08 春靄に浮かぶパレイド


あれから、過保護な幼馴染に連れられ行った病院で検査を受けた私は、これまた過保護な両親のおかげで結果が出るまで強制的に入院することを余儀なくされた。無駄に過保護なくせに楽天家の両親は、"学校休めて逆にラッキーじゃない!折角なんだからゆっくり休みな〜!"なんて私に平然と言ってのけるが、当事者としては、体力テストは結局どうなったのかとか、今日は古典の小テストだったなとか、刑事さんに改めて謝罪に行かなきゃとか、とにかく色々なことが頭を過って逆に気が休まらないというのが本音だ。そしてもちろん、心操君のことも。

「はああ…」

誰もいないのをいいことに盛大に溜息を吐く。ああもう、これじゃあ生殺しだ。早く学校に行きたい。

「…全部、私の杞憂ならいいんだけど」

最後に見た心操君の背中が、やけに脳裏に焼き付いている。嫌われたかも、なんて考えてしまう私は、存外小心者だったらしい。

−−−そんなこんなで待ち望んだ検査の結果は、当然のように異常なしだった。

「現時点では異常はないけど、処方している薬はちゃんと欠かさず飲むんだよ」

「わかってます。薬を嫌がる子供じゃあるまいし、皆心配性が過ぎます」

「ならいいけど。このご時世いつ何処で事件事故に巻き込まれるかわかったもんじゃないんだから、今回みたいなケースもあるし、いざとなってからじゃ遅いんだからね」

「はいはい」

かれこれ十年以上の付き合いになる主治医の言葉を軽く受け流しながら、追加でなおも検査項目を増やそうとする両親をいい加減にしろと叱り飛ばす。

こうして私は、実に2日ぶりに、ようやく学校に行くことを許されたのであった。


*****


「…おはようございます」

「…檻舘」

朝6時。C組の教室の戸を開ければ、そこには変わらず、心操君が一人で机に向かっていた。

「おはよう、もう大丈夫なの?」

「ええ!休んだのも念の為にと受けさせられた検査のためであって、元々どこも不調はありませんの」

「なら良かった」

心操君は至っていつも通りのように見える。やはりこの前の違和感は私の勘違いだったのだろうか。

「…あの、それで、心操君」

ごほん、と気を取り直して、私は心操君に向き合う。まず登校して一番にしなければいけないことを忘れてはいけない。

「その節は、その…ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした」

私は改めて心操君に謝罪をした。先日から彼に謝ってばかりで、こうも連発しては言葉に重みがなくなってしまう気もするが、謝る様なことばかりしている自分が悪いのだから仕方がない。

「…別に、檻舘が謝るようなことじゃないだろ。それに俺、何もしてないし」

「でも、荷物を持ってきて下さったり、色々と…」

「そんなのクラスメイトなんだから当然だろ。檻舘が気にすることじゃない」

「でも…」

そこで、ふと会話が途切れた。それは極々自然に生まれた沈黙だったが、心操君とのやり取りを過剰に意識してしまっている今の私にとっては非常に心臓に悪かった。

「…えっと、あの」

この沈黙は、呆れられているのか…もしかしてウザいとか思われているのではないだろうか…やっぱり前回の態度は怒っていたからなのか…そんなマイナスな感情ばかりがぐるぐると頭を過ぎり、いっそこのまま逃げ出したい気持ちに駆られる。無音の空気に耐えかねた私が必死で言葉を探っていると、やがて心操君が普段と変わらぬ様子で口を開いた。

「…この話やめない?もっと実りある話をしよう」

「実りある話…ですか」

頭上にはてなマークを浮かべる私を余所に、心操君はまあとりあえず座りなよ、なんて言いながら、自分の鞄の中からごそごそと何かを取り出そうとしている。彼に言われるまま斜め前の自分の席に腰掛けて彼の動向を伺っていると、程なくして彼が鞄から取り出したのは、一冊のテキストだった。

「昨日の数Iの授業で何問か課題出てるんだけど、最後の問題だけ不安なんだよね。見てくれない?」

心操君の唐突な提案に、私はよく分からぬままに頷く。

「え、ええ…私がお役に立てるかはわかりませんが…」

「今回のこと、檻舘がどうしても気にするっていうなら、これでチャラにしてよ」

これこれ、と数Iのテキストを広げながら、俺多分この問題当たるんだ、とそう言ってまるで悪戯っ子のようにニヤリと笑う心操君に、私の凝り固まっていた心臓が、ゆるりと解れていくのを感じた。

…私は一体何を心配していたんだろう。彼はこんなにも優しい人なのに。

「…はい、喜んで」

彼の優しさに甘えてしまうのは良くないとわかりつつ、狡い私はそれに乗っかってしまう。

「ありがとうございます、心操君」

「ん」

「今度、改めてお礼をさせてくださいね」

「だから別にいいって…」

そんなやりとりを交わしながら、心操君の卓上にある数Iのテキストとノートを交互に眺める。すると突然、向かいからあー、と唸る声が聞こえてきた。どうかしたのかと彼を見上げれば、頬を掻きながら気まずそうにしている心操君がいた。

「…お礼ってわけじゃないけど」

「はい」

心操君と目が合う。

「俺、絶対ヒーローになってみせるから」

彼の真剣な眼差しが、私を貫く。

「だから、檻舘にも見ててほしい」

そこまで言って、ふいと視線を逸らす心操君。突然何を言い出すのかと思えば、そんなこと。

「勿論、言われなくてもそのつもりですが…改まってどうしましたの」

「いや…何でもない。やっぱ忘れて」

そう言って心操君は、いつも通りの涼しい顔で、窓の外に視線を向けた。こちらを一切見ようとしないその様子に、私の中でむくむくと悪戯心が湧いてくる。そんな素知らぬ顔をしたって、無理なものは無理なのに。

「…忘れたりしませんわ」

「え」

「生憎、ばっちり聞いてしまいました。心操君のいちファンとして、今後も全力で応援する所存です」

「…はは、頼もしいね」

「地の果てまで追いかけてみせますわ」

「それはなんか怖いな」

本気ですわよ、とそう言う私に、彼は、檻舘が言うと本当にそうなりそうだ、なんて笑っている。こちらは至って真面目なのに。

「(…良かった、いつもの心操君だ)」

先の宣言については、きっと彼の中でそう思わせるだけの何かがあったのだろう。それを部外者の私が知る由はないが、結果的に彼にとってその出来事がプラスになるのであれば、ファンの私にとってもそれはとても幸福なことだ。

優しくて努力家な彼が、ヒーローとして活躍している姿を想像する。夢のようなその光景が、早く現実になればいいのに。



08 春靄に浮かぶパレイド


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