「……」
「……パン、美味しい」
「……ああ、駅前の」
まずった。明らかに失敗した。最悪だ。最悪の失敗をした。
何年ぶりかの、同窓会。大変な学生時代だったからこそ、大人になって再会するのはいつも楽しかった。だからついついお酒を飲み過ぎてしまう。
昨日もそうだった。大層ご機嫌になった私は、ご機嫌ついでに、上鳴に話しかけたのだ。上鳴とは、元恋人だった。それも、2ヶ月だか3ヶ月しか続かなかった、まぁ学生にありがちの、儚すぎる恋愛。特に何か問題があったわけでもない。何となくすれ違い、なんとなく他にも大事なものができて、なんとなく距離が開いてしまった。あっさりと別れられてしまった自分に、あぁ、てことはそんなに好きでもなかったんだな、なんて自嘲したりもしました。しかし私なりに、しっかりひきずってもいた。あれからそれなりに色んな恋愛をしたりもしたけど、私が今でも後悔しているのは上鳴との関係だけだった。
そんな上鳴に対して、私なりに気まずく思っておりました。だからこれまで、少し距離を置いて過ごしてきたのだ。それを、私は酒の勢いに任せるという最悪な方法で、吐露してしまったのだ。上鳴の方も、同じようなものだったのだろう。元々、付き合おうと思うくらいには気が合ったのだ。気がつけば会話は盛り上がり、気がつけば終電を逃し、気がつけば上鳴の家にいて、ベッドにいて、夜が明けて、裸で目が覚めた。
「……今日、仕事休みにしててよかったー……」
「……えっと、ナマエ今……」
「……あ、えっと、地方都市の方の事務所でサイドキック……」
「あ、そうだったな……」
昨日あんなに話が盛り上がったことが嘘みたいだ。気まずい。気まずすぎる。本当に失敗、した。(あー、)クロワッサンは、一口囓るたびにパンくずが膝の上にぼろぼろと落ちた。拾っても、拾っても、きりがない。だから、構わずかぶりつき続けるしかない。(これっきり、なんだろうな)そう思っても、もう取り返しがつかない。(……まだ好き、だったのに)頭の中で言語化して初めて、そうなのだと実感した。まだ好き、だったのだ。だから話しかけた。だから終電を逃した。だから、家に来た。でもそれは、そのやり方は、間違いだ。大人なのに、馬鹿な学生みたいな間違いを犯したのだ。
「……俺さ」
上鳴も、クロワッサンを食べている。膝の上は、やっぱりパンくずだらけだ。
「なに?」
パンを、囓る。パンを、囓る。口の中に、バターの香りが広がる。
「まずったわ」
「……は?」
「ごめん、俺、」
「上鳴」
「順番間違えた」
「……え?」
思わず、パンを囓る、動作を止めて、上鳴を見た。上鳴もこちらを見ていた。口元にクロワッサンの欠片がついている。突っ込みたかったけど、流石に空気を読んでやめる。
「……もう俺たち、これっきり、かな……」
「か、上鳴、あのさ」
「馬鹿だ、俺ほんと、本当は、ナマエのこと好きだったのに」
「上鳴、」
「俺、しなきゃよかった。あんな馬鹿なこと、俺、」
「上鳴」
上鳴は私の顔をまじまじと見た。
「パン、ついてる」
「……お前もだよ」
「えっうそ!あ、あとさ膝見てみ?」
「うっわ!パンだらけ!」
「あは、私も」
「あはは……なんだよ、なんだよもう」
上鳴は、まるで泣いてるみたいに、目を擦って笑っていた。私も目を擦る。まるで泣いていたみたいに、涙が指についた。
「私も、まずったって思ったけどさ……でも、しなきゃよかったなんて、寂しいこと、言わないでよ」
「……うん」
「……パン、美味しいね」
「駅前の、パン屋……」
視線が泳いで、かち合ったり、離れたり、彷徨っている。
「今度、一緒に行こう。パン屋。多分おまえ、好きだよあの店」
「……うん。行ってみたい」
また一口、パンを囓った。上鳴も囓る。大人になって犯す間違いは、バターの香りがするのだ。
宝物はまだここにあるよ
(220807 連作:What did you have for breakfast?)
(title by 温度計)
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「取ってくれる? メープルシロップ」
「はい、どうぞ」
「ども」
毎日、俺たちは同じ場所で朝食を取る。毎日、ミョウジは俺の斜向かいに座る。示し合わせているわけじゃなく、ただ単なる習慣だ。そして俺は毎日、メープルシロップをトーストにかけるためにミョウジに取ってもらう。俺とミョウジの接点はそれだけだった。会話もない。目も合わない。他人以上、知り合い未満。それが俺とミョウジだった。
今日は屋敷しもべ妖精が気まぐれを起こしたらしい。ミョウジの近くにあったのはハチミツの瓶だった。メープルシロップは違う奴の近くにある。俺は少し考えて、でも迷わず、いつものように「取ってくれる?」と声をかけた。
「えっと……」
「ハチミツ。取ってくれるか?」
「……はい、どうぞ」
「ども」
目が合う。視線がかち合う。たかが視線とはいえ、二人の間に相互的コミュニケーションが生じるのはほとんど初めてじゃないかと思った。反射的に俺は口を開いていた。後悔しても遅い。「あのさ」
「お前って……」
結果的に言えば、幸運だった。この後すぐ、誰だか知らないが、女子生徒に話しかけられ、ミョウジに向けて放った言葉はうやむやになり、なかったことになったのだが、俺は『お前って』の後、何と続けるか、まるで考えていなかったのだ。気付けばミョウジはもうすっかり朝食を終えて、大広間から去って行くところだった。俺は目で追わない。何故だか、何故だろう、次にミョウジに会ったときは、もっとうまく話せるような予感がしていた。
次にミョウジを見かけたのは、ホグズミードだ。俺は、適当にぶらぶらと一人で歩いていた。……隣にいた、名前も知らない女子の名前を聞いたら、何故か泣かれて、何故か頬をぶたれて、何故か走ってどこかへ行ってしまったのだ。たまには一人で歩くのもいいよなぁ、なんて、孤独を慰めながら、木だとか家だとかを眺めて歩いた。
店も何もない、民家と民家の間から人の気配がした。俺みたいにあてもなく歩いているヤツでもなければ、来る意味もないような場所だ。なんとなく覗くと、ミョウジがいるのが見えた。『お前って……』その後、俺は何と言えば良かったんだろう? 今度こそ話しかけよう、そう思って俺は一歩踏み込む。(……ああ、)結果から言って、話しかける前に一歩進んで見たことは正解だった。進む前に早まって声を掛けなくてよかった。
一歩前に出た俺が見たのは、ミョウジと、そしてその隣にはリーマスがいたのだ。
二人は生け垣に寄りかかって、何か楽しそうに話していた。人差し指と、人差し指を、絡ませたり、解いたり、お互いを見つめる視線を、絡ませたり、解いたり。
(あー、俺、だっせぇ……)
立ち去るほか、なかった。そういえば。毎日ミョウジが座る席の斜向かいに座る俺の隣には、毎日リーマスがいたじゃないか。毎日、ミョウジの前にはリーマスがいたのだ。俺はまた、一人で歩いて街に戻る。あの朝食の時間は、もう二度と来ることはないのだと、噛みしめながら。
きんいろのサニーサイドアップ
(220807 連作:What did you have for breakfast?)
(title by 温度計)