れちゃったんです」

 何よリリーなんか! ていうか、シリウスの体調がどうだろうと私には関係ないし。とかなんとか心の中で毒づきながら、気付けばさっきまでの晴れない気分がどこかに行っている。(べ、別にリリーのおかげじゃないし?!)

「いってらっしゃい。どうぞシリウスと仲良くね!」

 私用に注いだはずの紅茶をリリーが一口飲む。策士め。腹黒め。持つべきものは、お節介な友人だ。

お節介な友人
(110705)afterwriting