「碓氷くん、好きです」
勇気を出して、そう言った。そして返ってきたのは、
「……声、似てる」
だった。え? 何それ? 普通、告白の返事って、『ごめん』とか『僕も』とか『ちょっと待って』とかそういうんじゃないの? と混乱する私に、彼は追い打ちを掛けるように、「もっと喋って」と言った。意味が分からない。更に混乱する。
「えっと、似てる、って、誰に?」
「……アンタの知らない人」
「えーと……」
「もう一回、言って。さっきの」
「あの……さっきのって……」
「『好きです』ってやつ」
「……す、好きです。碓氷くん」
「うん。碓氷くんじゃなくて、真澄くんにして」
「えっと……真澄くん」
「うん」
わからない、わからないなりに、これはもしかしたら悪くない反応なのかも知れない、と思い始めた。そもそも、私はこの人のこういう、得体の知れない所を好きになったのだ。
「あの……返事とかって……」
「俺は、監督が好き。アンタのことは知らない。……でも、その声は、悪くない」
「……えっと」
「何か、喋って。何でも良いから」
「……碓氷くん——じゃなくて真澄くん。私、真澄くんのことが好きなの。付き合って欲しい」
すると真澄くんは恍惚とした表情を浮かべて、「はあ、好き。……監督」と言った。私はようやくうっすらと理解し始めた。これは確かに悪くない反応かもしれない。でも、圧倒的に希望のない、未来のない、絶望的な関係性の始まりだと。
ジルコニアの夢をみる
(240407 碓氷真澄)
(title by 温度計)
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⼗座と付き合い始めてから2ヶ⽉経った。明らかに⼥慣れも、というか⼈慣れもしていない彼との付き合いは、とてもほほえましくて、興味深くて、まるで全てが新鮮な⾚ちゃんを育てるみたいに、⾯⽩かった。もちろん同時に、物⾜りなくもある。でもこの物⾜りなさが、私には結構丁度良くもあった。愛されるよりも愛したいマジでとは誰が⾔った名⾔か知らないが、⾒返りを求めず愛を与えることに徹する恋愛も、悪くない、と思い始めている。
「……本当に⼤学まで来たのか」
「うん。ごめん、迷惑だった? 教科書忘れて困ってると思ったから……」
「いや、助かった。……ありがとう。でもすぐ講義だから、もう⾏かなくちゃならない」
「構ってくれないんだ?」
「……すまん」
「なんてね、冗談だよ。ワガママ⾔ってみただけ。近くのカフェで待っててもいい?」
「ああ」
「じゃ、待ってる」
ひらひらと⼿を振ったら、彼も少しだけ、⼿を振り替えしてくれる。照れ笑いとか、周囲をキョロキョロと⾒渡す視線とか、可愛いなと思う。⾺⿅なので。でもいいのだ。⾺⿅になれるのが、付き合いたての、特権だ。
「あれ? ナマエじゃねー?」
「……九⾨くん?」
ドトールの隅っこで時間を潰している私の前に現れたのは、待ち⼈ではなかった。⼈懐っこい笑顔、明るい声⾊。何もかもがあの⼈と違うのに、どこか同じDNAも感じさせる。彼は何も⾔わずに私の隣のカウンター席に座った。どこまでも、⼈懐っこい。この愛嬌をひとかけらでもあの⼈にわけてくれたら、と思わなくもない。
「今⽇はどしたの? 兄ちゃんは?」
「⼤学。私はお休み。教科書、うちに忘れてったの気付いたから、届けに来たの」
「うわ、やさしー! ⺟ちゃんみたい」
「やりすぎかな? ウザイ?」
「んー、どうだろ。俺だったら、ナマエみたいな可愛くて綺麗な⺟ちゃん、最⾼だけど」
「ちょっと、何それ」
「あは、冗談。てか、兄ちゃん昨⽇ナマエんちに泊まってたんだね。どおりで⼣飯いないと思った」
「うん。お陰で今朝は寝坊して慌てた所為で教科書まるごと忘れてったよ」
「へー。兄ちゃんらしくない」
ずず、と九⾨くんは⼿に持っていたアイスカフェラテをストローで⼀気に吸い込んだ。なみなみと注がれていたはずのカフェラテがあっというまになくなる。細かい氷だけが、コップの中に残される。
「じゃ、いこっか」
「え? どこに?」
「どっか」
「何で?」
「んー、なんていうか」
九⾨くんは頭をボリボリと掻いた。⼤きい猫⽬がこちらを⾒ている。「俺なら」
「……えっと」
「俺なら、兄ちゃんと違って、ナマエを⺟ちゃんになんかさせないよ」
席を⽴つ。背の⾼いスツールが少しだけ揺れてガタンと⾳が鳴る。あの⼈と同じDNAを持つはずの九⾨くんは、私の中に何を⾒ているのだろうか?
マリアインザベッド
(250726 兵頭九門)
(title by 温度計)
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