その人が、かの有名な調査兵団兵士長であるリヴァイ氏であると知ったのは、結構最近のことだった。それまで、単にたまに来る暗い顔をした客だとしか思っていなかったが、その無愛想さ故に、確かに印象に残ってはいて、ある時店長から『あの暗い顔したお人が、リヴァイ兵長だよ』と言われてすぐにピンとくるくらいには常連だった。何日か連続で食事に来たかと思えば、しばらく来ない時期があって、忘れた頃にまた数日来て、という来店の仕方にも合点がいった。

「あの、あなた、調査兵団のリヴァイさんだったんですね」
「……あ? 誰だ、おまえ」

 豆のスープと川魚の香草焼きと燻製肉。こんなんでも、今うちの店で出せる、一番の料理だ。目の前に皿を置くと、リヴァイさんは眉間の皺を一層深めた。

「頼んでねえ」
「サービスですよ。私じゃないです。店長から。あの人、巨人に家族を殺されたから。ウォールマリアの奪還応援してます、ですって」
「そうかよ。だからって良いのか? これを俺が食ったら店が潰れました、なんてことになったら寝覚めが悪いんだが」
「あはは、いいんじゃないですか。リヴァイさんに潰される方が、巨人に潰されるよりも100倍ましですよ」

 私が空笑いしても、リヴァイさんは笑わなかった。ち、と舌打ちをして、燻製肉の端くれを口の中に放り込んだ。

「……私からも、これ、受け取って下さい」

 手を差し出すと、リヴァイさんは素直に受け取ってくれた。箱だ。中には種が入っている。

「私の家で作ってた野菜の種です。家も畑も潰れましたが、この種だけが手元に残りました」
「これを俺にどうしろと?」
「……わからないです。でも、いつか、絶対に巨人に潰されない場所を誰かが見つけるとしたら、それはリヴァイさんだと思ったんです。とてもきれいな花が咲くんですよ。そして、私達を生かす野菜になる、種なんです」
「……手向けの花だな」

 リヴァイさんは小さく呟いて、箱をジャケットの内側に仕舞った。

君のすべてで終わらせて(リヴァイ)
(210415)
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「うへぇ……ハンジさん、また巨人っすか……」
「何可愛い声出してんだい! ソニーとビーンだ! 敬意を払いたまえ!」

 私だけじゃない、この場にいるみんな、ハンジさん以外全員が、表情に嫌悪感を滲ませていた。巨人の研究なんて、誰がやりたいと思うだろうか。そもそも私は調査兵団に入ることすら希望していなかった。植物が好きで、観察日記を付けたり、自分で出来る簡単な実験を趣味でやっていたらそれがどこからか上にばれ、ハンジ班に抜擢されたのだ。だから、巨人研究は嫌い、でも幸か不幸か、向いてはいた。科学的な思考は得意だ。仮説を立てて検証する。仮説、検証、仮説、検証、その繰り返し。巨人が可愛いなんていうハンジさんの言葉は全く理解できなかった。……でも本当に理解できないのは、自分自身のことだ。何故、好きでもない、可愛くもない巨人の研究をしてるのだろう? ハンジ班への抜擢だって、断ろうと思えば断れたはずだ。わからない、わかる、わからない、わかる。この繰り返し。自分については、いくら仮説を立てても、検証することができなかった。仮説、棄却、仮説、棄却。この繰り返し。誰だよ、こんな出来損ないの私が、研究に向いてるとか言った奴は?(……ハンジさん、だ)

理論と訣別(ハンジ)
(210502)
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