11 剣呑剣呑、嵐が来るよ
「心操君、古典で出た課題の参考文献を見に図書室に行こうかと思うのですが、宜しければ一緒にいかがですか?」
放課後、教室で帰宅の準備をしている心操君に向かって声を掛けた。課題の期限はまだ先だが、早めにやっておくに越したことはない。それに皆出ている課題は同じだから、もたもたしていると先に他の誰かに文献を借りられてしまう可能性もある。どうせ行くなら心操君も一緒に…と思ってのお誘いだったのだが、彼は少しだけ迷う仕草を見せた。
「あ、予定があるのでしたら無理にとは言いませんわ、いきなり言われても困りますよね。ごめんなさい」
「いや、違うんだけど…うん、いいよ、行こう」
少しの沈黙ののちに出た彼の返事はイエスだったが、どうにも無理強いしてしまった感が否めない。申し訳なさで居た堪れなくなった私は、本当に無理しなくても…と更に言葉を付け加えたが、彼はやんわりと首を横に振ってそれを否定した。
「いや、本当に予定とかがあったわけじゃないから…俺も早めに課題片付けたかったし。寧ろ檻舘と一緒なら心強いし、願ったり叶ったりだ」
じゃあ行こうか、と彼は通学カバンを肩に掛け立ち上がる。彼が良いというのならこちらに異論はないのだが…どうにも腑に落ちない。本当に用事はなかったのだろうか。考えたって答えが出ないことは明らかなのだが、どうしても考えてしまう。
「あら?」
「……………」
しかし意外にも、彼の思案の意味はすぐに明らかになった。
「何でしょう…人が溢れてますわね」
私と心操君が図書室に向かって歩いていると、一角に人集りが出来ているのに気付いた。随分と人が多い、完全に廊下が塞がれている。
人集りの先を辿ると、そこは1年A組−−−つまるところヒーロー科の教室の前だった。
「図書室へはヒーロー科の教室の前を通った方が近いのですが…これじゃあ通れませんわね」
仕方ない。遠回りになるが別の道から…と私が提案しようと横にいる心操君に話し掛けたところ、彼は既にそこにはいなかった。
「え、心操君?」
「悪い檻舘、これ持って先行っててくれ」
そう言って心操君から投げ出されたのは、彼の通学カバン。それを慌てて抱えるうちに、彼はズンズンと人の波を掻き分け先に行ってしまった。
「先にって、えええ…?」
幸い心操君は身長が高いので、どこにいるのかはすぐに分かる。彼はみるみるうちに、人集りの中心−−−1年A組の扉の前まで近づいていっているようだった。
「意味ねえからどけモブ共」
ここからは遠くてあまり見えないが、教室の入口付近にA組の生徒がいるようで、何やら揉めている気配がする。
「(一触即発って感じか…というか心操君あんな前の方に…)」
「どんなもんかと見に来たが随分偉そうだな」
「(え!?)」
「ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい…こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなあ」
先程まであれほど騒ぎ立てていた生徒たちは、心操君の発言に水を打ったように静まり返った。というか、いきなり出て行って一体何を言いだすのだ彼は!
