02 少女独白


事の始まりは、中国・軽慶市。

「発光する赤児が生まれた」という、エキセントリック且つセンセーショナルなニュースが全世界で報じられ、忽ちこの世の常識は一変した。以降各地でそれら…即ち「超常」が発見されるが、原因は判然とせず医者も匙を投げ、いつしか世界総人口の約八割が、何らかの特異体質を有する世の中になっていた。
「超人社会」と呼ばれる現在…かつて「超常」と呼ばれた其れは、いつのまにか、当たり前の「日常」に変化していった。
現在では研究も進められ、呼び名も「超常」から「個性」へと変わった。そしてその時代を反映するように、神に与えられしその「個性」を利用した職業が誕生した。

WヒーローW

アメコミ等でしか登場しなかった空想上の存在が、職業となって現実に現れたのだ。当然のように、誰しもが一度は夢を見る。自分に与えられた自分だけの力を行使し、人を、街を、世界を救う姿を。富と名声を得た自分の姿を。 個性の抑制を強いられるこの「超人社会」を生きる我々にとって、ヒーローという職業は、憧れそのものであった。

とはいえ、その職業は決して誰しもが無条件で簡単に就けるものではない。努力と、資質と、圧倒的な個性という名の才能。その他ありとあらゆる要件を満たしていなければ、ヒーローにはなれない。憧れだけではどうにもならないこともある。


*****


「ヨルおはよ〜今日は随分と早いんだね」

「おはよう、ちょっと学校行きがてら寄りたいところがあって」

物音で目が覚めたのか、眠たげに寝室から出てきた私の母、檻舘ツムグ。乳白色の絹糸のような、艶やかでしなやかな長い髪を無造作に揺らした彼女は、身内の贔屓目を無しにしてもとても美しい。

「お母さんこそ今日会社は?昨日も寝るの遅かったみたいだけど」

「ああ…うん、新作発表もうすぐだから忙しくてね〜。あ、そうだ、今日の夜暇?マネキン探してるんだけど」

彼女の個性は《紡糸》。読んで字の如く、指先から糸を作り出すことが出来る個性の持ち主で、母はその個性を生かして現在はアパレル関係の会社を営んでいる。母の生み出す糸は中々上物でファンも多い。私が幼かった頃は趣味程度に個人サイトの通販で細々と作品を売っていたらしいが、今や全国に名を轟かす有名ブランドにまでなった。私の経営手腕の賜物である。ふふん。

「あーうん、多分大丈夫だと思う」

「良かった。それにしても制服似合ってるね〜!ヨルの入学式行けなかったの本当残念。お父さんもお母さんもどうしても仕事抜けられなくて…」

「別にいい。それにお母さんたちに来られると私のイメージが崩れそうだし」

「え〜なにそれ」

「W檻舘Wといったら今や知る人ぞ知る有名高級ブランドだからね、それ相応の振る舞いってものがあるの」

「なにそれ堅苦しい〜」

「お母さんたちが緩すぎるだけでしょう!」

父も母もこういった話には本当に疎い。雑誌のインタビューやらのメディア露出に私がどれだけ気を配っているかを全然理解していない。子の心親知らず!本当に困った親だ。

「…ってこんなことしてる場合じゃないのに。とにかく今後も取材依頼とか来たら真っ先に私が対応するから勝手なことしないでよね!」

「はいはい〜いってら」

何とも緩い母の声を背に、私は家を出た。ちらりと見た腕時間は午前5時15分を指している。確かに早過ぎる時間ではある。が、それも目的あってのこと。私は当初の予定通り、とある場所へと足を向けた。

「さて、ここね」

歩くことおよそ15分。
着いたのは、この辺り一帯の中では比較的大きな部類に入る公園だった。そして肝心のお目当ては、同所を囲うように整備されたアスファルト敷きの遊歩道の一角。時間帯もあってかそこは当然のように無人で、何とも寂しい印象を受ける。

「一本道で街灯は少なめ…警察さんどの辺に隠れるんだろ、茂み?」

周囲を一通り見渡し、思案する。今朝の早起きの目的はこれ。現場の視察であった。

今回の仕事は、最近頻繁に発生しているという強制猥褻事件の囮役だ。何でも、帰宅途中の女学生が相次いで狙われているらしい。頻繁といっても連日ではなく、月に一度あるかないかという話なので、長期的な依頼となるがその分報酬は弾んでくれるらしい。

「ふむ」

事前に渡された図面を片手に、実際に歩いてみる。街路灯から街路灯までの距離はざっと40メートルほど。光度は朝なので不明だが、街路灯の形状を見るにそこまで明るくはなさそうだ。両端の木々の幹は細め、大人が身体を隠すのは難しいだろう。となると可能性が高いのは左手に見える公衆便所の近くか。あそこは潜伏しやすく連れ込みやすい。

「……疲れた」

付近を一周するころには息が上がっていた。自分の体力のなさが恨めしい。あらかた把握できただろうかと腕時計を確認すると、時刻は午前6時をまわっていた。思っていたより時間がかかってしまった。

「まあ、なるようになるでしょう」

どんなに事前に準備したところで、結局私が求められていることはひとつしかない。無防備にその場にいて、囮になる。 それだけの至って簡単なお仕事。

これが、私が見出した、私の個性の使い方だ。


*****


話は変わるが、私は自分の個性が嫌いである。
否、嫌いとはっきり言えるほどの強い感情かと言われると違う。精々気に食わない、といった程度だろうか。とはいえこの歳になれば色々諦めもつくもので、今ではもうすっかり受け入れてしまっている。

「超人社会」を生きる我々は、人は平等ではない、という真実を嫌という程知っている。それこそ物心がつく前、幼い頃から。

個性が自分の望んだものであることなんて、そんな恵まれた人間は良くても一握りだろう。誰しも、天から与えられた個性と折り合いをつけて、妥協して生きていかなければならない。でなければ、この世は余りに生き辛い。

「(なんだっけ、昨日の…)」

一通り視察を終えた私は、学校へ向かうべく電車に乗っていた。午前6時10分。事前の調べでは、この路線はいつも通勤通学のために混んでいるとのことであったが、この時間はまだそれほど多くはなかった。ゆらゆらと揺れる電車の中で、私はふと昨日のことを思い出していた。

−−−『個性は《洗脳》。こんな個性だけどヒーロー科に転入出来るよう努力していくつもりです。よろしくお願いします』

「せんのう」

私の左斜め後ろに座っていた男子生徒。個性の詳細を聞いたわけではないが、その4文字から察するに、きっとヒーロー向きとは言えない能力なのだろう。だから彼自身もああ言った。

ヒーロー。
誰しもが一度は夢を見て、そして、その殆どが諦めるもの。私はそう認識していた。

けれども彼は、まだ諦めていないようだった。

「眩しいね」

窓から差し込む朝日に目を細める。諦めた側の人間である私にとって、彼はきっと、この光のように眩しく映るのだろう。

「(思い出した、心操人使くんだ)」

彼をそこまで突き動かすのは、一体何なのか。
心操人使。私は今、彼のことが純粋に気になっている。



02 少女独白


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