雪の降る戦場だった。しんしんと静かに降りる雪はとても美しく、そして何よりも残酷だった。寒さは体力を奪う。そんな戦場でわたしは一人、死と向き合うことを恐れている。

「ナマエ殿」
「幸村様」

 すぐそばに侍している幸村様が、こちらを心配するように見上げた。戦線が少しずつ味方側へと近づいてきていることは、素人の私でもわかった。耳に微かに届く勇ましい武人達の声は、私の恐怖心を煽る物でしかなかった。わかっていたはずだ、ここで死ぬことになるなんてことは。

「大丈夫です。ナマエ殿。私が守ります。あなたを。命に代えても」
「……いえ、幸村様」
「それが私の勤めですから」

 恐ろしかった。昔から、戦が恐ろしくてたまらなかった。一人、また一人、と戦死していく兄や弟たちが、元々何人いたのかを思い出せなかった。お国や領主のために命を捧げるなどと言う美徳がこの世にあることさえ信じられない。死は怖い。大好きな者達が死んでいくのは怖い。

「雪が酷くなって参りましたな」
「ええ……」
「この様子では、もうすぐ決着がつくでしょう。この寒さでは、どちらも体力が保ちませんから」

 刻々と迫り来る死から、私は必死で目を逸らす。その間に、いくつの命が散っただろう。私は耐えきれず、立ち上がり幸村様の隣へと歩いて寄った。

「ナマエ殿。塗れてしまいます。どうか屋根のあるところへ」
「いえ、いいのです。私には……何もできないのですから」

 目に見えないだけだ。戦いと生と死はすぐそこにある。雪に濡れてかじかむ両手をすりあわせて、私は必死に体温を守る。

「伝令!」

 伝令役がなにやらと幸村様に伝え、幸村様は頷いた。私を見る。

「ナマエ殿。逃げましょう。すぐそこに抜け道がございます」

 彼らが私のために救恤した命は、どこへいくのだろうか? 私の無罪は、いつまで私の元にあるのだろうか。

「あなたの命は私が守ります。ですから。死ではなく生を見てください。ナマエ殿」

 差し伸べられた手を取り、私は走る。どうか、この雪が誰かにとっての幸とならんことを。

Innocent
(110521)afterwriting