「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ、知ってた?」
「!」
「体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって…その逆もまた然りらしいよ」
心操君の口から出たワードで、全て納得がいった。この人集りの意味も、彼が先程図書室に行くのを渋っていた理由も。
「体育祭か…」
2週間後の5月上旬、雄英高校最大級の学校行事てある体育祭がある。私は全く興味がないので失念していたが、雄英高校体育祭は日本のビッグイベントの一つ、かつてのオリンピックとも称される程の規模を誇り、ヒーロー志望者にとっては絶対に外せないイベントなのだ。大方この人集りも、最近よく名前を聞くヒーロー科A組の面々を敵情視察しに来たのだろう。
「敵情視察?少なくとも俺は」
そして、心操君に至っては−−−
「調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」
「(…なるほど)」
彼はきっと、元からヒーロー科に"挨拶"に伺いたかったのだろう。私が予想外のお誘いをしてしまったおかげで予定は崩れたが、こうして現場に遭遇して、居ても立っても居られなくなったのだ、きっと。
「(心操君って、見た目に反して結構血の気多いよね…)」
何もあんな悪役みたいに出て行かなくても…と思ったが、それも全部『ヒーローになりたい』という彼の強い意志の表れなのだろう。何というか、本当に不器用な人だ。
…まあ、そんな人だからこそ、私は彼を応援しているのだが。
「…って、あれ」
そんなこんなで、気付けば心操君は既にA組の扉の前から消えていた。え、これもしかしなくても心操君そのままA組抜けて図書室の方行っちゃったやつですよね。私完全に置いてきぼりですよねこれ。
「(えー、これまだ解散しないよねー…やっぱり遠回りするしかないかなあ)」
流石にこの人集りを一人で進む勇気はない。仕方がないがやはり別の道から行こう。私は溜息を一つ吐き、大人しく回れ右をしようとした。
「え…」
が、そのとき、私の目の前の人集りがぱかっと二つに割れた。それはさながら、モーセの海割れのように。
「あ?テメーは…」
驚いたのも束の間、現れたモーセと目が合う。釣り上がった鋭い目つきと刺々しい金髪頭。着崩した制服。それは一見してガラの悪い、派手な不良少年だった。
「あん時の貧弱女」
「ひ、貧弱…?」
「爆豪待てよー!」
出会って早々、開口一番に言われた悪口に戸惑っていると、モーセの後ろから、これまた派手な赤髪の男子生徒が走ってきた。彼が叫んだ"爆豪"という名前には聞き覚えがある。そうか、この人が"爆豪"か。
「あれ、この前のヒーロー基礎学の時に爆豪が怪我させた子じゃん」
「ちげーわ俺の爆破地点にのこのこ入り込んできて勝手に事故った貧弱なコイツが悪いんであって俺は一切悪くねー」
「それヒーロー目指してる人間の言い分としてどうなんだ…?」
目の前で繰り広げられる男子生徒達のやりとりを黙って見つめる。私は一刻も早く心操君を追いかけたいのだが…どうしたものか。
「あの、」
「あ?俺はぜってー謝んねえからな」
喧嘩腰の彼は、釣り目をさらに鋭くさせてこちらを威嚇してくる。このシチュエーション、普通の女子なら泣き出してしまうのではないだろうか。(いや、私が普通じゃないという意味では決してないのだが)
「いえ。その節は爆豪さんはじめA組の方には大変ご迷惑をお掛けしてしまいまして、本当に申し訳ありませんでした」
取り敢えず、私は頭を下げて彼に謝罪をした。
「爆豪さんの仰る通りです。私が無遠慮に近づいてしまったばかりに訓練の邪魔をしてしまって…本当にごめんなさい」
「あ…?」
「いや、あれは元々爆豪が指定外のところで爆破したからで君は悪くないと思うんだけど…」
赤い人が私を庇うような発言をしてくれる。ド派手な見た目に反し、この人はとても優しい人なのだろう。なんかもうオーラでわかる。
「いえ。訓練中なのですからそれくらい想定すべき事柄です。それを怠った私に全責任があるのであって、爆豪さんは何も悪くありませんわ」
「お…おう…」
「本当はもっと早くご挨拶に伺うべきでしたのに…こんな形でお話しすることになってしまい申し訳ありません。いずれまた改めてお詫びに伺いますわ」
ここまで下手に出ていれば角は立つまい。ヒーロー科に敵を作るのはこちらとしても避けたいところだ。
「私、1年C組の檻舘ヨルと申します。それでは、また」
再度頭を下げ、くるりと背を向ける。何とかこの場を抜け出すことが出来て良かった、早く図書室に向かわなければ。
「…びっくりするくらい良い子で良かったな」
「俺が正しいんだから当たり前だろ」
「しっかし"檻舘"…なーんか聞いたことある気がするんだけどなあ、爆豪知らね?」
「知らね」
後ろでそんな会話が交わされているなど露知らず。再会したら心操君に文句の一つでも言ってやらなければと考えながら、私は早足で図書室へと向かったのであった。
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